第22話 困ったことに、太宰に似ている。

 昔は書く時間も惜しくなるほどアイデアが湧いてたのに、最近はどうにも言葉が出てこない。

 20年ぶりにシステムエンジニアに会社員として復帰して、すんごく忙しいのもある。脳が疲れてふらふらなのもある。けどそれを差し引いても、新キャラとか浮かばないし書けるのは現実を切り抜いたショートショートばっかり。


 モウロクしたなぁ……と落ち込んでいた最近の私だが、よく考えたら当時はかなり躁状態だった。うつ病と間違われて、気分が明るくなる薬をどっかどっか処方されていたのだ。

 そりゃ、アイデアぽんぽん湧いてくるって。


 納得すると同時に、「あー、私ってまるで太宰だなぁ」ってつくづく思う。

 私が一番好きな作家が、太宰治だ。私は太宰先生と呼んでいる。私は太宰先生ほど色気はないが、猛烈に創作意欲が湧くとか滅茶滅茶に行動力上がるとか、やったらめったら恋をするとか(幸い私はプラトニック止まり)、まぁ本当によく似た状態を経験した。

 彼は双極症だったという説があるが、私がその双極症だ。幸い正しい処方をしてもらえるようになって、今は普通よりちょっと能力が劣る程度の常識人に収まっている。


 そういえば、夏目漱石も双極症だったらしい。

 こっちは私の相方に近いかな。私の相方もどういう因果か双極症だが、暴力的にはなるものの道徳は逸脱しない。

 なんかずるくないか、相方。夏目漱石の方が、世間的にはまともなイメージじゃん。


 まあそんな愚痴はさておいて。

 もし太宰が現代の薬を飲んでいたら、どれだけの作品が生まれずに埋もれたのかなあ、なんて思ったりもする。

 まず、「駆け込み訴え」は生まれない。あれは口述筆記でよどみなく語られた作品だ。それだけ頭を働かせられるのは、ハイになってるときじゃないと無理だろう。「女生徒」もそう。弟子の日記を盗むという大胆な行為も、その日記の主になりきって物語を描き切る憑依能力も、ハイになってる時期でないと書けはしない。「走れメロス」も道徳吹っ飛んだ時の経験で書いてるから、消える。


 残るのは「桜桃」。あれは素面に戻った時に、行き詰って書いた作品だ。残るだろう。「富嶽百景」も、心がニュートラルになった時期の徒然日記だから残る。あと、これは私だけが思うのかも知れないが「人間失格」。あの生原稿にはものすごい推敲の跡が残っている。推敲して磨きをかけるというのは、ハイの状態ではあまりやらない(私はだけど)。緻密な計算と激しい迷いは、落ち着いた人間だからこそ起こる事だ。


 まあね。

 そんなことを考えると、病気があろうがなかろうが、天才は天才だよなと納得する。彼の奇行のほとんどが病気、そう割り切ってしまったら、残るのは能力への羨望と尊敬しかない。

 ニュートラルの太宰先生にそう伝えたら、多分小さくなって頭をかいてるだろうなと思うけど。

 そこは私と違うな。私は褒めてもらえたら、胸を張って「ありがとう」って言うと決めてるから。


 そしてもう一つ太宰先生と違うのは、私には作家になる勇気がないってことだ。私はいろんなチャンスがあったにも関わらず、会社員に戻ることを選んだ。仕方なく選んだのではない、働けない障害者から一般会社員に戻りたかったから全力を出した。めっちゃ大変だった。

 だけど、その間もずっと迷っていたのだ。本気で作家になろうぜとか、ネットで文筆業やって稼ごうぜとか、早くしないと既にデビューには遅いぜとか。

 だけど、一般人になることが勝ってしまった。なってみたら、とてもじゃないが時間が取れない。残業続きで空き時間がない。だけど悲しいかなエンジニアという仕事が楽しい。止められない。


 太宰先生に近い私は、太宰先生みたいになりたいと思う。

 ハイであろうがニュートラルであろうが、とにかく書いて生きていたいと思う。

 だけどそれが私には怖くて、凡人からはみ出せずに悶絶している。というか、凡人に戻れたことで満足してしまっている。


 私は天才にはなれない。今日も理性を保つ薬を飲みながら、平均より低め安定で生きながら、ちょっとだけ悲しく、ちょっとだけ残念に思いつつ、布団の中で時が過ぎるのを待っている。

 今日もまた不眠だ。寝たい。せめて脳を休ませたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

令和の徒然日記~私が思うところ 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ