「英美、おはよー。何か顔色悪くない? 生理? ナプキンある? 薬は?」

「……はよ。へーき。ただの寝不足」

 月曜。学校。朝の教室で友人に話しかけられ、英美はそう返す。実際全然眠れなかった。

 日曜。ずっと七緒のことばかり考えていた。寝起きでベッドに横たわったまま、ショート動画をずっとスワイプしながらその日のほとんどを過ごした。

(……結局あたし、マジになっちゃったってこと? 女に? しかもあんな性格最悪な奴に?)

 結局そう帰結して、英美は机に突っ伏す。こんな感情を抱いたのは初めてだ。男とか女とか関係なく、誰かに。

 だけど。幼馴染の歳下を演じていた彼女は可愛かった。誰も寄せ付けない学校の彼女も、凛としたその姿に見惚れた。彼女の周りの世界が、英美だけには違って見えるようになったのだ。

 この感覚は知らない。でも名前は知っている。だから、認めたくない。

 ガラリ。教室の引き戸が開く音がする。目をやる。七緒だった。慌てて顔を伏せ直す。

 気まずい。が、彼女は言われた通りに二度とこちらに話しかけてこないだろう。それでいい、はずなのに。

 足音がする。早足だ。あれ、ちょっと待って。何かこっちに向かってきてないか?

「朝日川さん。寝たふりしてないで、ちょっと来てくれる?」

 温度のない声。思わず顔を上げてしまった。じっとこちらを、相変わらず無機質な瞳が逸らされずに覗いていた。

「は? お前なんで……」

「いいから」

 腕をぐっと掴まれて、そのまま引っ張られていく。クラスメイトの視線が集まる中教室の外へ。そのまま誰もいない廊下をぐいぐい七緒は進んでいく。

「ちょっお前、朝のホームルーム」

「どうでもいい」

 振り向いた彼女の眼差しは揺るがない。初めてそこに、光が見えた気がした。頬が紅潮している。こいつにもちゃんと血が通ってるんだ、と感動した。

 結局彼女は屋上に続く階段の踊り場で止まった。振り返り誰もいない、来ないことを確認すると改めてこちらと向き合う。その視線の真っ直ぐさに顔を伏せそうになったら、「だめ、こっち見て」と言われた。

「朝日川さん。あなた、私に惚れたでしょ」

「……は?」

 言い切られて唖然とする。後からじわじわと苛立ちと恥じらいが一気に噴き上がってきた。

「だ、誰がお前みたいなクソ女……! ふざけんな!」

「じゃあどうして私が渡したお金使わなかったの。数えさせたけど全部手付かずだったわ」

 言葉に詰まる。すると彼女は微笑んだ。初めて学校で見た表情は、勝ち誇ったような笑顔だった。

「ほら。報酬なしでデートしたくなるほど、私のこと好きなんじゃない」

「ぶ、ぶっ殺すぞお前……! 調子のんなっ」

「ならキスしてよ。それで確かめましょう」

 脈略なしに彼女は踏み込んできて、目を閉じる。好みになった顔がすぐ目の前にあって戸惑う。迷う。

 だが結局、彼女の頬に手を添えて。長い睫毛に引き寄せられるように顔を近づけた。

(……やば)

 そのしなやかさに触れた途端、じんと頭の芯が熱くなる。その意味。わかった。わかったから。

「……私もね。素のあなたとデートした時びっくりしたの。理想のお姉ちゃんと過ごした時より予想外で、新鮮で。……認めるわ。楽しかった」

 あのキスはちょっとお粗末だったけど、と彼女はまだ湿った唇を指でなぞる。その仕草が視覚の全部になった。

「……お前、あの時文句言ってきたじゃねぇか。あれなんだよ」

「あの後に今の言葉を続けようと思ったのよ。なのにあなた怒り出すんだもの。怒りたいのはこっちだわ」

「あれでキレない方がおかしいだろ! 今の言うだけで良かったじゃねえか!」

「性格が理解できなくて、解釈違いで困ったのは事実だもの」

 だから、と彼女は笑う。幼馴染ではない、素の彼女のままに。

「これから教えてくれる? 理解できなくても知りたいの。あなたのこと」

 今まで受けた史上一番最高な告白だった。

 差し出されたその手を、しっかり握り込む。

「じゃああたしにも教えろよ。お前のこと」

「もちろん。じゃあ次のデートは、土曜日でいい?」

 その笑顔の眩しさに顔を顰めるように笑い返しながら。「四時間きっかりじゃなくていいよな?」と英美はぶっきらぼうに言った。

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