幼なじみの彼女がなぜか土踏まずのにおいを嗅がせたがる
丸子稔
第1話 無茶な要求
彼女とは家が近所ということもあり、幼い頃からよく一緒に遊んでいた。
ままごと、人形遊び、あやとり等、本音を言えばあまりやりたくなかったけど、断ると目に涙をためながら訴えるため、仕方なく付き合っていた。
高二になった今は、さすがにもうそんな遊びはしなくなり、一緒にいる時間も幼少の頃に比べ、かなり少なくなっていた。
そんなある日、何か話したいことがあるとかで、花梨が久し振りに家に来ることになった。
──話したいことって何だろうな。まさか愛の告白だったりして。
冗談半分にそんなことを考えながら待っていると、花梨が上下ジャージ姿の、なんとも色気のない恰好でやって来た。
──これはとても愛の告白は期待できそうにないな。
俺は内心ガッカリしてることを悟られないよう、わざとぶっきらぼうに訊いてみた。
「で、話って何だよ」
すると、花梨は頬を赤く染めながら、微かに聞こえるくらいの声で呟いた。
「ねえ、智樹。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「なんだよ、そんな赤い顔して。まさか……」
いつもとは明らかに違う花梨の様子に、俺はさっき打ち消した告白的なものを期待せずにはいられなかった。
すると……
「つ、土踏まずのにおい……」
「はあ? 土踏まずってなんだよ……」
想定外のワードに戸惑っていると、彼女は「わたしの土踏まずのにおいを嗅いでくれないかな?」と、更に俺を困惑させる強烈な言葉を放った。
「お前、自分で何言ってるか分かってるのか?」
期待を裏切られたこともあり、意味不明なことを言う花梨に、つい当たりが強くなる。
そんな俺の心を見透かしたように、彼女は「もしかして、告られると思った?」と、薄笑いしながら言った。
「そりゃあ、今のような状況なら、誰だってそう思うだろ」
俺は動揺してることを隠すように、冷静な口調で返した。
「それもそうね。でも、全然そんなんじゃないから」
「じゃあ、なんだよ」
「だから、さっき言った通りよ」
「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。そんなの、自分で嗅げばいいだろ」
「わたしの身体が異常に硬いことは、智樹も知ってるでしょ? だから自分ではできないのよ」
「じゃあ、親に頼めよ」
「親にこんなこと頼めるわけないでしょ!」
「じゃあ、俺ならいいのかよ」
「智樹だからいいのよ」
「言ってることがよく分からないんだけど。ていうか、そもそもなんのために、俺にそんなことさせようとしてるんだ?」
「土踏まずの部分は直接地面に触れないから、それ自体はにおわないって、前に聞いたことがあるの。それが本当かどうか知りたくてさ」
「はあ? お前、そんなくだらない理由で、俺にそんなことさせようとしてるのか?」
「くだらないとは何よ! もし本当ににおわなかったら、将来好きな人に『お前の土踏まずのにおいを嗅がせてくれ』って言われた時に、安心して嗅がせられるじゃない」
「そんなこと言う奴なんかいねえよ! もしいたとしたら、そいつはただの変態だ」
「わたしもそう思うけど、万が一ってことがあるでしょ? だから、お願い。ね?」
──その
「しょうがねえな。じゃあ、やってやるよ」
「本当! やっぱり、持つべきものは幼なじみね」
「そんなのはいいから、早く足を出せよ」
「そんなに急かさないでよ!」
花梨は慌ただしく靴下を脱ぐと、両手を床につきながら、俺に向かって平然と右足を投げ出してきた。
──なんで、そんな平気な顔してるんだよ。さっきはあんなに恥ずかしそうにしてたのに……。
俺は複雑な心境で、花梨の右足を抱えるように持ち、土踏まずの部分に鼻を近づけた。
すると、土踏まず自体はにおわなかったけど、それ以外の部分がちょっと……。
「どう?」
不安げな顔で訊いてくる花梨に、本当のことを言うべきかどうか逡巡していると、彼女は「別に怒ったりしないから正直に言って」と、にこやかに言った。
「じゃあ言うけど、確かに土踏まず自体はにおわなかった。でも、それ以外の部分が微かににおったかな」
「はあ? それ以外ってどこ?」
「だから、指とか
「誰がそんなところ嗅げって言ったのよ! 余計なことしないでよ!」
「俺だって、別に意識して嗅いだわけじゃねえよ! ていうか、なんでキレてんだよ!」
「智樹が変なこと言うからに決まってるでしょ! もう知らない!」
そう言うと、花梨は脱いだ靴下を手に持ったまま、逃げるように部屋を出て行った。
──俺はお前が正直に言えって言うから、そうしたんだ。なのにキレられるなんて、意味分かんねえよ。
無茶な要求に応えてやったにも拘わらず、 お礼も言わず逃げ出した花梨に、俺は納得できないでいた。
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