第2話  勇者の装備

 “勇者の墓穴”に勇者がまたしても飛び込もうとしている。


 宿屋『深淵の墓守亭』の店主としては見慣れた光景であり、止めても無駄だと分かっているだけになんとも言い表し難い気分であった。



「なあ、本当に考え直す気はないのかい? 他の客みたく、ちょっと覗くくらいにした方がいいって」



「やなこった。仮にも俺は“勇者”だぜ? 勇ましき者、なんだぜ? いずれは魔王だってやっつけてやる英雄様だぜ? 引き下がる理由なんて、何一つない。……て言うかさ、マジでここにいる連中、観光客なのか」



 自称・勇者の剣士は宿屋の一階フロアをぐるりと眺めながら店主に尋ねた。


 自分たち以外にも何組も来客があり、森の中と言う辺鄙な場所の宿屋にしては客入りが良かった。



「そりゃ、怖いもの見たさでやって来る冒険者もいるからさ。先程も言いましたが、始まりは猟師小屋を改装して、隠れ家的な宿屋を目指していたんだが、例の洞窟のせいで妙な脇道に逸れちまったがね。今じゃちょっと覗いて、引き返す冒険者チームもいたりするし、意外と客は来るんだよ。なんやかんや増改築を繰り返して、そこそこの大きさの建物になってしまったよ。ま、料金は足元見て割高だけど」



「ちゃっかりしてんな。さすがにこんな場所で商売やろうなんて物好きだ」



「そりゃあな。商売人が“催し物イベント”で稼ぐなんざ、ある意味当然では? 冒険者風に言えば“依頼クエスト”か?」



「当然と言えば当然だな」



 なるほどと、剣士は納得した。


 そして、改めてそうした別のチームを観察して分かった事があった。数多の勇者チームを屠って来た悪名高きダンジョン“勇者の墓穴”に挑むにしては、あまりにもレベルが低いと感じたのだ。


 剣士は数多の依頼をこなし、高難度のダンジョンや魔境をも踏破してきた、本物の実力者チームである。


 経験豊富な冒険者であり、装備品の質を見れば、相手がどの程度のレベルかを推察するのは難しくないのだ。


 そして、その装備品の目利きで察するに、ここにいるのは中の下くらいの連中だと判断した。


 悪名高き“勇者の墓穴”に挑むには、明らかにレベルが低いと言わざるを得ないのだ。



「本当に、物見遊山の連中がいるんだな」



「浅い所からの帰還者はいるからね。ちょっと覗いて、ささっと帰ってくる。まあ、一種の肝試し的なやつですよ」



「ヘッ! 臆病者どもめ。軽い気持ちで挑むんじゃねえよ」



 剣士が鋭い視線を他の冒険者チームに向けると、皆が慌てて視線を逸らした。明らかに格上の存在であり、睨まれて、真っ向から睨み返せる者など、ここにはいなかったのだ。



「まあ、それだけの大言を吐けるのは、間違いなさそうだ。お前さんの腰に帯びている剣、そりゃ、あれだろ、【魔剣ミステルテイン】。何かの本で見たことがあるよ」



「お、分かるかい、店主」



 剣士は嬉しそうに、剣を鞘から抜き、店主に見せつけた。素人目にも分かるくらいの魔力を帯びており、それが肌にゾワッと触れてきた。



「ちょいと前なんだが、闇市場に流れていたのを見つけてな。結構な高額だったが、どうにか金を工面して手に入れたんだ」



「ほう、それは幸運でしたね。で、噂に名高き、魔剣の切れ味はいかがでしたか?」



「そりゃ凄かったぜ! 鉄より硬い竜の鱗を、紙にハサミを入れるみたいに、スパッ、スパッてな! 金額に見合う威力だったぞ」



 物に当たらないように注意しながら素振りをして、自慢の魔剣をこれでもかと見せつけた。



「おいおい、物騒なモンは洞窟にいる怪物に使ってくださいな」



「おっと、すまん。ついつい自慢したくなったんだよ。天下に二つとない剣だからな」



「真に強力な武具は、強者を求めるとも言うからな。あんたの手に納まったのは、ある意味で必然てやつなのかね」



「いいぞいいぞ、もっと褒めろ~!」



 剣士は上機嫌になりながら魔剣を鞘に納め、それから再び視線を周囲に向けた。魔剣を持つ者への羨望の眼差しが集まっており、更に気分良く頷いた。



 英雄、豪傑にはそれに相応しい武具が自然とやって来ると言うが、目の前の剣士がまさにそれだ。英雄譚には武器の話も付き物であり、名高い武器は英雄と揃って話に出てくるものだ。



「まあ、道具が人を選ぶって言われるように、強い者の所には、いい物が揃うからな。お前さんの着ている鎧、最も硬い金属と言われるアダマンタイト製だな。拳士さんの装備してる手甲は四属性を自在に切り替えれる【精霊王の腕】、盗賊さんの腰ベルトは身体能力を向上させる【力帯】、魔術師さんの首飾りは最高級の魔力増幅器【賢者の石】、神官さんの持っている杖は打ち鳴らすだけで邪を退けると言う【光神の錫杖】だな」



「おいおい、店主、目利きすげえな!」



「そりゃあ、“勇者の墓穴”のすぐ側にいるんだ。勇者御一行は見慣れているし、その装備品は一級品揃い。見る目も肥える一方ですよ」



 店主が宿屋を開業してから、多くの勇者を名乗る者達を見送ってきた。その数は百を超えており、勇者を名乗るに相応しい装備品の数々を目にする機会があった。自然と目利きが身に付くと言うものだ。



「残念だがな、店主。それも今日限りよ。あんたが勇者のパーティーを拝むのはな。俺らがあの洞窟を攻略して、忌々しい伝説の幕を下ろしてるんだからな!」



「そりゃ困るな。攻略者が出てしまっては、観光資源としての効果が激減してしまう。誰も踏破したことがない、という価値が消えてしまうからな。まだ店じまいとかしたくないんで、途中で戻ってきてくれることを祈っているよ」



「その期待にゃあ応えらんねえな!」



 剣士は自信満々に応え、仲間達もまたその通りだと頷いていた。


 実際、装備品も、そこから醸される実力者の雰囲気も、紛れもなく一級品のそれである。


 何組もの勇者パーティーを拝んできた店主には、それがよく分かっていた。


 もちろん、そんな連中が出掛けて行っては戻って来なかった事も、重々承知してはいたが。



「まあ、そんな事より、今日はここに泊っていくんだろ? そろそろ夕刻も近いし、“最後の晩餐”くらい豪勢にしておいてやるよ」



「ろくでもねえ店だな、おい! お前さんこそ、俺達が“最後の客”になるんだし、後腐れなくしてやんよ」



「ろくでもない客だな、おい! まあ、洞窟が攻略されてしまえば、この宿の付加価値がなくなってしまうからな。そうならない事を願うよ」



 嫌味な冗談の応酬で笑い合っていると、女将が剣士に鍵を差し出してきた。



「部屋は三階の大部屋をご用意いたしました。両隣と真下の部屋は空いていますので、“多少”騒いでも問題ありません。今宵は存分にお楽しみください」



「女将さぁん!?」



 まさかの女将からの“煽り”を食らい、パーティー全員が顔を真っ赤にした。


 なお、まんざらでもないという表情ばかりであり、“その気”であったのは間違いなさそうであった。



「お、おう。そんじゃ遠慮なく」



「お風呂は一階の離れにありますが、狭いので、全員一緒にとは参りませんのであしからず~」



 女将は鍵を手渡すと、奥に引っ込んでいった。


 そして、また店主が出てきた。



「酒もいいのを用意しているし、妻の料理は素晴らしいの一言だと自慢しておきます。楽しみにしていてください」



「分かった。にしても、料金ぼったくりじゃね? 王都の一流ホテルのスイートと、似たり寄ったりな値段だぜ、ここ」



「そりゃ泊まる客がいるから、こういう値段設定にしてるんですよ。最難関ダンジョンの目の前に宿屋を構えているんですから」



「需要と供給の問題だわな」



「と言うのは冗談で、本当は勇者価格を設定しているんですよ」



「おいぃ!?」



 まさか、本当にぼったくられているとは思ってもいなかったので、剣士は目を丸くして驚いた。



「だって、あそこの洞窟に挑むような高レベルパーティーなら、この程度の価格くらいならポンと出せるじゃないですか」



「まあ、そうなんだが、露骨すぎやしませんかねぇ!?」



「え? だって、あの洞窟を、“勇者の墓穴”を攻略するんでしょう? 冒険者組合ギルドに攻略の報告をすれば、一躍有名人! 名声も天井知らずで上がっていき、誰もが勇者と認めるでしょう。そんな勇者様が、“はした金”を惜しんで、値切り交渉でもしますか?」



「口は達者だな、店主。まあ、いいや。払おう」



 煽られつつも自尊心がくすぐられたため、“勇者設定”とされる代金を払う事にした。


 パーティーの金庫番である魔術師は懐から財布を取り出し、ジャラジャラと金貨銀貨を並べて、店主にそれを差し出した。



 一応、出された金貨銀貨の真贋を確かめつつ、それが確認されると、店主はそそくさと片付けた。



「はい、確かに。風呂はもう用意できておりますので、いつでもどうぞ」



「おう。んじゃ、ゆっくりしているから、メシが出来たら呼んでくれや」



 剣士は気安く店主の肩をポンポン叩き、他のメンバーを連れて上の階へと向かった。


 ようやく勇者パーティーが去ったのを合図に、残った数組の冒険者チームも顔を見合わせ、彼らが戻ってこれるかどうかの談義や賭けを始めた。


 そんな喧騒をしり目に、女将が奥から戻ってきて、店主と一緒にカウンターの内側に引っ込み、勇者パーティーが登っていった階段を見つめた。



「さて、今回も“全滅”確定だな」



「ですね」



 店主と女将は声が他に聞こえぬよう、互いに顔を近付けてひそひそと話し始めた。



「あの洞窟の恐ろしさを何も分かっていない。どれほどの実力を備えていようとも、それに見合うだけの装備品を整えても、それが無意味だと気付かない」



「まあ、気付きようがありませんもの。浅い所で引き返すチームはその真の恐ろしさに気付けず、気付けるほどの深みに潜ったチームは決して戻ってこれない。それがあの洞窟の恐ろしさ。あそこに仕掛けられた罠だと知らずに」



 女将は哀れに思いつつも、止めるつもりもなかった。



「さて、あの“自称”勇者御一行は前者と後者、どちらだと思う?」



「後者でしょうね。実力、装備、申し分ありません。間違いなく潜ってしまいます」



「哀れ! また一つ、墓標が増えてしまうのか!」



 店主は胸元で十字を切り、死にゆく勇者パーティーの冥福を祈った。



「さて、そうとなれば本当に“最後の晩餐”くらい、良い物を食わしてやらんとな」



「作るのは私ですけどね」



「んじゃ、こっちは覗きの準備でもするか」



「こら!」



 女将は店主の後頭部を引っぱたき、睨み付けた。



「え~、ダメなの? あれ、お前の見立て通り、絶対“ハーレムパーティー”だって。夜戦に突入しちゃうって!」



「そうでしょうけど、見たいんですか!?」



「すごく興味がある」



「でも、ダメよ。こういう場合、宿屋の側は何食わぬ顔で、『昨夜はお楽しみでしたね』と言いつつ、部屋の鍵を受け取って送り出すのがお約束なんだから」



「誰だよ、んな下らんお約束事を作ったのは!」



「知りませんよ!」



 などとどうでもいい口喧嘩を挟みつつ、宿屋の夫婦は仕込みと他の客の応対に追われるのであった。



              ~ 第三話に続く ~

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