水族館へ行った。スカイツリーにも昇った。一緒に電車に乗り、二人きりで海にも赴いた。ワンピース型の水着を着た七緒のスタイルの良さがまだ目に焼き付いている。

 そうやって何回もデートを重ね、そのたび五万を貰い、彼女に慕われる「お姉ちゃん」を演じるのに大分慣れてきた頃だった。

「ねえお姉ちゃん。……キス、してくれる?」

 デートの終わり。彼女の自宅のデカい門の前で、送り届けた時に唐突にそう言われた。さすがに英美は固まってしまう。

「え? どうしたの七緒、急に」

「私。お姉ちゃんのこと、好きよ。その気持ちを確かめたいの。……お姉ちゃんは、イヤ?」

 七緒はまるで叱られた子供のように俯きがちにこちらを窺う。本気なのだろうか。こんなのは設定書になかった。

 迷う。無邪気に自分と笑う彼女と学校の無表情な彼女がオーバーラップする。どちらが本当かわからなくて、挨拶すら交わさない学校の時ですら彼女を目で追っていた。自宅で寝転んでスマホをいじっている時も、気づけばカレンダーで次の土曜日を確認している。

「……仕方ないんだから、あなたって子は」

 ぎこちなさのなくなった言葉を返して、少し背の低い彼女の髪を撫でてやる。

 彼女は目を閉じ、待っていた。英美は視線を泳がせ、きゅっと唇を尖らせて。勢いのまま、彼女の唇を塞ぐ。

(こんなっ……。柔らかいのかよ女のって。てか、こいつだから?)

 キスなんて初めてじゃないのにドキドキした。未知だ。唇の熱で溶けてしまいそうなしなやかさに溺れる。そのままずっと味わっていたくて、味を知りたくて。英美はふにふにと弄んでいる。

「はっ……息、苦しいわ。お姉ちゃん……」

 肩を押されて慌てて離れれば、甘えるように瞳を潤ませた彼女と目があった。一瞬時間が止まる。見惚れた。赤らんだ頬、濡れた唇。全部。

「……なぁ、箱盾。あたしは……」

「お姉ちゃん、好きよ。大好き」

 ぎゅっと彼女が英美を抱き寄せる。そして再び顔を合わせた彼女は、いつものように色のない眼差しに戻っていた。

「……お疲れ様、朝日川さん。これいつもの。今の追加もちゃんと足してあるから」

 言った彼女は自動で開いた門戸の中に早足で戻っていく。振り返りもしないその背中を英美は唖然と見送るしかない。

 渡された封筒の中身を見る。万札が十枚入っていた。キス一回が、デート一回分。何故だかそのまま封筒を地面に叩きつけてやりたくなった。

(追加って。パパ活みてぇに言ってんじゃねえよ……っ)

 それと何が変わらないのか、この関係は。返せる答えがなくて、英美はそのまま走り出していた。ロングスカートが、足に絡みついてウザかった。

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