6
「英美、おはよー。何か顔色悪くない? 生理? ナプキンある? 薬は?」
「……はよ。へーき。ただの寝不足」
月曜。学校。朝の教室で友人に話しかけられ、英美はそう返す。実際全然眠れなかった。
日曜。ずっと七緒のことばかり考えていた。寝起きでベッドに横たわったまま、ショート動画をずっとスワイプしながらその日のほとんどを過ごした。
(……結局あたし、マジになっちゃったってこと? 女に? しかもあんな性格最悪な奴に?)
結局そう帰結して、英美は机に突っ伏す。こんな感情を抱いたのは初めてだ。男とか女とか関係なく、誰かに。
だけど。幼馴染の歳下を演じていた彼女は可愛かった。誰も寄せ付けない学校の彼女も、凛としたその姿に見惚れた。彼女の周りの世界が、英美だけには違って見えるようになったのだ。
この感覚は知らない。でも名前は知っている。だから、認めたくない。
ガラリ。教室の引き戸が開く音がする。目をやる。七緒だった。慌てて顔を伏せ直す。
気まずい。が、彼女は言われた通りに二度とこちらに話しかけてこないだろう。それでいい、はずなのに。
足音がする。早足だ。あれ、ちょっと待って。何かこっちに向かってきてないか?
「朝日川さん。寝たふりしてないで、ちょっと来てくれる?」
温度のない声。思わず顔を上げてしまった。じっとこちらを、相変わらず無機質な瞳が逸らされずに覗いていた。
「は? お前なんで……」
「いいから」
腕をぐっと掴まれて、そのまま引っ張られていく。クラスメイトの視線が集まる中教室の外へ。そのまま誰もいない廊下をぐいぐい七緒は進んでいく。
「ちょっお前、朝のホームルーム」
「どうでもいい」
振り向いた彼女の眼差しは揺るがない。初めてそこに、光が見えた気がした。頬が紅潮している。こいつにもちゃんと血が通ってるんだ、と感動した。
結局彼女は屋上に続く階段の踊り場で止まった。振り返り誰もいない、来ないことを確認すると改めてこちらと向き合う。その視線の真っ直ぐさに顔を伏せそうになったら、「だめ、こっち見て」と言われた。
「朝日川さん。あなた、私に惚れたでしょ」
「……は?」
言い切られて唖然とする。後からじわじわと苛立ちと恥じらいが一気に噴き上がってきた。
「だ、誰がお前みたいなクソ女……! ふざけんな!」
「じゃあどうして私が渡したお金使わなかったの。数えさせたけど全部手付かずだったわ」
言葉に詰まる。すると彼女は微笑んだ。初めて学校で見た表情は、勝ち誇ったような笑顔だった。
「ほら。報酬なしでデートしたくなるほど、私のこと好きなんじゃない」
「ぶ、ぶっ殺すぞお前……! 調子のんなっ」
「ならキスしてよ。それで確かめましょう」
脈略なしに彼女は踏み込んできて、目を閉じる。好みになった顔がすぐ目の前にあって戸惑う。迷う。
だが結局、彼女の頬に手を添えて。長い睫毛に引き寄せられるように顔を近づけた。
(……やば)
そのしなやかさに触れた途端、じんと頭の芯が熱くなる。その意味。わかった。わかったから。
「……私もね。素のあなたとデートした時びっくりしたの。理想のお姉ちゃんと過ごした時より予想外で、新鮮で。……認めるわ。楽しかった」
あのキスはちょっとお粗末だったけど、と彼女はまだ湿った唇を指でなぞる。その仕草が視覚の全部になった。
「……お前、あの時文句言ってきたじゃねぇか。あれなんだよ」
「あの後に今の言葉を続けようと思ったのよ。なのにあなた怒り出すんだもの。怒りたいのはこっちだわ」
「あれでキレない方がおかしいだろ! 今の言うだけで良かったじゃねえか!」
「性格が理解できなくて、解釈違いで困ったのは事実だもの」
だから、と彼女は笑う。幼馴染ではない、素の彼女のままに。
「これから教えてくれる? 理解できなくても知りたいの。あなたのこと」
今まで受けた史上一番最高な告白だった。
差し出されたその手を、しっかり握り込む。
「じゃああたしにも教えろよ。お前のこと」
「もちろん。じゃあ次のデートは、土曜日でいい?」
その笑顔の眩しさに顔を顰めるように笑い返しながら。「四時間きっかりじゃなくていいよな?」と英美はぶっきらぼうに言った。
あなたは解釈違いです。 青白 @aoshiro_yuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます