第6話 二音

 涼真から衝撃の告白をされた翌朝、俺は学校までの道中、ひたすら花梨とのやり取りをシミュレーションしていた。


──教室に入って俺が平野丈のサインを渡せば、花梨はとりあえず受け取ってくれるだろう。問題はその後、話をどう展開するかだ。

『お前、俺のことが好きなんだってな』……うん、これは絶対ダメだ。こんなこと言ったら、花梨は怒り出すに決まってる。

『俺、ずっと前からお前のことが好きだったんだ』……ダメだ。こんな恥ずかしいこと言えるわけがない。

『俺たち、友達から始めないか?』……いやいや、幼稚園の時から既に友達だから。

『俺たち知り合ってからもう十年以上経つことだし、そろそろ付き合わないか?』……おっ! これ、いいんじゃね? 告白してる感じもしないし、何より流れがとても自然だ。


 花梨への切り出し方が決まってほくそ笑んでいると、不意に後ろから声を掛けられた。


「智樹、なに一人でニヤニヤしてるの?」


 その聞き慣れた声に、俺は一瞬にして思考回路がショートした。


「な、なんでお前がここにいるんだよ!」


「はあ? そんなの、学校に行くからに決まってるでしょ」


「昨日、派手に言い合ったばかりなのに、気安く声掛けるなよ!」


「そのことなんだけど、わたし、あの後、智樹に余計なこと言ったかなって反省してさ。だから今日、智樹に会ったら謝ろうと思ってたんだ」


「……そんなの、別に謝らなくていいよ。先に余計なこと言ったのは、俺の方だしな。それより、お前に話したいことがあるから、昼休みに屋上へ来てくれないか?」


「なに、話したいことって?」


「だから、それは昼休みに話すって言ってんだろ。じゃあ、先に行ってるぞ」


「ちょっと、待ってよ!」


 俺はまるで花梨から逃げるように、全力疾走しながら学校へ向かった。






 昼休み、期待と不安が入り混じった状態で待っていると、花梨が誰の目にも明らかなほど顔を強張らせながらやって来た。

 彼女のそんな姿に、俺も緊張が移り、今朝シミュレーションしたものがすべて吹っ飛んでしまった。


「……なんか曇ってきたな」


「……うん」


「……これから雨が降るかもな」


「……そうね」


──いやいや。天気の話してどうするんだよ。しっかりしろ、俺。


「もうすぐ夏休みだな」


「うん」


「どこか旅行する予定とかあるのか?」


「ううん。特にないかな」


──おっ、これはチャンスかも。ここでどこかへ誘えば……いや、まだ付き合ってもいないのに、それはちょっと飛躍し過ぎだ。


「俺たちもう知り合ってから十年以上経つことだし、そろそろ付き合わないか?」


──ようやく思い出した。俺はこれが言いたかったんだ。さて、花梨の反応は……。






 花梨はしばし何か考えてるようなポーズをとった後、おもむろに口を開いた。


「智樹はわたしのこと、どう思ってるの?」


──なるほど、そう来たか。どうしてもお前は、俺に告白させたいみたいだな。


「じゃあ、花梨は俺のこと、どう思ってるんだ?」


「わたしが先に訊いたんだから、智樹が先に答えてよ」


「告白するのに順番は関係ないだろ」


「あるよ! それによって、答える内容が変わっちゃうことだってあるんだから」


「どういうことだ?」


「ああ、説明するのが面倒だから、それはもうどうでもいい。それより、早く答えてよ」


「じゃあ、同時に言おうぜ。それなら平等だし、文句ないよな?」


「……まあ、それでもいいけど、まさか裏切ったりしないよね?」


「そんなことするわけないだろ。じゃあ、いくぞ」


「ちょっと待って! その告白、音数を二音に限定しない?」


「二音?」


「だから音の数よ。例えば、智樹なら三音」


「なんでそんなことするんだ?」


「その方が長ったらしく言うより、スッキリするでしょ?」


「なるほどな。でも、偶然だけど、俺が言おうと思っている言葉は二音だ」


「そう。じゃあ、別に限定しなくても良かったな」


「なんか言ったか?」


「ううん。じゃあ、いくよ。せーの」







「「好き!!」」


 俺たちの声は空中で重なり、やがて眩しい光となって二人の頭上に降り注いだ。

 昨日、涼真から聞かされてはいたけど、花梨の声を聞くまで、本当は不安でたまらなかった。


「俺、お前のことがずっと前から好きだったんだ」


 さっきまで絶対に言えないと思っていた言葉が、自分でも驚くほど自然に言えた。


「智樹、やっと言ってくれたね。わたし、ずっと待ってたんだよ」


「悪い。俺、鈍感だから、お前の気持ちに気付かなくてさ」


「まあ、そこが智樹のいいところでもあるんだけどね」


 花梨はこんな鈍感な俺を、優しく微笑みながら受け入れてくれた。


「なあ、一つ訊いてもいいか?」


「なに?」


「しつこいようだけど、俺にお前の土踏まずのにおいを嗅がせたのは、本当にこの前言った理由からなのか?」


「そんなわけないでしょ。あれは智樹とコミュニケーションをとるために編み出した、いわば苦肉の策よ」


「なんだ、やっぱり涼真が言った通りだったのか。それにしても、お前よくあんなこと平気な顔でできたな」


「平気じゃないよ! 智樹に気付かれないよう平静を装ってたけど、ほんとはずっとドキドキしてたんだから」


「とてもそんな風には見えなかったけどな。ていうか、そんなの他にいくらでも方法があっただろ。なんでよりによって土踏まずなんだよ」


「じゃあ、おへそとか脇の方が良かった?」


「俺はそういうことを言ってるんじゃねえよ!」


「あははっ! 冗談で言ってるのに、そんなに怒んないでよ」


──花梨が俺にこんな笑顔を見せてくれたのは、いつ以来だろう。


 無邪気に笑う花梨の姿に、俺はほんの一瞬だけ小学校時代に戻れた気がした。



     了 



 


















 


 

 

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幼なじみの彼女がなぜか土踏まずのにおいを嗅がせたがる 丸子稔 @kyuukomu

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