第7話 ケジメ案件
“勇者の墓穴”の秘密を知った剣士は絶望した。
未来の伝説的英雄を目指し、研鑽に励んできた仲間が、“金銭”のためになす術もなく殺されたからだ。
怒りが全身くまなく駆け巡り、なおも必死で起き上がろうとするが、洞窟が発する不可思議な磁力の前に強制的に突っ伏させられ、動けないままであった。
「……店主よ、なぜそんなに金を欲するのだ!? 百の勇者を屠ったというなら、十分残りの人生を豪奢に暮らせるだけの額は手にしたはずだ! なんだって、まだまだ稼ごうと言うのか!?」
「決まっています。予定の金額に達していないからです。手にした物品は闇商に買い叩かれてしまい、思ったほどの金額が貯まっていないというのもあります。ですが、私が最終的に欲するのは、何と言っても“城”なのですから、ちょっと値が張るんですよね」
「城……、だと?」
「はい。一国一城の主、憧れませんか?」
意外な答えに剣士は目を丸くして驚いた。確かに城を一つ建てるとなると、土地代だけでもかなりの金額になるはずだ。規模によっては、一流の冒険者の一生分の稼ぎでさえ、届かないほどの費用が必要だ。
なお、自分も似たようなことを考えていたため、それを達するのにどれほど苦労するか、なんとなしに理解できていた。
「やはりこう……、ドーンと壮大な城に居を構えなくてはな! 私としては、切り立った崖の上に立つ、
店主はまだ見ぬ城の姿を思い浮かべ、恍惚たる表情を浮かべた。
早く完成した城に住みたい、その感情が抑えきれぬほどのよだれとなって、口から滴り落ちた。
だらしない顔になっていることに気付き、慌てて口を拭った。
「おっと、これは失礼。では剣士殿、名残惜しいが、私の願望を叶える為の糧となってくれ!」
最後の一人にとどめを刺すべく、店主は握っていた黒曜石の短剣をしっかりと握り、今まさに振り下ろさんと構えた。
「……店主よ、最後に一ついいか?」
「遺言かね? 聞くだけ聞いておくよ」
黒い短剣を挑発的に振り、最後の一言とやらを店主は待った。
だが、次の瞬間、表情が凍り付いた。剣士が“立ち上がった”からだ。
「な……!」
「獲物を前にしての長口上は、“三流”のやることだって誰かに教わらなかったか?」
まだ負荷がかかっているようで、起き上がってもまだ自由に動けるというわけではなった。だが、すぐに負荷を消し去るため、鎧甲冑を脱ぎ捨てた。
磁力によってさらに重たくなっていた鎧がガシャンガシャンと地面に落ち、汗や血、土に汚された下着姿となった。これで磁力の鎖より解放されたのだ。
「な、な、な……!」
「殺せるときにきっちり決めておかないと、後で足元を掬われることになるぞ!」
「ひ、ひぇぇぇ!」
店主は尻もちをつき、持っていた黒い短剣も床に落ちた。
「何の計算もなしに、長話をしていたと思ったか? 魔力が途絶え、磁力が弱まるのを待っていたんだよ、このマヌケが!」
怒りに震えながらも、心中は冷静そのもの。仲間の流れ出た血が冷や水となり、却って思考する落ち着きを取り戻させたのだ。
「洞窟の特性のみで殺してきたお前と、数多の戦いで培った経験、その差が出たな、店主!」
「うひぃぃぃ!」
「さて、今までの落とし前、どうつけてやろうか!」
腕をバキバキ鳴らせ、ゆっくりと歩み寄る剣士。磁力の鎖から解き放たれたとはいえ、削られた体力までは元には戻らない。なにより、仲間がもう戻らないのだ。
【
今から急いで洞窟を抜け出し、他の使い手を探していては間に合わない。遺体が腐ってしまうからだ。
最悪、氷漬けにして遺体を保存するというやり方もあるが、その氷の術式を使える魔術師もすでに死んでいる。つまり、剣士は八方塞がり。術の使えない自分ではもうどうしようもないのだ。
孤独。勇者チームは、ただ一人の勇者となった。
死線を潜り抜けた戦友を失った。
楽しく談笑に興じる旅仲間を失った。
故郷を同じくし、同じ夢を見た古馴染みを失った。
そして何より、愛する者達を失った。
怒りよりも孤独。今、一人となった勇者には、もはや磁力とは違う、別の力が鎖としてまとわりつき、絶望の淵へと追い落とそうとしていた。
金のため、たったその程度のくだらない理由のために、夢も未来も失った。
「ケジメは、付けておかんとな」
今、目の前の店主を殺したとて、どうなるというものではない。腐れ外道の店主を殺しても、仲間達は戻ってこないのだ。
だが、それでもケジメは付けられる。気持ちを切り替える切っ掛けにはなるかもしれない。
ここで折れてしまっては、死んだ仲間にも顔向けすることはできないのだ。
~ 第八話に続く ~
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