②エルフに湯桶を売る話1 〜……この『※』は何でしょう?〜

 周囲を覆う光が落ち着き、ようやく目を開くことが出来たとき、俺とケオは、狭くて暗い路地裏に立っていた。


「ほ、本当に違う場所に居る!?」

「言ったでしょう。異世界ダイスと」


 目が覚めてから、驚くことばかりだ。


 路地裏の向こう側から、人々が行き交う姿と、活気の良い話し声が聞こえる。雰囲気的に市場だろうか。


「さぁ、ヨシオ様。桶を売りに……」


 ピリリリリッ♪


 ケオが俺の手を引いて、歩き出そうとしたとき、何かが鳴る音が聞こえた。


 え、携帯? 俺の着信音じゃ………。


 ブツッ!


 身体のどこにしまっていたのか、ケオが携帯電話を取り出して、ボタンを押していた。


 今までの余裕顔はどこに行ったのやら。唇を噛み締めて、冷や汗をたらたらと額に浮かべている。


「あの、今、電話……」

「サっ、ササイナコトデス! ササイナ……。 う、売りましょう桶を!! ね!?」


 非常に無理がある台詞で誤魔化されながらも、強引に引っ張られて、大通りへと連れて行かれた。




◇ ◇ ◇




 予想したとおり、路地裏を出ると市場であった。果物が沢山乗せられた籠に、珍しい置物が飾られた棚。肉を焼いているのか、香ばしい匂いも漂ってくる。


 そして、道行くは、長い耳をしたエルフ達。

 ファンタジー作品に出てくるように、布を加工した服を着て、大きな弓を持っていたり、宝石を加工したイヤリングを付けていた。


「お、おぉ……っ」

「ふふっ。いい反応をしてくれますね」


 さっきまでの慌てっぷりはどうしたんだ、全く。


「……というか、俺達の格好、目立ちません?」

「大丈夫です。ヨシオ様。私の”界巡かいめぐ商人あきんど※”のスキルで、彼らからはこの世界の商人の姿に見えてます」

「へぇ、それは凄い」

「それに”万詞之葉よろずことのは※”のスキルを使えば、どんな言葉でも翻訳されますよ」


 さっきから周囲で聞いたこともない言葉が飛び交っていて不安だったが、これなら安心だ。


「ふふん! 特別に私のスキルを見せてあげます! これだけあれば貴方も商売が出来るはずですっ!」

 

 ケオが両手をパンと合わせてバッと開くと、空中に丸い木の板が出て来た。上下には横向きの取っ手が1つずつ付いている。

 ……これ、大っきなふただ。寿司用の桶とかで使うやつ。


 くるりと回転し、裏側がこちらへ向くと文字が浮き出た。




【ステータス詳細】

①名前:ケオ


②クラス:万能の女神※


③スキル一覧

1.異世界召喚いせかいしょうかん

――えにしを手繰り寄せ、別世界の魂を召喚する。


2.創世そうせい右手みぎて

――あらゆるものを瞬時に生成する。


3.万詞之葉よろずことのは

――あらゆる言葉を翻訳する。


4.界巡かいめぐ商人あきんど

――あらゆる世界、場所での商売を可能とする。


5.あか林檎そのみくちびるせて※

――相手に自分の持つ知識を授ける。


6.それは奇跡きせきひかり

――どれだけのダメージを負っても、元通りになおす。


7.陥陣かんじん鉄槌てっつい

――攻撃が必中・会心となる。


8.アイギスの加護かご

――攻撃を無効化する。

 


【1ページ/229ページ】




「長っ……」


 一番下の数字を見て思わず呟く。手をかざして横にスライドさせると、ふたがくるりと回転して、ページが変わった。

 そのまま中身を流し読んでいく。


 呪い無効、価格鑑定、亜空間収納……。


「……おぉ。どのスキルも便利だ」

「そうでしょう! なんたって万能の女神※ですからっ!」


 凄い。確かに凄い。

 ただ、一つ、どうしても気になることがある。


「……この『こめ』は何でしょう?」

「ウギャッ……」


 奇声と共に、ケオが固まる。

 ……怪しい。やっぱり怪しい。

 

「そもそも、これだけ色々出来るならケオさんだけで充分じゃないですか」

「い、いやっ、ソンナコトナイデスヨ! ヨシオ様の力が必要なんですっ! 絶対っ! ぜ〜ったいにっ!」

「嘘だぁ……」

「だだっ、第一っ! 桶を売るしか元の世界に帰れないんですよっ!」

「ぐっ……」


 苦しいところを突いてくる。ケオは手に持っていた湯桶を強引に押し付けると、後ろに回って背中をグイグイ押してきた。


「さ、さぁっ!! ”万詞之葉よろずことのは※”は使いましたし、桶を売って下さいっ!!」

「あ、ちょっと、おいっ!?」


 ドンと押されて前に出ると、眼の前に老齢の男エルフが居た。


 顔はしわくちゃで、髪も後頭部に少し白髪が残っている程度。正直に言えば耳が長い以外は、ただのお爺ちゃんだ。

 エルフは歳を取らないイメージがあったが、この世界では違うのだろうか。


「…………」


 老人が怪訝そうな顔でこちらを眺めている。

 ええい、迷っていても仕方ないっ!翻訳は出来てるはずだ。後は勇気を出して「この湯桶を買って下さい」って、言うだけだ。


 前へ一歩、踏み出す。

 とびっきりの笑顔を作って、老人へと明るく話しかけた。


「お毛々けけOKオーケー?」


 は……?

 はぁっ!?

 

 自分の口から出た言葉に驚く。老人は眉間に皺を寄せ、怒ったように怒鳴ってきた。


「jdqけwdhqをfjHgurnおおwhけおw!?!」


 おかしい! は、話が! 話が違うっ!? 相変わらず何を言っているか解らないじゃないかっ!?


 ……ん、い、いや、「お」と「け」は聞こえるぞ。それは確かに解る。


 それが解って何になる馬鹿野郎っ!?


「お毛々、おお〜ケェ〜? お毛っ毛おけけけけ、けおっ! けおっ!?」


 必死に釈明するが、全て「お」と「け」に翻訳される。そして、それを聞く老人の顔がみるみる真っ赤になっていく。

 ち、違うんです。確かに貴方の頭はちょっと、というか間違いなくハゲなんですけど、だからといって、売りたいのは桶であって、喧嘩じゃ……。


「け、ケオっ! 一体どうなってんだっ!!」


 振り返るとあん畜生の姿がない。


 胸ぐらを掴まれる。

 

 ああ、お爺ちゃん。

 よく見ると素晴らしく筋肉盛々マッシブですね。


 盾代わりに構えた湯桶を貫通し、拳が頬へと食い込んだ。

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