再会(リリィとの再会)
「フェイス。そろそろ紙が足りなくなってきたんだけど。それとインクとペンも補充しておきたい」
1巻目が発刊できたので次の巻の準備を始めなけばならない。
最初の本を出すのに、だいぶ無駄をしてしまった。
なので流石に足りなくなってきた。
「そうだな。国境付近にこれらを扱っている街がある。そこへ行こう。帝国とも貿易では交流のある街だ。ここから近い。その近いところに君の拠点を構えたんだけどね」
ここへ来てから夢中で書いていて気が付かなかったけど、そういう配慮までしてくれてたのか?
そう言えば似たような屋敷を点在させているし、なかなか用意がいいな。
フェイスの用意周到さには改めて感動した。
「それと、多分だけど。私の予想ではリリィさんは、そこに来る。かなり高い確率で」
「ほ、本当か?」
僕は驚いた。
「いくら能力の高いリリィさんでも、この国の守りを簡単には突破することはできない。それに、リリィさんだけ入って来てくれるわけじゃないからね。国境警備を緩めるわけにはいかない。それと、これから帝国との交渉が始まる。帝国も力を入れてくるだろう。そうすると、帝国の政治的な力を外交交渉に注力することとなる。となると余計な連中もそちらに集められる。運が良ければ、リリィさんだけは皇国に潜入できるかもしれない。一応、『冥府の舞姫』を見かけても手出しせずに監視と報告のみしろと命令してある」
フェイスは説明してくれたが、かなり賭けの要素が強い。
「かもしれない……か?」
僕は少しがっかりした。
「本当は連れてきたいのは山々なんだけどね。けどリリィさんは強い。こちらに気持ちがなびいて無かったら、使者の方が捉えられるか殺されてしまう。こうするしかないんだよ」
「そうか」
「君が嫌がる相手を無理やり嫁にしたいのならやぶさかではないが……」
そう言うとフェイスは笑った。
「おい。そ、そんな事するわけないじゃないか?」
小説をバラまいて世間の外堀埋めているから、似たようなものかもしれないが。
「
ローズさんはいつもポジティブだ。
「さあ、街に行こうか?」
フェイスが準備を始める。
「でも、フェイス。君は会談に行かなくて良いのか?」
今回の作戦の指揮を執っているのはフェイスだ。
責任者が会談場に居なくて良いのだろうか?
「何かあれば連絡が来る。それに、第1回目だ。そこで全てが決まるわけじゃない。長丁場だから大丈夫さ」
確かに1回で決まるような内容じゃない。
だけど、少しだけ嫌な予感もした。
「押し切られそうになった時の手はある。さあ、街に行こう」
フェイスが街に行くのを急ぐのも理由がありそうだ。
国境付近にある街は、とても栄えている。
両側に商店や事務所のような建物、小さな広場などもあり中々にぎやかだ。
この街にリリィさんが来る。
それは、今日の可能性が高いらしい。
その為に、わざわざ原稿を取り寄せるのではなく、街へ繰り出したのだ。
しかし、フェイスやローズさんはこれでも王族貴族だ。
警備も無く繰り出して大丈夫なんだろうかと心配したが、あまり
普通に歩いている。
しかし、リリィさんが来る可能性があるというならば、僕の見えないところでしっかり対策されているのだろう。
平和な国から来た僕には、どうやっているのかは簡単な想像しか出来ない。
自分の書いた小説も貴族の方々の書かせた伝記や武勇伝と同じ位置というわけにはいかないが、店の前に並べてあった。
まあ、フェイスが後押ししているとはいえ、お偉い方々の本を押しのけて中央にデンと並べるわけにはいかない。
印刷技術に関しては皇国は優秀なだけに、この街には関連する文房具や紙、紙の代わりに使えるようにした動物の皮。
それに、羽ペンやインクも売っていた。
自分が特注で作ってもらったペン先は、僕の本を扱っている店では並べてあった。
結構画期的で人気になっているらしい。
賑やかな通りを端から順に見て歩く。
一店一店が活気に満ちていた。
川に近いせいか、帝国の時とは少し違う明るい雰囲気だ。
無地の紙も何組か買った。
メモや図形を書いて構成を考えるのに良いからだ。
元居た世界のような原稿用紙は当然ない。
だが、フェイスに協力してもらい、沢山製造してある。
僕の脳内にある原稿イメージだが。
そうして、買い物をしながら街を歩いて行く。
原稿を書く材料を買っても、直ぐに帰るつもりはない。
ここに来た最大の目的があるからだ。
ローズさんも街へ出歩くことは少ないから楽しそうにしている。
大体は屋敷の者が買ってきてくれるか、屋敷に商品を直接持ってきてくれるのだろうしな。
まるで、二人のデートに付き合わされているようだ。
しかし、ローズさんの楽しそうな様子を見ていると心が和む。
そうしてお店を見ながら歩いて行く。
歩き疲れたら、いつも帰りに立ち寄るというお店に行く。
しかし、夕方までいるつもりだろうか?
いつ来るかまでは知らされていない。
変に警戒されたくないから、手練れの人達とは余り連絡を取らないようにしているようだ。
監視されていると察知されたら、リリィさんが警戒して近寄らなくなる可能性もあるからだ。
もしかしたら、街全体で対策をしているのかもしれない。
だから、フェイスもローズさんも安心して散策しているのかも。
色々なインクや羽ペンを見ていたら、フッと通りの向こうから誰かが見ている気がして顔を上げた。
「あっ!」
そこには、ボンヤリとこちらを見ている可愛い女の子がいた。
忘れるわけがない。
あの姿、あの目。
あの時と違い、仮面は外していたので素顔を見たのは、これが初めてだった。
(なんて可愛いんだ。こんな子が、暗殺者として怖がられていたのか? 仮面はそれを隠す為だったのか?)
僕は、その子の居る場所に向かって走っていた。
逃げる様子はない。
ジッとこちらを見ている。
初めて出会った時は怖い目をしていたのに。
でも今は、潤んだ目をしているような気がした。
「来てくれたんだ! 『本』を。『本』を、読んでくれたんだね?」
僕はリリィさんを抱きしめていた。
初めて会った時はとても大きい体に見えたのに、やっぱり小柄だった。
ペンを取り返そうと腕を捕まえた時は、僕を振り払おうとベランダに向かって飛んでいくように逃げていた。
今は僕にそのまま抱きしめられて、両手が塞がっている。
フェイスとローズさんが駆け寄って来た。
「ほら、だから、絶対来るって私言ったじゃない」
と、ローズさんはバシバシとフェイスの腕をひっぱたいていた。
「痛いじゃないか。私は、来ないなどと一言も言ってないぞ」
フェイスは、払いのけるようにしながら言い返していた。
「まあ、何か少し疲れてそうね。ここまで来るのは大変だったんじゃない?」
「どこかの店で、少し休みましょう。ほら、フェイス! お店探して!」
「わかってるよ、ローズ。それじゃ、いつも帰りに立ち寄るお店へ行こう。そこで良いだろ?」
「じゃ、そこで。フェイスは、先に行って席取っててよね。ほら、
(あれ、初めてローズさんから『先生』って呼ばれたな)
フェイスは先に店へ向かった。
「
ローズさんが喜んでくれている。
僕は少し恥ずかしかった。
リリィさんの手を引きながらお店に向かう。
照れ臭かったがリリィさんが逃げてしまわない様に。
店に入るとフェイスが声を掛けてきた。
「ああ、こっちこっち!」
「もう、自分だけ先に!」
ローズさんは御立腹だ。
「すぐ同じものが来るよ。いいじゃないか、先に呑むくらい」
またいつもの夫婦漫才が始まった。
「私は、編集長をしている”フェイス”と言います。隣の子は”ローズです。リリィさん、良く来てくれましたね。ここに来るまで、大変だったでしょう」
席に座るとフェイスが自己紹介を始めた。
「そんな……、ことは……、ない」
そう言いながら戸惑っているリリィさん。
(どうしたのかな? 何か変な事フェイスが言ったのかな?)
少し心配した。
するとリリィさんがリュックから『ガラスのペン』を取り出してテーブルの上に置いた。
「これ、あの時の”ペン”だ。返す」
僕はビックリした。
ガラスという脆い素材で出来たペンだ。
あれだけの騒動でひび割れたりして壊れているかと諦めていた。
それにリリィさんが壊したか捨ててしまっているのではないかと思っていたからだ。
「ちゃんと持っていてくれたんだね。捨てられてるか、壊されてしまったかと思ってたよ」
「お前が、『大事な物だ』と言っていたから」
「これ、綺麗なケースだね」
「あまり綺麗ではない。これは、私の剣をしまうケースだ。折れるといけないから、これに入れた」
それを聞いて僕は感激した。
リリィさんを抱きしめた。
「リリィさん。ありがとう。本当に大事な物なんだ。これ」
親の形見でもあるペンが無事だった。
大事に持っていてくれた。
嬉しかった。
僕は泣きそうなのを我慢した。
「そろそろ出ようか。お金いくらかな?」
フェイスは、落ち着いたところで、ウェイトレスの女性に声を掛けた。
「フェイス編集長! 私は、また貴方が、女性を泣かせているのかと勘違いしましたわ」
誰の事かとローズさんを見たら、少し涙目になっていた。
「え? 変なこと言わないでよ」
「ウフフ、冗談です。はい、これお釣り。では、またのご来店をお待ちしております」
この会話からすると、この店の店員も皇国の手の人達だったようだ。
僕らは勘定を払い店を出た。
リリィさんが、急に後ろを振り向く。
「ん? どうしたの?」
ローズさんが、首をかしげて尋ねた。
「ううん。何でもない」
と返事をするリリィさん。
(やっぱりフェイスもリリィさんみたいな人達を、この街に沢山配置してたんだろうか?)
(安心して気が緩んだところを、リリィさんに気が付かれてしまった感じかな?)
リリィさんは、きっと警戒している事だろう。
だけど大丈夫だよ、リリィさん。
君の決断が、これからの世界の仕組みを変えていく。
自分の使命と恋心の葛藤で、苦しませてしまったかもしれないけど。
ポンコツになってしまったと、馬鹿にされているかもしれないけど。
君が、二度と暗闇の世界に戻らなくて済むのなら、ポンコツと言われても構わない。
そう言われる悔しさは、僕にぶつければ良いさ。
僕を選んでくれたことを後悔させたくない。
誰よりも強い君が、僕を選んで弱くなってしまったなら。
その分僕は強くなる。
君の様に格闘技や剣術は無理だけど。
「ペン」という「剣」では、この世界の誰にも負ける気がしないんだ。
それこそ無双状態だ。
今まさに、僕の書いた小説が帝国の野望を
それに、誰にも倒されることの無かった『冥府の舞姫』のリリィさん、あなたを、僕は打ち負かしてしまったのだよ。
ありがとう、リリィさん。
僕を選んでくれて。
ありがとう、リリィさん。
ここに来てくれて。
ありがとう、リリィさん。
もう二度と、元居た暗闇の世界に君を行かせたりはしない。
これから一緒に、この国で幸せになって行こう。
この世界で、幸せになって行こう。
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さい‐かい〔‐クワイ〕【再会】 の解説
[名] (スル)長く別れ別れになっていた人どうしが、再びめぐりあうこと。「―を期す」「三〇年ぶりに―した友」
出典:デジタル大辞泉(小学館)
異世界で追放された売れない小説家の俺。殺しに来た女の暗殺者を嫁にして、帝国に対してもザマァします 日向 たかのり @bisei
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