第4話 二度あることは三度ある?

 俺の放った衝撃の言葉に固まっていた花梨が、ようやく口を開いた。


「それ、本気で言ってる?」


「もちろん。で、どうだ? やってくれるのか?」


「それをやれば、本当に丈君のサインをもらえるんだよね?」


「ああ、約束する」


「じゃあ、やる。で、どこでするの? また屋上へ行く?」


「いや、それはやめとこう。万が一、誰かに見られて、変な噂を立てられたら嫌だろ?」


「わたしは全然平気よ。だって、別にやましいことをしてるわけじゃないし」


「いやいや、十分やましいって」


「じゃあ智樹は、なんでそんなやましいことを、わたしにさせようとしてるの?」


「そんなの、どうだっていいだろ。とにかく授業が終わったら、俺の家に集合な」


 そう言うと、俺は逃げるように自分の席へ戻った。






 花梨を待つ間、俺は少しでも緊張をほぐそうと、ベッドに横になりながら、携帯に保存してある小学生時代の写真を見ていた。

 遠足、運動会、修学旅行……どの写真を見ても、必ず花梨が写っている。

 それだけで、俺が彼女のことをどれほど好きなのかが分かる。


──こんなの、花梨には絶対見せられないな。


 そんなことを思いながら写真を眺めていると、階段を駆け上る音とともに、ドアが勢いよく開かれた。


「お待たせ」


 制服姿のままの花梨が、俺の目に飛び込んでくる。

 俺は咄嗟に携帯を隠しながら、「お前、人の部屋に入る時はノックぐらいしろよ!」と抗議した。


「そんな細かいこと言わないの。それより、今なにか隠したでしょ?」


「別に隠してねえよ」


 俺はすぐに携帯の画面を閉じ、何食わぬ顔で答えた。


「なんか変なもの見てたんでしょ。ちょっと携帯見せてよ」


「おい、やめろよ」


 無理やり携帯を見ようとする花梨とベッドで揉み合っているうちに、俺が彼女を押し倒すような形になった。

 そのはずみに、スカートがめくり上がり、花梨の太ももが露になった。


「あっ、ごめん!」


 咄嗟に謝罪の言葉を口にした俺に、花梨は頬を赤く染めながら「別に謝らなくてもいいよ」と、蚊の鳴くような声で呟いた。

 そんな彼女の姿を見て、俺も急に恥ずかしくなり、互いに俯いたまま時間だけがいたずらに経過していった。

 重苦しい空気が部屋を支配する中、俺は「じゃあ、そろそろ始めるか!」と、殊更大きな声を出して、流れを断ち切ろうとした。


「その前に一つ訊いてもいい?」


 花梨が頬を赤く染めたまま訊いてくる。


「なんだ?」


「さっき有耶無耶にされたことだけど、なんで智樹は自分でやましいと思っていることを、わたしにさせようとしてるの?」


──またそれか。せっかく、うまく切り抜けたと思ってたのに……どうやらお前は、俺をとことん困らせないと気が済まないようだな。


「元々は、花梨が俺にやらせたんだろ? お前がどんな思いで俺にあんなことさせたのか、お前と同じことをして知りたいと思ったんだよ」


「それなら、もう言ったでしょ。将来好きな人に土踏まずのにおいを求められた時に、自信を持って差し出せるようにって」


「じゃあ、俺もそれと同じだ」


「じゃあってなによ」


「じゃあはじゃあだよ」


「ふざけないで! 自分が不利な状況になると、そうやってごまかそうとするのが、智樹の悪い癖よ」


「別にふざけてねえよ。俺は本当にそう思ったんだよ」


「分かったよ! じゃあ嗅いであげるから、さっさと足を出して!」


 覚悟を決めた様子の花梨に、俺はそっと右足を差し出した。


──うわあ、これ、もの凄く恥ずかしいんだけど……花梨のやつ、よくこんなこと二度もやったよな。


 恥辱に耐えながら花梨をチラっと見ると、彼女はまるでにおいを味わうかのように目を閉じながら、俺の土踏まずに鼻を近づけていた。

 それは時間にしたらごく僅かなものだったんだろうけど、俺にとってはまるで地獄にいるみたいに長く感じた。

 

「もういいんじゃないか」


 限界を感じてそう言うと、花梨はパッと目を開け、俺の右足をそっと置きながら、ゆっくりと口を開いた。


「とりあえず、土踏まずは無臭だったけど、他の部分が少しにおったかな」


 どこかで聞いたことのあるフレーズに、俺が「他の部分ってどこだよ?」と訊くと、彼女は「指とか踵だよ」と、なんの抵抗もなく返してきた。


「それ、俺が前に言ったことと一緒じゃねえか! ていうか、そんな所のにおいをじっくり嗅いでんじゃねえよ!」


「わたしは正直に言っただけなのに、なんでキレてんのよ!」


「なんでも正直に言えばいいってもんじゃねえんだよ! お前なんか、さっさと出て行け!」


「言われなくても出て行くわよ! もうこの家には二度と来ないから!」


 ドタバタと部屋を出て行く花梨の後ろ姿を見送りながら、俺の頭の中は『二度あることは三度ある』という言葉が何度も駆け巡っていた。 







 




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