◆後編『シンデレラと姉』
舞踏会から数日後。街を歩いていたところ、王子様が国中にお触れを出したと耳にした。
その内容は『舞踏会で踊った美しい少女と結婚したいのだが、名前を聞きそびれてしまった。少女の手がかりは、彼女が帰り際に落としていった片足だけのガラスの靴のみ。このガラスの靴を履ける少女を探すため、使いの者が招待状を配った家を改めて回りに行く』といったものだ。
ガラスの靴を履いていた美しい少女──このお触れを聞いて、私は真っ先に義妹のことを思い浮かべた。
「シンデレラ!」
私は家に帰るなり、シンデレラを呼びつけた。台所から出てきた彼女は、きょとんとして首を傾げる。
「姉さん、どうかされましたか?」
「どうもこうもないわよ! 王子様がお触れを出したの、知らないの!?」
「知ってはいますけど……」
「だったらなんで名乗り出ないのよ! 王子様が探してるガラスの靴を履いていた少女って、あんたのことなんでしょ!?」
私がそう詰問すると、シンデレラは浮かない表情で頷いた。
「はい、そうだと思います。舞踏会で王子様と踊ったら、なんだかすごく気に入られてしまって、結婚したいとか言い寄られて……怖くなって逃げ帰ろうとしたところ、靴が右足だけ脱げてしまったのでそのままにしてきたんです」
「王子様に求婚されたのに逃げたですって!? あんた馬鹿なの!?」
「だってしょうがないじゃないですか。一度踊っただけの人に結婚しようなんて言われても、困るだけですよ」
うんざりした顔でシンデレラは言う。
信じられないが、どうやらこいつは本当に王子様と結婚するつもりはないらしい。
それなら──
「シンデレラ。今すぐガラスの靴を持ってきて。左足の方はまだ持ってるんでしょう?」
「構いませんけど、どうするんですか?」
「いいから早く持ってきなさい! これは命令よ!」
「……わかりました」
シンデレラは階段を上っていき、程なくしてガラスの靴を持ってくる。私はそれを強引に奪い取った。
「姉さん、なにを──」
「この靴を履ければ私は王子様と結婚できるのよ! いいからあんたは黙って見てなさい!」
私は嬉々としてガラスの靴に左足を突っ込む。だがそのサイズは驚くほどに小さく、私の足ではとても履けそうになかった。
こうなったら、手段を選んでいられない。
「シンデレラ、今すぐ包丁を持ってきて! 足の指か踵を切り落とせば、この靴だって履けるはずよ!」
「なに言ってるんですか姉さん! そんなことしても意味ありませんよ!」
「うるさい! 私はなにがなんでも王子様と結婚したいのよ! ママの期待に応えるためにも、私を馬鹿にした奴らを見返すためにも! 価値のない私に価値をつけるためにも、私には王子様の婚約者って肩書きが必要なの!」
王子様と結婚するためになら、私はなんだってやる。足を切り落とすことだって厭わない。
シンデレラが動かないのなら、自分で包丁を取りに行けばいいだけだ。
私は勇んで台所に向かおうとするが──背中を、シンデレラに抱き止められた。
「姉さんに価値がないなんてことは絶対にありません。みんな、姉さんの良さをわかってないだけですよ」
「私に良いところなんて一つもないわよ。顔は不細工で性格も悪くて……あんたとは大違いなんだから」
シンデレラが誰からも愛され必要とされる太陽だとしたら、私は路傍の石だ。誰にも見向きもされない、無価値な存在。
私は常々自分のことをそう思い続けてきたが……シンデレラは「いいえ、違います」と首を横に振った。
「姉さんはとっても可愛いです。性格だって優しいじゃないですか」
「優しい? 私が? あんた、いったい私のどこを見て──」
「姉さんを近くで見てきたからこそ、そう思ったんですよ。姉さんはわたしを舞踏会に行かせてくれました。ドレスを着させてくれました。子供の頃だって、わたしに家事を教えてくれたのは姉さんだったじゃないですか」
「……あんたを舞踏会に行かせたのもドレスを着せたのも、金持ちの男を引っ掛けてこさせて、自分がいい思いをしたかったからよ。家事を教えたのだって、あんたに押しつけて私がやる手間を減らしたかったからなの」
「姉さんがそう思っていたのだとしても、わたしはすごく嬉しかったです。わたしにとっての姉さんは世界で一番大切な人なんです。だから……自分の身体に刃物を向けるなんてこと、しないでください」
砂糖菓子みたいに甘ったるい声音で、シンデレラは言葉を紡ぐ。
……なんなのよ、こいつは。こいつと話してると、いつも調子が狂う。
さっきまでは王子様と結婚するためなら足ぐらい切り落としたっていいって、そう思っていたはずなのに。シンデレラの想いを聞いてしまったら、そんな考えどこかに吹き飛んで行ってしまった。
――と、私が肩の力を抜いたところで、コンコンというノックの音が聞こえた。
ドアを開けると、訪ねてきたのは王子様の使いの男だった。
玄関口にて、男は右足だけのガラスの靴を差し出してこう口にする。
「娘さん方。こちらの靴を履いてみて頂きたい。もしピタリと履くことができたならば、王子様の婚約者として共に王城に参りましょう」
私はその靴を履けない。結果はわかりきっているが、催促された手前、一応右足を靴に突っ込んでみた。当然サイズは合わず、私の踵は靴に収まりきらなかった。
「ああ、残念なことにあなたは王子様の探している相手ではないようですね。ではお次にもう一人の娘さん、こちらの靴を履いてみてください」
「いいえ、その必要はありません。わたしは姉さんの妹ですから、足のサイズも大体同じです。どうせ履けませんよ」
平坦な声音でシンデレラは言う。
男は靴を履こうとすらしないシンデレラの態度に面食らった顔になるも、「そうですか。では、これで失礼します」とだけ言って去って行った。
「あんた、本当にこれでよかったの? 王子様と結婚できるチャンスなんて、もう二度とないわよ?」
「そんなものいりませんよ。わたしが一緒にいたい人は、姉さんなんです。舞踏会に行きたかったのだって、王子様が目当てじゃなくて、本当は姉さんと踊りたかったからだったんですよ?」
「はあ……あんたって本当に馬鹿ね」
馬鹿な義妹に呆れた私は、大きなため息を吐く。
そして、手を差し伸べた。
「私と踊るだけなら、舞踏会なんて行く必要ないじゃない。踊りたかったんなら、今からでも踊りましょうよ」
「ぜひ!」
シンデレラは弾けるような笑みを浮かべて、私の手を取る。
そうして――ドレスなんて着ていないありのままの私とシンデレラは、家の床を軋ませながら、音楽もない中でダンスを踊り始めた。
ステップを踏み、シンデレラをリードしながら、私は言う。
「いい? あんたは一生、私に尽くしなさい。絶対に私を幸せにしなさいよ」
「もちろんです。末永くよろしくお願いしますね、姉さん」
――私はシンデレラにはなれない。ガラスの靴は履けないし、王子様と結婚してプリンセスになることもできない。
でも。可愛い妹がそばにいてくれるなら、それはそれで良い人生なんじゃないかと思う。
私とシンデレラは手を取り合って、これから先の人生を共に歩んでいく。
私たちはきっと、いつまでも幸せに暮らすだろう。
シンデレラの姉 光野じゅうじ @juuji-0010
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