第7話 紗友子の微笑
かつて自分の家があった、いまはターミナル駅を中心に小さい街になっている場所を、自分の部屋の小さい窓から彼女は見下ろしていた。
彼女、
両親は、同じようにホテルに土地を貸した別の家族と一緒にあのホテルの最上階なんてところに住んでいる。
でも、紗友子は土地代の自分の取り分で駅から離れたところに小さい家を買い、一人暮らしをしている。
魔法のように出現した街。
そのまんなかのターミナル駅。
もともとはただ周辺の人口が増えたからという理由で設置される途中駅のはずだった。
ところが、あの
鉄道会社は線をこの先に延ばす計画でいる。要望も強い。
それが実現すれば、この駅は計画時と同じ、さえないただの途中駅に戻ってしまうだろう。
この街のためにも、紗友子自身のためにも、井岩家にはこれからも鉄道計画に反対してもらわなければならない。
そんなところに転がりこんで来たのが、幼稚園から中学校までの同級生、高校で遠くの街の名門高校に行くと言っていなくなってしまった井岩家の一人娘だった。
幼稚園のころ、紗友子の「さ」と「ち」の区別がつかず、あだ名が「ちー子」になってしまった。そのあだ名を覚えている数少ない一人。
放さない。
圭以子には、将来も井岩家の当主として、できれば、次世代の「県議会の井岩議員」として、鉄道延伸計画に反対しつづけてもらわなければならない。
そのためには、圭以子が結婚して遠くの街に行ってしまう、なんてことはあってはならない。
でも、紗友子は魔法をかけた。
写真で。
だからだいじょうぶだ。
もともと「井岩家のお嬢さん」というだけで敬遠される。
そのうえ、あの写真を渡されて、圭以子は自分の美しさに自信を持った。その美しさをわかってくれる相手にしかもう圭以子は心を許さない。たよりない、ぼんやりした過保護の名家の娘としか自分を見ない相手には、圭以子はもう身を委ねたりしない。
それに。
圭以子には自分の写真をあげていない。
圭以子は、きっともの足りなくなって、写真館を訪ねて来るだろう。
そしたら、紗友子は……。
紗友子は、窓のブラインドを下ろすと、ベッドに腰掛けて部屋の電気を消した。
タブレットを手に持ち、夕方の撮影会で撮ったばかりの圭以子の写真を、一枚ずつ、ゆっくりていねいに見ていく。
紗友子の唇にはずっと微笑が浮かんでいる。
(終わり)
圭以子の肖像 清瀬 六朗 @r_kiyose
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