「……どういうつもり、朝日川さん」

 土曜日。今日は街中でデートだった。駅前にある変なモニュメントの前で待ち合わせ。いつも通り十五分遅れてきた七緒は戸惑った声を掛けてくる。

「別に。あの格好、暑苦しいし動きにくいんだよ。だりぃからさ」

 英美は指定された服ではなく、ミニスカートにオフショルのトップスだった。メイクもいつも通り盛った。なのに彼女の前だとしっくり来ていないのが自分でも腹立たしい。

「契約違反だけど。お金、払わないわよ」

「いいよ別に。付き合え。十五時まで」

 彼女が逃げる前に、手を掴んで歩き出す。ごねるかと思ったが、意外にも彼女は素直に付いてきた。相変わらず仏頂面だったけど。

 いつも行くファッションビルに行って、服やアクセサリーを覗いた。七緒は無表情だったが服はあてがわれてくれたし、「似合うかしら」と時折返事もした。

 昼食は本格的なラーメン屋。狭い店内は賑わっていたが席を取れた。行きつけだ。

「ラーメンはな、音立てて啜って食うのが美味いんだよ」

 わざと豪快に音を立てて麺を啜る。彼女は無反応のまま麺を口に含み、何と啜ってくれた。音は相変わらず立てないが、「美味しいわね」と口元を隠しつつ彼女は言った。

 プラネタリウムをやっているのを見つけて二人で入ってみた。初めてだ。穏やかな音楽と暗い空間で眠くなるかと思ったが、星座の説明は思ったより面白かった。隣のシートを見れば、彼女も映し出された星を見上げている。その顔はやっぱり、感情を読み取れなかったけど。

 十五時。彼女をでかい屋敷の門まで送り届ける。結局最後まで付き合ってくれた。

 基本彼女は、今日のデート中の移動では無言だった。帰り道の今でもそうだ。

(今日、どうだったんだよ)

 尋ねたい、が聞く勇気は持てない。表情のない隣の彼女を先程からちらちらと窺うばかりだ。

 門の前に着いた。立ち止まる。何故か、彼女はすぐ家の中に入ろうとしなかった。じっと遠くを見つめている。チャンスだと思った。

「……なぁ。キス、してみない」

 言ってしまった。彼女がじっとこちらを見てくる。つい視線を逸らした。今更後悔が込み上げてくる。

「……いいけど」

 彼女が言う。肯定だ。英美は彼女の正面に立ち、そのまま頬にそっと触れた。吸い付くような肌だった。

「するからな」

 英美が言うと彼女は目を閉じた。前にしたときよりもぎこちなくためらいがちに、その唇を塞ぐ。その柔らかさを味わう余裕も、今はない。

 離れる。目を開いた彼女は、やはり光のない眼差しでこちらを見つめ返していた。

「……ねえ、朝日川さん。どうしてこんなことをしたの」

「……あたしだって、わかんねぇよ」

 尋ねられて正直に返した。少し、考えるような間が空く。英美にはそれが重かった。

「私ね、やっぱりあなたのその性格、理解できない。今まで顔だけ見てきたんだもの。解釈違いのことされると、困るわ」

 彼女は言う。拒絶された。そう感じた。かっと頭が熱くなる。彼女が何か続けようとしたのを遮って口を開いた。

「……ああ、そうかよ。そうだよな。あたしはどうせ下品で意味不明な女だよ。でもな、理解できないのはあたしだってそうだよ。お前が何考えてんのか、全然わかんない」

 英美はショルダーバッグから分厚い封筒を取り出し、彼女の手に押し付けた。今までのデート代だ。一切手を付けてなかった。

「金は返す。もうやめる。金で何でも買えると思ったら大間違いだからな」

 二度と話しかけんな、と吐き捨てて英美は踵を返した。彼女は追ってこない。追ってくるはずもなかった。

(……何やってんだよ、あたし)

 全部承知の上でやってたはずなのに。何故自分が怒っているのか、全然分からなかった。

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