第3話 三度目の正直なるか?

「はあ? また怒らせただって?」


 俺は花梨に絶交宣言されたその足で、涼真の家を訪れていた。


「なんで、そうなったんだ? まさかお前、また余計なこと言ったんんじゃないだろうな」


「いや。俺はお前に言われたことを忠実に実行しただけだ。ただ詰めが甘かったというか……」


「どういうことだ?」


「花梨の土踏まずのにおいを嗅いだ後に『合格だ』って言ったら、突然キレ始めてさ」


「お前はバカか? そんな言い方したら、二宮は怒るに決まってんだろ」


「なんだよ。お前まであいつの味方するのかよ」


「別に味方なんかしてねえよ。ただ、お前があまりにも女心が分かってないから、イラついたんだよ」


「じゃあ、お前はあいつの心が分かるっていうのか?」


「まあ、お前よりは分かってるつもりだ」


「じゃあ教えてくれよ。なんであいつはキレたんだ?」


「しょうがねえな。じゃあ教えてやるから、よく聞いとけ。お前は無意識に『合格だ』って言ったんだろうが、それを聞いて二宮は昨日のお前の言葉を思い出したんだよ」


「俺の言葉?」


「ああ。お前昨日、土踏まず以外の部分がにおったって言ったんだろ? お前が言った『合格だ』は、その言葉を受けてのものだと、二宮は判断したんだよ」


 涼真が言ったことは、頭では理解できても、感情が追いつかなかった。


「じゃあ俺は、なんて言えば良かったんだ?」


「普通に、『におわなかった』で良かったんだよ」


「あいつも同じこと言ってたけど、それじゃ、あまりにも平凡過ぎないか?」


「平凡でいいんだよ。奇をてらう必要なんてまったくないんだからさ」


「ああ、ほんと女って面倒くせえな。あいつも昔は、もっと単純だったのにさ」


「俺たちもう高二だぜ。それに、女は男より精神年齢が高いからな」


「このままだと俺、あいつと一生、口利けないかもしれない。なあ涼真、俺どうしたらいいと思う?」


「お前は一度ならず二度も同じ失敗してるからな。二宮の機嫌を直すのは一筋縄ではいかねえぞ」


「そんなことは言われなくても分かってるよ! 分かったうえで訊いてるんだろ」


「しょうがねえなあ。じゃあ、とておきの作戦を伝授してやるから、よく聞いとけよ」


 涼真は花梨の機嫌が直る方法を事細かく教えてくれた。


「分かった。じゃあ早速、明日やってみるよ」


「三度目の正直になるよう、うまくやれよ」


「ああ」


 俺は一瞬頭をよぎった『二度あることは三度ある』という言葉を振り払いながら、家路についた。






 翌日の昼休み、俺は逸る心を抑えながら、花梨に話し掛けた。


「ちょっと、話したことがあるんだけど」


 花梨は俺の言葉をスルーし、ひたすら携帯ゲームをしている。


「おい、そんなのはいつでもできるだろ。少しでいいから話を聞いてくれよ」


 真剣さが伝わったのか、花梨はようやくゲームをやめ、睨みつけるような目を向けてきた。


「昨日、わたしが最後に言ったこと覚えてないの?」


「もちろん覚えてるよ。『今後一切わたしに話し掛けないで』だろ?」


「分かってるんなら、話し掛けないでよ!」


「まあ落ち着けよ。俺の話を聞いたら、お前は間違いなく俺に感謝することになるから」


「そんなにハードル上げていいの? わたし、今まで智樹に感謝したことなんて一度もないんだけど」


「お前、小学校の時、コング&プリンセスの平野丈へいやじょうの大ファンだったよな。今でもそれは変わってないのか?」


「だったら、どうだって言うのよ」


「俺の知り合いが、この前たまたま平野丈の直筆サインをもらったんだけど、その人あまり彼のこと好きじゃなくてさ。誰かに譲ってもいいって言ってるんだ」


「えっ! もしかして、そのサイン、わたしにくれようとしてる?」


「あげてもいいけど、その代わり条件が二つある」


「何よ、その条件って」


「一つは、昨日の絶交宣言を取り消すこと。まあこれは、今こうして話してることだし、クリアしたようなもんだな。で、二つ目の条件だけど──」


「何よ、焦らしてないで、早く言いなさいよ」


 前のめりに訊いてくる花梨に、俺は彼女の目を見つめながら言った。


「俺の土踏まずのにおいを嗅ぐことだ」


 俺の言葉が余程ショックだったのか、花梨は大きく目を見開いたまま、動かなくなってしまった。



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