第36話 女難艦長彩晴

 内火艇が格納庫に収容されると、負傷者を乗せたストレッチャーが下ろされる。だが、いざ医務室へ向かおうとした途端、格納庫いっぱいにハツの声が響いた。


「ステイ!!」


 唐突に上げられたハツの声に驚いて動きを止める、彩晴、涼穂、ディア、セーナ。


 ハツは4人の鼻に順番に、目にもとまらぬ早業でウィルスチェッカーを突っ込んでいく。続いて負傷者の方もチェックする。


「検疫よし! 涼穂さんは私と一緒に負傷者を医務室へ! 彩晴さんはそちらのおふたりをお部屋に案内してあげてください」


 問答無用で鼻に異物を入れられるという暴挙に、ディアが文句言いたげだったが、ハツの勢いに押された様子で黙っていた。


「え!? 俺がそっち!?」


 彩晴が驚いたのは、てっきり女の子ふたりの相手は涼穂がするものだと思っていたからだ。


「負傷者のひとりが性的暴行を受けた女の子であることと、医学知識を踏まえた上での適材適所です。彩兼さんは艦長として、ゲストをしっかりおもてなししてあげてください」

「お、おう」


 士官学校の授業内容には応急処置や、基礎的な医学も含まれる。これについても成績は涼穂の方が上だ。しかも患者が乱暴された女の子なら、尚更、付き添うのは女性である涼穂だろう。


「あと、セーナさんは太ももの内側に銃を隠してますから、うまく取り上げておいてくださいね?」

「ちょ、どうやって!?」

「そんなの自分で考えてください。後で反省会もしますから、楽しみにしていてくださいね」 


 ハツのにこやかな笑みの裏側に黒いものが見えた気がして、彩兼は表情を張り付かせた。初の実戦だったとはいえ、彩晴は命に係わる大きなミスを幾つも犯しているからだ。


「……アイサー」

「それじゃあ、またね、あや」

「ああ」


  ストレッチャーを押して格納庫を後にするハツと涼穂の背中に力なく返事を返す。


(仕方ないよなぁ。下手すれば俺だけじゃなくて、みんなを巻き込んでしまってたわけだし。俺がこんなんで地球に帰れるのか?)


 今日の作戦で彩晴が犯したミスは大きくみっつだ。


 ひとつは、安易にEMPグレネードを使用したこと。これによって海賊船の主機が暴走。あわや宇宙の塵になるところだった。


 ふたつめは、気を失った海賊を拘束もせず放置したことだ。これによって目を覚ました海賊の不意打ちを受ける事になった。ディアとセーナがいたことで対処できたが、不意打ちを受けていればそこで死ぬか、爆発する海賊船からの脱出に間に合わずに死ぬかのどちらかだった。


 みっつめが、鹵獲した銃を誰もが手に取れる場所に置いたこと。これによって一時拘束される事態に陥った。ディアの奇襲で事なきを得たが、大切な涼穂を巻き込んでしまった悔やみきれないミスである。


 どれも訓練や教習で学んでいたことばかりだ。


「はぁ」


 彩晴が大きなため息をついて肩を落としていると、ディアが不思議そうに覗き込んでくる。


「アヤハル」

「うん? どうしたディ……ふがっ!?」


 唐突に鼻を引っ張られた。幸いすぐに離してくれたが、悪びれる様子もなく何やら得意げな表情を見せている。しかも、セーナにもやってやれというような素振りを見せているではないか。


(ウィルスチェッカーを鼻に入れられた事への報復か? なんで俺に……っていうかセーナまで)


 セーナは顔を赤らめておずおずと鼻に指を伸ばす。


「※※※※※※※※※(申し訳ございません)」


 ちょん。


 人差し指の先でわずかに彩兼の鼻を押したセーナは、恥ずかしそうにうつ向いてしまった。


(やべ。可愛い……)


 セーナの乙女な反応に、美少女との触れ合いには慣れている彩晴もつい釣られて視線を逸らしてしまう。


「※※※※※(童貞か!?)」

「※※※※※※※※※※※※(ディア様!? 失礼ですよ!)」


 ディアが何やらボソッと呟いて、セーナに窘められている。


(わからないと思って好き勝手言いやがって!)


 冷やかされたのだろうというのは伝わってくる。とはいえ、地球の言葉で叱っても仕方が無い。


(鼻を引っ張るくらいで、お嬢様が満足したならそれでいいか。すずや春日やレイニーだったらこのくらいじゃすまないもんな)


 彩兼の周りにいる女性陣は怒らせると怖いのだ。涼穂とアネットは物理で、みことは精神的に3~10倍にして返してくる。鼻をちょっと引っ張られるくらいなんでもない。セーナに至ってはむしろご褒美だ。


「それではお嬢様方。お部屋の方へご案内します」


 セーナの手には、その細腕に似合わないくらい大きなカバンがある。彩晴はさりげなく荷物を預かりたいという意思を示すと、案外あっさり荷物を手渡してきた。どうやら信用はされているようだ。


 ディアもセーナもきっと疲れているはずだ。部屋に案内しようと、彩晴は手振りでふたりについてくるよう促す。


「※※※※※(60点じゃな)」


 尊大な態度のディア。しかし、何も手を出して来ないことから、なんとなくかろうじて可くらいの評価を貰ったことはわかった。


(そういえば、セーナが銃を隠し持っているんだったな)


 ハツの話では太ももの内側にあるらしい。女性が武器を隠す場所としては鉄板だ。


「セーナ」


 男性の自分がボディチェックをするのも気が引けるので、ジェスチャーでセーナに銃を渡すように伝える彩晴。しかし、上手く伝わらないのか、ディアもセーナも小首をかしげている。


 何か思いついたディアが小悪魔的な笑みを浮かべた。


「※※※※※※※※※※※(これは、スカートを捲って下着をよこせと言っておるよのではないか?)」

「っ!?」


 それから彩晴は、顔を真っ赤にしたセーナから平手打ちを受ける事になった。


「なんで!?」



 ✤✤✤



 21世紀に開発された3Dプリンターは数世紀かけて進歩を続け、現在は分子レベルでの精製が可能になっている。ナノクラフターと呼ばれる24世紀の3Dプリンターは金属や樹脂素材だけでなく、水や気体。たんぱく質といった有機物でも形成が可能だ。


 ナノクラフターの普及で、水だ食料だ製造だ物流だといった問題は過去のものになった。元となる分子配列データと、必要なクラフトマテリアルさえあれば、買いに行く必要も届けてもらう必要もない。いつでも、家にいながら商品が手に入る。そんな機械が一家に一台。いや、各部屋に一台あるのが24世紀の地球である。


 当然、ナノクラフターは当然医療分野でも活躍している。どんな怪我も病気も、ナノクラフターによる肉体の再構成という力技で治してしまうのだ。


 24世紀の地球には、精神科と産婦人科以外の人間の医者はいない。怪我や病気の治療はAIによって診断され、ナノクラフターによって治療が行われる。ハツヒメにも医務室はあるが船医は乗っていなかった。


 医務室には3基の医療用のナノクラフターが備え付けられていた。小型艦の乗員が通常数名である事を鑑みると贅沢な装備に思える。しかし、練習艦の任務は訓練生の実習航海だけではない。平時なら一般人に向けた体験航海やVIPの接待。有事の際には、負傷者や避難民を受け入れるシェルターとなる。その為、練習艦は伝統的に医療設備と台所が充実しているのである。


「医療用ナノクラフター1番、2番立ち上げ開始! 診断用OS起動! 消毒、稼働確認よし! 涼穂さんそっちの子の服を全部脱がせてください。切ってしまってかまいません」

「アイサー!」


 彩晴がセーナにひっぱたかれていた頃、医務室ではハツと涼穂による救急救命作業が行われていた。


 医療用ナノクラフターはMRIによく似た円筒形のカプセルで、放り込めば後は機械が診断から治療までやってくれる。


 ただし服を着たままだと治療の邪魔になる為、全裸になる必要がある。元々全裸にされていた少女の方は、ハツがナノクラフターに放り込んで治療を開始し、少年の方は、涼穂がハサミで服を裁断していく。


 天然素材で出来た少年の服は、ハサミを通せば楽に切ることが出来る。だが、少年の身体に出来た傷が気になってしまい、思うように作業が進まない。


「壊れたってまた治せばいいんです! 思い切ってやっちゃってください!

「ふぇん!」


 ハツの叱責に悲鳴を上げる涼穂。客船の惨状と、少年と少女の境遇に涼穂の情緒は限界寸前だ。涙目を必死にこらえながらハサミを入れていく。


 そうこうしてる間に、ついに少年の呼吸が止まる。


「うそ!? 心肺停止!」

「落ち着いてください。人工呼吸器繋いで、超音波流動機を使いましょう。心臓の再起動は後回しです」


 超音波流動機とは外部から超音波で血液を循環させる装置だ。言うなれば外付けの人工心臓である。


 ナノクラフターによる再生治療で唯一再生できないのが脳である。いや、脳の再生だけなら出来るのだが、記憶や人格を形成している神経接続を元に戻せない為、脳を再生、または複製した場合、まっさらな廃人か、まったく違う人格を持った誰かとして目覚めることになる。


 逆に言えば、脳の記憶領域が破壊されてさえいなければ、蘇生は可能だ。その為、心停止による、脳に血が通わなくなってから処置、心肺蘇生が重要なのはこの時代でも変わらない。だが、ハツは少年の身体へのダメージが大きかった為、心肺蘇生よりも、治療を優先すべきと判断した。


 首に超音波流動機のバンドを巻き付け、起動すると少年の顔にわずかだが血の気が戻る。


「脱がし終わったよ!」

「よくできました! 後は起動したナノクラフターに入れるだけですね」


 少年をストレッチャーからナノクラフターに付属の寝台に移すと、寝台は自動的に治療カプセルに引き込まれていく。


 後はもう機械任せで、人間に出来ることは無い。大きく息をついてその場に座り込む涼穂。


「男の子の治療は時間がかかりそうですね。女の子の方は穴をふさいで血液を足すだけなので、30分もあれば治療が完了します。ただ……うーんどうしましょう?」

「ハツ? どうしたの?」

「いえ、彼女、海賊に暴行されたじゃないですか?」

「ああ……そっか。どうしよう?」


 涼穂はハツが言いたい事を察して、一緒に考える事になった。


 それは性的暴行による身体的外傷の治癒を行うか否か。ぶっちゃけると処女膜を再生するかって話である。


「確か、純潔の喪失が性犯罪によるものであるという立証と、未成年者の場合、親の同意が必要なんだよね」

「はい。この点は再生医療法第44条に明記されていますので、勝手に再生治療を行うことはできません。親権者がいない場合でも法的に認められた保護者の同意が必要です」

「うーん。家族の安否もわからないし、今は棚上げかな?」

「そうですね。保護者がいない場合、再生せずに帰すことになりますが……」


 性犯罪被害者の場合、肉体のケアだけでなく精神のケアも必須である。だが、ハツヒメ側としてはそこまで長く、少女に関わることはできない。もし、彼女の両親が海賊によって殺されていた場合、新たな保護者が見つかるまで待っているというわけにもいかないのだ。


「一応あやにも聞いてみようか? あやなら、上手い方便を考え付くかもしれないよ?」

「なるほど方便ですか」

「うん。あやはそういうの考えるの得意だからね」

「そういえば、そうでしたね」


 実際、今回の海賊騒ぎへの介入も、本来ならばやるべきではなかった。国と国民を護る為に預けられた力を、個人の正義や義憤で振るうことは許されないからだ。だがそれを、彩晴は『地球連邦宇宙軍のシンボルの入ったハツヒメを救難信号を無視した船にはできない』という方便を宣い、問題を地球人への信用問題へとすり替えた。


 見捨てれば地球連邦宇宙軍の掲げるシンボルは、薄情者を示す印になると。


 幼稚な言葉遊びに思うかもしれない。しかし、感情で動いたわけではないという、上手い方便さえあれば、超法規的措置も案外何とかなる。軍隊というのは昔からそういうものなのだ。


「位置情報によると、彩晴さんはまだ格納庫にいますね」

「ディアちゃん好奇心強そうだったから見学してるのかな?」

「かもしれませんね」


 乗員のプライバシー保護の観点から、フィギュアヘッドアンドロイドであっても常時乗員の様子をモニターしていない。常に把握しているのは位置情報くらいだ。


「格納庫の映像を出しますね」


 ハツによってARモニターに格納庫にいる彩晴の様子が映し出される。


「……我らが艦長は何してるんですか?」

「あやくんのばーか」


 彼女たちが目にしたのは、セーナの前で土下座する彩晴の姿だった。



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