第9話  仲間割れ

 店主の手により殺されたはずの四人の仲間が立っていた。


 だが、それは生きている者の姿ではない。目も、肌も、色や輝きを失っており、それが屍人ゾンビである事を示していた。


 そして、店主が先回りに使った通路から、かなり強烈な魔力を帯びた女性が姿を現した。


 松明の明かりに照らされるその姿は間違いなく、宿屋の女将であった。



「【屍人化クリエイト・ゾンビ】か!?」



「違う。【完全なる屍人化グレーター・クリエイト・ゾンビ】だ」



 店主の言葉が剣士の耳に入り込むと、ゾクリと寒気が全身を襲った。


 

「そんな高度な術式を、お前が、じゃない、お前の連れ合いが!?」



 剣士としては驚愕せざるを得なかった。


 死霊系術式ネクロマンシーは使える者が限られるほど、高度な術式だ。しかも、使用したのはその系統のかなり上位に位置する【完全なる屍人化グレーター・クリエイト・ゾンビ】である。【屍人化クリエイト・ゾンビ】と違って、作り出した屍人ゾンビが被験体のレベルに依存する術だ。


 つまり、高レベルの者を屍人ゾンビ化すれば、そのレベルをあまり損なわない強い屍人ゾンビが出来上がるというわけだ。



「おいおい、勇者を名乗るなら、よもや忘れてはおるまいな? 伝説に語られる“魔王”のすぐ横には、絶大な魔力を持つ“魔女姫”がいたことを!」



「な……、お前らが!?」



 剣士は自分がとんでもない誤解をしていたことに気付かされた。


 噂として囁かれていた魔王が復活するというの話。それは大間違いであった。


 なぜなら、魔王はそのうち復活するのではなく、“すでに復活していた”ということだからだ。



「くそったれが! 魔王がどうこうとか、MPがゼロとか、さっきの話は丸々嘘っぱちか!?」



「当然だよ。“勇者”が“魔王”の言葉を真に受ける方がどうかしていると思うぞ」



 実際、その指摘通りであった。この危機的状況下において、相手の言葉をそのまま受け取るなど、迂闊にも程があった。



「さぁ~て、勇者よ、君は『獲物を前に長口上は三流のやること』と言っていたが、それに対しては、こう返しておこう」



 今やその正体を隠そうともしない店主はニヤリと笑い、そして、少しためてから口を開いた。



「分かった上で、あえて長口上を垂れるのが、超一流まおうの嗜みというものだよ、勇者!」



 それが合図だった。


 屍人ゾンビとして立ち上がった四人が一斉に動き出したのだ。拳士が飛び出し、盗賊が牽制用の短剣による投擲を行い、神官と魔術師が突っ込む拳士に補助魔法をかけた。


 その動きは剣士にとっては見慣れたものであった。だが、それが自分に向けられるのは初めてであり、恐怖と絶望がかつての仲間の姿をしながら襲い掛かってきた。



「昨夜は随分とお楽しみのようだったし、こちらも負けじとついつい張り合ってしまったよ! グハハハ、存分に今宵も楽しみたまえ! いや、今宵と言わず、永久とこしえにな!」



 投擲された短剣がまず剣士に襲い掛かるが、これは難なくかわせた。


 だが、これはあくまで牽制。本命は拳士の攻撃だ。どうかわすのか先読みされ、そこから拳打と蹴撃の連続攻撃だ。


 普段ならいなせる自信はある。だが、今は“素手”なのだ。剣も、鎧も、盾もない。下着一枚で、仲間四人分の攻撃を退けねばならないのだ。


 装備なし。相手には補助術式付き。しかも、体力が削られている状態であるし、仲間に襲われているという精神的な動揺もある。


 はっきり言えば、剣士に勝ち目などなかった。


 完全に墓穴ぼけつを掘ってしまった。負荷が弱くなっていたのなら、装備を外す必要もなかったのだが、さっさと解放されたくて脱いでしまった。


 屍人ゾンビ化の影響か、あるいは磁力の負荷が少し効いているのか、いつもより鈍い気がしないでもないが、そんなものは気休めにもならなかった。



「くそ、みんな、目を覚ませ!」



「死んでる奴に、目を覚ませもないだろうに」



 剣士の必死の呼びかけに応じるのは、魔王の無慈悲な受け答えのみだ。


 そして、拳士の拳がついに剣士の顔面に命中した。拳士の右拳が剣士の左頬を撃ち抜き、さらに装備していた【精霊王の腕】の効果により、炎による追撃が入る。



「がはぁ!」



 打撃と火傷で顔の半分がめちゃくちゃになったが、それでも二本の足で立った。しかし、すでに限界が来ていたため、足元はふらつき、残った目も焦点が合わない。



「取り押さえなさい」



 いつの間にか“魔王”の横に立っていた宿屋の女将こと“魔女姫”が命を発すると、四体の屍人はそれに従い、剣士に飛び掛かった。



 一番腕力のある拳士が羽交い絞めにし、神官と魔術師が足にしがみ付き、盗賊が胴体に飛びついた。



「いやぁ~、勇者くぅ~ん、可愛い娘達に囲まれて、羨ましい限りだよ」



「ち、畜生! 畜生!」



「あんまり暴れんでくれ。手元が狂う」



 魔王は再び手にした黒い短剣を握り、ゆっくりともがく者に歩み寄った。



「ああ、この瞬間が一番楽しいな。絶望に打ち沈み、必死にもがくもなす術なく、泣き叫びながら喚く者に死を与えるこの瞬間が。さあ、感謝して死ぬがいい。魔王が手ずから死を賜れることを」



「おのれ、魔王め!」



「その通り。私が魔王だ」



 シュッっと一払い。黒い短剣が横に払われた。狙い違わず剣士の首筋を切り裂き、そこから滝のように真っ赤な血が零れ落ちた。


 かくして、勇者を名乗る剣士もまた、骨となって積み上がる先達と同じく墓穴に躯を晒すこととなった。



           ~ 最終話に続く ~

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