第10話  凱旋

「はい、あなた達、あちらに行きなさい。そして、そのままお休みなさい」



 魔女姫の指示に従い、四体の屍人ゾンビは剣士を担ぎ、先に死んだ百の勇者達の白骨の山に歩いていった。


 そして、剣士をそこへ置き、自分達もそれに寄り添うように寝転がって、そのまま動かなくなった。



「よし、これにて一件落着! 洞窟の装飾品デコレーション、五名分追加で! ククク……、やはり玉座を飾り立てるのは、髑髏や死体の山がいいな。響く阿鼻叫喚こそ、私を称える讃美歌だ」



 魔王は腕を組み、満足げに頷いた。



 そこへ、魔女姫が眉をピクピクさせながら魔王の肩に手を置いた。



「魔王、ちょっとお話があります」



「お小言なら聞きたくない」



「いいから、聞きなさい!」



 魔女姫は魔王の耳を引っ張り、その耳元で怒鳴りつけた。



「あれほど、長々とベラベラ喋るのは良くないから、動けなくなったらさっさと駆け足で殺して回るように言ってるでしょ!? あたしが横槍入れてなかったら、今頃どうなってたと思っているのよ!」



「魔王の嗜みを放棄することなど、魔王としての矜持が許さない」



「だったら、せめて力を取り戻してからにしなさい!」



 魔王も魔女姫も復活したのはいいものの、昔の力をほとんど取り戻せていない有様であった。腕力も魔力も、かつての十分の一にも満たない状態だ。



 そのため、ひとまずは通りすがりの人間の夫婦に憑依し、宿屋の店主と女将に身をやつして過ごしているのであった。



「せめてさぁ、装備品は整えましょうよ。ほら、今回の勇者パーティーからの鹵獲品ドロップアイテムで固めたら、だいぶ強くなれるし。あと、財産の一部を切り崩して、強化系のポーションとか買ってさ」



「却下だ! 魔王が装備していいのは、魔王しか使えぬ限定装備のみ! 他の装備品はダメだ! ましてや、投薬ドーピングなど論外! 魔王の名が廃る!」



「だったら、黒曜石の短剣もアウトでしょ!?」



「なけなしの魔力を使って、道具生成したものだからセーフってことにしといて!」



 昔からこうなのだ。わがままで、妙なこだわりがあり、他人の言うことをあまり聞かない。思い付きのままホイホイ進めて、気分次第で世界征服計画が何度方向転換したか分からないほどだ。



 かつてはよかった。なにしろ、魔王の名に相応しいだけの実力を持っていたからだ。


 人間を平伏させるくらい、磁石の力を借りずとも、【重力制御グラビティ・コントロール】でも使えばいいだけであった。


 だが、今は勇者チームとやり合えるだけの力がない。ないからこそ、こうした罠を仕掛けて、誘い込んで始末しているのだ。


 なお、この洞窟を利用することを考え付いたのは、魔王である。地頭じあたまがいいのは間違いないが、こだわりのせいで全力を出し切れていないと魔女姫はいつも嘆いていた。



「だいたい、肝心の魔王専用装備も、魔力が足りないから今は使えないのに……。洞窟の最奥部で埃かぶってるわよ」



「おいおい、埃は被ってないぞ。定期的に磨いているから。なにしろ、あれは私の誇りだからな!」



「くだらないギャグ言ってないで、さっさと装備品回収しましょう。今、昼前の暇な時間と言っても、店開けたまま、二人揃って空けるのはマズいわよ」



 いい加減、宿屋稼業も慣れてきたので、すっかり女将が板についてきた魔女姫であった。


 かつては天地を揺るがすほどの大魔力を有し、魔術戦ならば魔王以上とさえ謳われた魔女姫も、今はただの宿屋の女将であり、裏稼業で死体からの追い剥ぎをやる始末だ。


 二人とも手慣れた手付きで五人から目ぼしい装備品を引っぺがし、神官の法衣と魔術師の長衣ローブを風呂敷代わりにして包み込んだ。


 長くて入らなかった剣や杖は、手で掴んで持ち上げた。



「さて、今回の稼ぎもなかなかであったな。二、三万Gくらいにはなるかな」



「普通に店買いしたら、ゼロが一つ増えても買えるかどうかだけどね」



「だな。まったく闇商め、足元見て買い叩きおって。力を取り戻したら、真っ先に呪い殺してやる」



 不正に手に入れた品は、闇市場に流すしかない。その窓口は闇商だけ。二人には選択の余地はなく、それゆえに買い叩かれるのだ。



 かつて世界を震撼させた魔王と魔女姫とは思えぬほどのみみっちさであった。



 忘れ物がないかの確認の後、二人は出口に向かって歩き始めた。



「いやぁ~、今回の相手は強敵であったな」



 仲良く眠る今回の五人組を背にしながら、魔王が率直な感想を述べ始めた。聞くかどうか分からないが、修正を図るならここだと考え、魔女姫も口を開いた。



「そうですわね。魔王が無様に命乞いするくらいには」



「はて~?」



「はて~、じゃないわよ。まったく……。力が足りない分、頭を働かせなさい。そして何より、反省して次に活かしなさい」



「力が弱いことは承知しているからこそ、こうして墓穴はかあなという名の落とし穴を掘ることに、精を出しているのではないか。それに真に迫る演技で時間稼ぎをしておれば、麗しの魔女姫が横槍を入れてくれるのは分かっておったしな」



「あれ、演技に見えなかったんですけど?」



 やはり反省を促すのは難しそうだと、魔女姫はすでに諦めムードに入った。結局、どれだけ早くに力を取り戻せるか、それにかかっているというわけだ。



「あぁ~、早く自分の城が欲しい。かつての我が居城のような壮大な城を、さっさと築きたい」



「まだ予定の半分も貯金できてないでしょ。やっぱりさぁ、力取り戻してから、城作った方がよくない? 人足雇って作るのは、どう考えても効率悪いって。岩の切り出しや運搬なんて、全盛期のあたしならあくびしながらでもできるわよ」



「それはつまらん。えっちらほっちら必死こいて作った城が、実は魔王城でした~! ってのをやりたい。人々の茫然とする顔が目に浮かぶというものよ」



 効率度外視。遊び優先。舐めプ。かつての勇者に敗れて封印された失敗を、まったく反省しようともしない姿勢には、さしもの魔女姫もため息しか出なかった。



「だいたいさぁ、今日の失敗も長口上以外にも、予想以上に早く磁力の効果が切れたってのもあるのよ。城造りを優先しないなら、こういう勇者狩りなんて危ない橋を渡らなくていいんだし」



「いや、今日しくじりかけたのは、昨夜はちゃけすぎたからだろ。いやぁ~、勇者チームのイチャイチャぶりに刺激されて、こちらも張り切り過ぎたからな。どんなものかと、昨夜は敢えて空けておいた真下の部屋で休んでみれば、五人みんなでハッスルハッスル!」



「覗きは良くないとは言ったけど、それならばと、盗聴に切り替えるとは」



「いやぁ~、何か面白い話でも聞けるかと思ってな。真下の部屋とは煙突で繋がっている部屋だし、聞き耳を立てるのには最適だ。んで、予想通りのハーレムパーティーだったし、色艶のある声についつい対抗してしまった」



「……バカでしょ?」



「勇者め、心理戦を仕掛けてくるとは、やはり手練れであった!」



 危うくやられかけたことへの言い訳にしか聞こえなかった。相手を持ち上げ、それを倒したこっちはもっと凄い、というバカバカしい論法だ。


 なお、昨夜のことを思い出した魔女姫も、少しばかり顔を赤らめた。ねっとりたっぷり魔王の手で可愛がられ、蹂躙され、征服された。


 魔王もバカだが、自分も十分すぎるほどにバカだった事を再認識した。


 しかし、説教は止めなかった。



「迂闊なのは、あなたの頭の中でしょ。部屋割りを決めたのは、魔王、あなたですよ。艶事の“出し過ぎ”で消耗し、そんで勇者に後れ取りましたじゃ、いくら何でもマヌケすぎるわ」



「魔王が勇者の後塵を拝するなど、あってはならんことだ! よって昨夜の一件は不可避の出来事であり、あのときから勝負は始めっていたのだ!」



 実際、昨夜は勇者の部屋も、魔王の部屋もはちゃけていた。勇者パーティーが嬌声を上げれば、魔王チームもまた気勢を上げていた。


 勇者も魔王も、昨夜はお楽しみ。ただ、魔王の方が狡猾であっただけなのだ。今、生死を分けたのは、ただの事前準備の差でしかない。


 なお、魔女姫は全然納得していなかった。


 やりたいことをやりたいだけやる。傍若無人、傲岸不遜、魔王としては正しい姿勢なのだろうが、残念なことに、現在は実力が伴っていない。


 それを理解すればこそ、姑息な罠を仕掛け、追い剥ぎも容認している。それはそれで楽しい要素もあると魔王はご満悦だが、魔女姫としては実力相応の行動をしてほしいと思うのであった。


 そうこう上への隠し通路を進んでいると、ようやく地上に到着した。忌々しい太陽が燦々と輝き、陰でこそこそ生きるしかない魔王と魔女姫を嘲笑っていた。



「さて、そんじゃま宿屋の店主と女将に戻るとしますかね」



「はいはい。では」



 魔女姫は隠し通路の出入り口に手をかざすと、途端に岩肌が突き出てきて見えなくなってしまった。



「これで今日のMPは尽きたわよ。はぁ~、昔は百倍は術を行使できたって言うのに、一発大きいの使ったらすぐ枯渇する。魔王が無駄に強力な魔術を使わせたからよ! それを自覚して、反省しなさい!」



「ハッハッハッ、そう言うな。だが、あれは助かったぞ。感謝している、我が麗しの魔女姫よ」



 そう言うと、魔王は魔女姫の頬に口付けをして、豪快に笑いながら宿屋の裏口目指して歩き始めた。


 出会ってこの方、ずっと変わらぬ魔王の姿勢だ。殺戮と破壊をほしいままにしたかと思えば、急に優しく愛でてくる。どうしようもないくらいの気分屋なのだ。


 だが、魔女姫はそんな魔王が大好きだ。なぜなら、永遠に生きる者にとって最大の毒物である、“退屈”と無縁でいられるからだ。


 魔王の持つ先の読めない無軌道さこそ、永遠の命を持つ魔女姫にとって、なによりも必要不可欠なのだ。


 魔王の道楽に付き合わされても、結局死ぬのはいつも人間であるし、痛くもかゆくもない。


 今回もそれだ。勇者御一行が、危ないという心優しい忠告を無視して“勇者の墓穴はかあな”に入り、自ら墓穴ぼけつを掘っただけ。


 死体漁りは飽いてきたが、魔王との生活に飽きは来ない。明日はどんなバカなことをしてくれるのか、それだけが楽しみなのだ。


 魔女姫は前を行く魔王を早足で追いかけた。その背には勇者達から奪った鹵獲品ドロップアイテムがぎっしり詰まっている、風呂敷と化した法衣があった。


 ジャラジャラと擦れる音と重みは、戦の成果の確かな証。かつての城を再建するにはまだまだ足りないが、それでも着実に近づいている。


 魔王が見ていたように、魔女姫にもまた未来の光景が見えている。


 仕留めた勇者達の髑髏を用いて飾り立てた玉座の間。


 死の香り漂うその奥に、座する魔王と侍る魔女姫。


 見えているというより、思い出しているのだ。かつての光景を。


 そんな日がいつ戻って来るのか、それは分からない。


 ただただ、魔王と魔女姫は墓穴を掘り続けるだけだ。墓穴に飛び込む勇者が枯渇するか、魔王が飽きるその日まで。



              ~ 終 ~

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