勇者の墓穴

夢神 蒼茫

第1話  宿屋『深淵の墓守亭』

 とある森の中、“勇者の墓穴”と呼ばれる洞窟がある。


 なんの変哲もないただの洞窟に見えるその穴は、今日まで無数の勇者、英雄と呼ばれる存在を飲み込んでは命を奪ってきた。それゆえに、そのような名前で呼ばれるようになっていた。


 だが、本当のところ、奪ったのかどうかさえ分かっていない。なにしろ、誰一人として戻ってきた者がいないからだ。


 人々はその洞窟を恐れ、近付こうともしなかったが、それでも例外と言うものが何事にも存在する。


 そう、その洞窟に飲み込まれていった、勇者や英雄と呼ばれる人種だ。


 今日もまた、そんな勇者一行を名乗る一団が“勇者の墓穴”にやって来た。



「あの洞窟に挑むだって!? 止めときなって、あんたら。あそこの奥部おうぶに潜っていって、今まで誰も戻ってこなかったんだからさ」



 洞窟入口に程近い場所にある宿屋の店主が、洞窟に挑もうとする勇者一行に押し留まるよう説得を始めた。その表情には焦りが浮かび、同時に諦めや哀れみすら浮かんでいた。


 焦りはまた未帰還者を生み出す事への後ろめたさであり、諦めは止めても聞かない事を分かっていたからだ。


 そんな分からず屋達には、哀れみの感情が最終的には強くなる。 


 宿屋『深淵の墓守亭』は問題の洞窟から程近い場所に建っており、三階の窓から入口が見えるほどの近所だ。


 そのため、洞窟に向かう際には『深淵の墓守亭』で休憩をして、それから向かうのが定番となっていた。


 そう、“定番”のやり方が確立されるほどに、ここの宿屋は利用されているとも言えた。



「いいかい、勇者さん達よ。あんたらだけじゃない。今まで勇者を名乗る連中が何組も挑んだんだ。でも、誰も帰ってこなかった。どんな強力な腕自慢を揃えたって、不可能なんですよ、あそこの攻略は!」



 店主は今まで百を超える勇者一行を名乗る冒険者チームが、あの洞窟に挑むのを目の前で見てきたのだ。そして、誰も帰ってこなかった。


 実のところ、洞窟に関しては店主が原因でもあったのだ。


 と言うのも、その洞窟に小鬼ゴブリンが住み着いてしまったのだが、店から程近い場所に巣を作られると厄介だからと、最寄りの冒険者組合ギルドに討伐依頼を出したのが、この騒動の始まりだったからだ。


 そこから、未帰還騒ぎが始まった。いくらなんでも小鬼ゴブリン相手に全滅とは考えられず、何かあるのではないかと噂が飛び交った。


 次から次へと冒険者チームが飛び込んでは、誰も帰ってこないということが何度か続いた。


 恐ろしい洞窟があると噂が噂を呼び、入っていく冒険者チームの実力もどんどん上がっていった。


 だが、誰も戻ってこなかった。



「まあ、正確に言いますとね、“奥部”に潜って帰ってきた者はいない、なんですよ。洞窟の比較的浅い部分まで潜って、無理だと思って引き返してきた人はいます。怖いもの見たさで、半ば観光地化してますからね」



 店主が店内を見回すと、“今回”の勇者一行より明らかに劣るであろうチームが何組か、一階フロアの酒場兼食堂にたむろしていた。


 あれもまた洞窟への挑戦者だ。ただし、比較的浅い部分の、である。


 挑戦者チャレンジャーと言うよりは、観光客ツーリストと呼んだ方が適切かもしれない。



「主人の言う通りですよ。あそこはね、来る者は拒まないけど、帰る者を決して許さない呪いと血煙で満たされた場所。悪いことは言わないから、本当にやめておいた方がいいわよ。ちょっと覗いて、帰るくらいがいいわ」



 女将を務める店主の奥さんも必死で止めようと説得した。彼女もまた店主同様、数多の勇者達が挑んでは帰ってこなかったのを目撃してきたからだ。


 だが、目の前の勇者一行は二人を言葉に耳を傾けようとしなかった。止める二人の言葉に首を横に振り、威勢よく声を張り上げた。



「そりゃ、あの洞窟に挑んだ奴らがショボかっただけだろ? 噂にゃ尾ひれが付くもんだ。その伝説に終止符を打って、俺らが真の勇者パーティーだって証明してやんのよ! なあ!?」



 チームのリーダーと思しき剣士が、他の連れ合いに同意を求めて見回すと、誰も彼もが頷いたり、あるいは賛意の声を上げた。


 メンバーは合計で五人。店主の見立てでは、剣士、盗賊、拳士、神官、魔術師とバランスの取れた組み合わせだ。おまけにリーダー格の剣士以外は全員女性だ。



「それにしてもさ、あんたらも、よくこんな辺鄙な場所で宿屋なんてやってるよな。まあ、こっちとしても、洞窟に入る前に休めるからいいけどさ」



 剣士が疑問に思うのも無理からぬことであった。


 なにしろ、付近には何の変哲もない森ばかりであり、街道に通じる小路がある程度で、周囲には本当に何もないのだ。


 そんな辺鄙なところで宿屋を経営しているなど、余程のバカか物好きくらいだ。


 剣士はそこが不思議で仕方がなかった。


 あるのはひたすら広がる山林と、少し離れたところにある例の洞窟だけだ。


 そんな剣士の疑問を感じてか、店主はニヤリと笑った。



「元々はですね、ここの建物は猟師小屋だったんですよ。ほぼ使われる事もなかったんで、私が買い取って、宿屋に改装したんですよ」



「こんな辺鄙なところで商売成り立つのかい?」



「まあ、本来はさ、森の中の隠れ家的な宿を目指してたんだよ。ほれ、そこのがそん時の名残さ」



 店主が壁に掛けてある木の板を指さした。そこには『森の隠者亭』と書き記されており、どうやら何かの看板であるかのようであった。



「そいつがさ、この宿の本来の名前なんだよ。ところが例の洞窟の騒ぎがあって、隠者どころか勇者様(自称)がわんさか来るようになって、ある意味大盛況。名前もそれっぽいのに変えたんだよ」



「なるほど。にしても、『深淵の墓守亭』なんてな、どうにも薄気味悪い名前だな」



「でも、あんたはそんなの気にしない口だろ?」



「あたぼうよ! 俺らは攻略者第一号になり、洞窟の秘密を解き明かすためにやって来たんだからな!」



 剣士は威勢よく言い放ち、他四名もそうだそうだと言わんばかりに賛意を示した。


 ああ、またしてもこのパターンかと、店主は思った。



              ~ 第二話に続く ~

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