第4話  重圧

「店主! どうやって先回りした!?」


 剣士の声が空洞に響き、同時に五人同時で威圧した。


 ドラゴンすら倒せるほどの腕利き揃いのパーティーであるし、その威圧感は本物だ。


 ただの宿屋の店主であれば腰を抜かすであろうが、目の前の男は一切動じていないようにも思えた。



「ああ、それはですね、そこの横穴から入ってきたのですよ」



 店主は右手の方に顔を向けた。剣士もつられてそちらに視線を向けると、店主の言う通り、五人組が入ってきた道とは別の通路が見えた。


 先程感じた“風”も、出どころはここのようであった。



「実はですね、あそこは店裏の程近い場所にある、崖下に繋がっているのですよ。まあ、実際は隠し通路の存在を知ったからこそ、使いやすいようにあの場所に宿屋を構えたのですが」



「なるほど。それが先回りできた理由か」



 納得はしたが、状況の説明にはなっていなかった。


 ここは“勇者の墓穴”。数多の勇者パーティーが全滅したと伝わる地だ。そこの秘密を知り、勇者が脅しをかけても平然としていられる者が、ただの宿屋の店主ではないことは明白であった。


 剣士は剣こそ抜いていなかったが、気持ちの上ではすでに戦闘態勢だ。他の四人もそれぞれの得物をいつでも繰り出せる準備をしており、状況次第では“る”つもりでいた。


 姿形を擬態して、油断させたところで不意討ちを仕掛けてくる。そんな相手など、いくらでも相手にしてきたのだ。


 ゆえに、五人には油断もなく、警戒度は最大級であった。



「おやおや、さすがは勇者様の御一行ですな。そんじょそこいらの冒険者チームとはわけが違いますね。そんな強烈な気配や魔力を当てられては、お小水が漏れ出てしまいそうです」



 わざとらしく身震いする店主。挑発だと分かってはいるが、動きにくい。


 状況としては五対一。余裕で数的優位を確保できる数の差だ。


 しかも、相手はただの宿屋の店主。何かこの状況を動かせる物を持っている、そう考えるのが自然であった。


 ゆえに、五人全員が警戒し、慎重な行動を強いられていた。


 そして、周囲を見回していた盗賊が気付いた。店主の背中側に積まれた何かを。


 よく見ると、それは無数の人骨であった。


 盗賊から警告が飛び、他のメンバーもそれに気付いた。



「なんだ、あの骨の山は!?」



「何を仰る。ここは“勇者の墓穴”ですよ? 当然、“かつて”の勇者達の成れの果てでございます。ご安心ください。もう間もなく、あなた方も、あそこの仲間入りをしますから」



 大胆不敵な死刑宣告を発し、店主は高らかに笑った。


 その笑い声は空洞を反響し、実に不快な音を五人の耳に届けた。



「まあ、五人仲良く昨夜はお楽しみでしたようですし、もう十分人生を堪能なさったでしょう? 睦み合いは、あの世とやらで続けてください。私が手ずから葬送して差し上げますので、どうぞ気を楽になさってください」

 


 そうまで言われては、もはや是非もなかった。剣士もとうとう自慢の魔剣を鞘から抜き放ち、しっかりと両手で構えた。


 それが合図となり、他のメンバーも得物をしっかりと握りしめた。


 一触即発の状態となると、店主は右手を差し出し、手のひらを勇者チームに向けた。仕掛けてくる気かと身構えたが、店主はニヤリと笑うだけで何も起こらなかった。



「まだですよ、あと五秒」



 店主の開いた右手は秒数を意味していたのだ。



「四……、三……」



 数えるごとに指が折られる。



 魔術師と神官が警戒から、防御魔法を全員にかけ、何が飛んで来ようと防げるように備えた。



「二……、一……」



 五人全員が身構え、飛んでくるであろう何かに備えた。



「ゼロ!」



 カウントがゼロになった瞬間であった。



 五人全員が強烈な力で地に向かって引っ張られ、何かに引きずり込まれるかのように地面に伏した。



 必死で立ち上がろうとしたり、踏ん張ろうとしたが、それ以上の力で引っ張られ、誰も彼もが倒れてしまった。ただ一人、店主を除いて。



           ~ 第五話に続く ~

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