③エルフに湯桶を売る話2 〜限りなく無能に近い万能※〜
「……ぐすっ。ごめん。ごめんなさいっ。わ、私のせいで、こんなに傷ついてしまって」
ケオがすすり泣く声が聞こえた。
『それは
スキル名を唱えて、両手をかざすと、掌から光が出た。老人に殴られてボロボロになった部分が、すぐ元通りに
「ああ、無事で良かった。本当に」
ケオの頬から涙が落ちる。そして、ギュッと包み込むように抱きしめた。
……湯桶を。
「って!! 何一つ良くねぇよ!!」
寝ていた棺桶から飛び起きる。周囲は再び白い砂だらけ。元の世界に戻って来たのだろうか。
頬には雑にガーゼが貼られていた。殴られたせいで、頭はまだクラクラしている。
「……はわっ、ヨシオ!! お、起きたんですかっ!?」
「"起きたんですか"じゃない! 何だあのスキルは!!?」
「な、何って……!? ちゃんと説明はしましたよっ! 使い方が悪いんですぅ!」
「んなっ! どんな使い方したら、『お』と『け』しか喋れなくなるんだっ!」
「普通の使い方ですぅー! きちんとスキルは発動してますゥー!」
「どこが普通のっ………」
そこまで言いかけて、ふと気づく。
あらゆるものを生成出来るはずなのに、出てくるのは桶ばかり。
あらゆる言葉を翻訳するはずなのに、『お』と『け』しか喋れない。
あらゆる傷を直せるはずなのに、俺の治療はしてくれない。……っていうか漢字がそもそも「治す」じゃない。
そして、不自然なほど律儀にスキルへ付いている「※」マーク……。
まさか
「お前のスキル、桶にしか効果がないとか、そういうんじゃ無いだろうなっ?」
「ぴッ!?」
ケオが酷く動揺した顔を見せた後、両手で口を押さえて目を反らしたのが解った。や、やっぱりコイツ……っ!俺を騙してっ!!
ピリリリリッ♪
問い詰めようとした瞬間、再び
「うえぇぇっ! コノタイミングゥっ!」
涙を浮かべながらケオがスマートフォンを見ている。人差し指を画面の前でゆらゆらと揺らして、電話に出るか迷っているようだ。
「で、出なくて……イイヨネ……。い、い今ちょっと調子が悪いし。チョウシガ……アハハハ」
そう言って、電話を切ろうとしたケオの手を掴んで「応答」ボタンを押させた。
「ヨッヨ、ヨシオォッ!!」
「出るまで、何度でも来るだろ?」
「ダカラッテ
怨嗟混じりの断末魔をかき消すように、電話からけたたましい叫び声が聞こえてきた。
「ケオオオオッ! 手前ぇ! なんで電話に出ねぇんだッ!」
「ヒッ、ヒィィィッ! カ、課長ッ! イ、イェ、ちょちょ、チョ〜ット
今までの堂々とした姿はどこへやら、オドオドとしながら頭を下げている。額から汗を滝のように流し、顔は青ざめている。
「……チッ、で、売れたのか桶はッ!?」
「アッアッ……アノ。だ、だいーぶ、良いところまで言ったのですが、アトチョットデ……」
「売れたのかって、聞いてんの!」
「ヒィイッ! う、売れてませんゴメンナサイゴメンナサイッ!」
「だったらさっさと売って来るんだよ! 誤発注分、100万個ッ! ちゃんと売れるまで、天界に帰って来んじゃねぇぞッ!!!」
「ハ、ハイ〜ッ!!」
ブツッ……!
ツー、ツー……。
薄暗い空の下、呆然と立ち尽くす。プルプルと震え、瞳は虚ろ。
女神の涙は、白い砂へと吸い込まれていくばかりだった。
「ドウシテ………ワタシバカリ………………ドウシテ………」
……俺はというと、強引に出させたことを後悔していた。自業自得とはいえ、ここまで強烈な電話とは思わなかった。
「あ、え、えーっと……。ケオさん……?」
殴られることも想定して、恐る恐る近づいて、声をかけた。
「よ、ヨシオ………ぉ。私のこと笑いに来たのぉっ……?」
「……いや、その、電話……。悪かった」
「何よぉ……。今更謝っても遅いわよぉ……」
顔を真っ赤にしながら、子供のように泣いてくずるケオ。最初に出会ったときとは、まるで別人であった。
「えっと……。は、話、聞こえたよ。桶を売らないと、帰れないんだろ」
「そうよぉ……。桶なんて売れっこないもんっ……」
「言葉が通じて、桶が売れる世界が出るまで、サイコロを振れば良いんじゃないか?」
「私一人じゃ無理ぃ……」
そう言って、ケオは再びステータス表示用の
くるりと回ると、出てきたのはあのスキル欄の最後のページ。
【ステータス詳細】
1833.人見知り克服の初歩※
――緊張することは誰しも当然です。過去の失敗を気にしないように。
※ただし、桶に限る。
そして、予想通りの
「わ、私ぃっ! ずっと人と話すのが駄目駄目で、ようやく手に入れたコミュニケーションスキルも、桶に関わりがある人限定だし……。他の人に桶を売るなんて無理ぃ〜!」
「………」
ケオの話を一通り聞いて、ため息をついた。
あれだけのスキルがあれば桶限定でもやれることはあるだろうに、それでも俺に頼ろうとしているんだから、本当に無理なんだろう。
……で、そうなると、後は俺がケオに力を貸すかどうかだ。
胡散臭さこそ無くなったが、わんわん泣いているこの女神に協力するのは、大層骨が折れるだろう。
ただ、繰り返しになるが、現状、彼女の力を借りるしか、元の世界に戻る方法は無いのだ。
……それに、
………それに、だ。
理由がどうあれ、桶に挟まれて死ぬところだったのを助けて貰ったのも事実だ。
こうして生きていられる以上は、多少苦労したって、安いものだろう。
「ケオ」
手を彼女へと差し出した。
「……どこまで役に立てるかわからないけどさ、俺も手伝うよ」
「よ、ヨシオっ……! あ、貴方っ……」
ケオはパッと明るい表情になって、俺の手を両手でしっかりと握り返した。
異世界転々生(いせかいてんてんせい) 〜砂漠の中で賽を振り、桶屋が儲かる? 物語〜 ほぺ(なろうにも掲載中) @hopenohoppe
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