第11話 出水の克己

「ああ、来たでゴザルか、主様たち……」

 試合開始の規定時刻よりやや遅れて、第二体育館に駆けつけた辰馬たち。それを出水が出迎える。どうせなら来てほしくなかったような、それでいて辰馬たちが来てくれて嬉しいような表情は出水の複雑な心情をうかがわせた。


「不戦敗ならんくてよかった。出水、ありがとな」

「拙者がいて不戦敗とか選んだら主様たち、あとで文句言うでゴザろう? 仕方なくでゴザルよ」

「それでも助かったわ。そんじゃ、やるぞ!」

 辰馬の号令一下、蒼月館B、D組男子合同チームはコートに展開する。2回戦目の相手は太宰の外、北方狼紋地方からの参戦である勁風館3年組。辰馬の知人としては明染焔、厷武人といった武人タイプを輩出したこの学園はスポーツ・武芸に関してめっぽう優れ、その3年となると優勝候補といっていい。


 この、優勝候補を前に。


「っ!」

 辰馬の、全身の発条を使ったレーザービームさながらのスパイク、それを勁風館チームはかろうじてレシーブし、上げ、今度は反撃に転じる。見事な連携で、今度はこちらの穴である出水を狙ってきた。辰馬の一撃には当然、及ばないものの相当に強烈なスパイクは出水が対応できるものではない、出水がレシーブ失敗することを予測した辰馬、シンタ、大輔は3人一斉にレシーブにかけつけ、大輔が滑り込んであげたボールは相手コートに。これを勁風館側はダイレクトで打ち返す。ボールはがら空きになった蒼月館コートに吸い込まれ……、


 これを清宮がレシーブ、窮地を救った。


「お前ら、一人のリカバーに3人全員で入るな、バカか!?」

 まったくもってごもっともだが、辰馬たちは運動神経はともかくバレーにかけて専門ではない。仲間がミスすると全員でカバーに入るのはむしろ冒険者としてのチームワークであり、それが招いた悪癖だった。


「っらそーにがなるんじゃねーや、清宮!」

 跳ね起きたシンタが跳躍、上がったボールをスパイク。しかしタメが少なく威力もコントロールも不十分、敵の目の前に打ち込んでしまい、ブロックされて弾かれる。狙われたのはまたしても出水!


「うひーっ!?」

 情けない悲鳴を上げる出水に、今回も辰馬たちは反射的に3人同時リカバー、そちらに集中させられるのをどうにか清宮が凌ぐが、この間ほぼ清宮1人で勁風館5人を相手しているようなものだ、もとエースとはいえ彼の本領はアタッカー、すべてのボールをさばききれるものでもなく、ましてや足を故障している状態。蒼月館側は苦戦を強いられる。たちまちに点差が開いていき、4-3だったものが4-4になり、4-5、4-6……完全に主導権を握られて試合開始から40分、点数は蒼月館7点、勁風館20点。あと1点で勁風館の勝利が決まってしまう。


「おいコラ出水! つーかデブ! 大概しろよお前はよぉ!」

 シンタが吼えて出水に怒りを向ける。出水がまったく役に立っていない……というより完全に足を引っ張っているのだから怒りも仕方ないことではあった。5対5の試合になっていない。


「………………」

「シンタ、怒鳴んな。……つーても出水、お前ホントは動けるんだからさ……」

「やかましーでゴザルよ! どうせスポーツ万能の主様に拙者の気持ちはわからんのでゴザル!」

「そーやって卑屈になんな。別にこの試合負けても構やしねーが、おまえが自分の可能性から顔をそむけるのは見てられん」

「だから、それが余計なお世話でゴザル! 拙者は球技が苦手! 嫌いなんでゴザルよ! 放っとくがいいでゴザル!」

「おい、キモオタ。逆ギレは……」

「大輔、いい。でもな、出水。おまえできることをできないって諦めて目ぇ閉じちまってたら、いつか本当に大事な時に勝負できなくなっちまうぞ?」

「知ったことでは……!」

「……タイム!」

 試合中断のタイムをかけた声は辰馬のものではない。蒼月館チーム5人のうちだれでもなく、ましてや勁風館側からのものでもなかった。体育館を揺るがすほどの怒号を上げ、ベンチからふよふよぱたぱたと飛んで出水の前に進み出たのは小妖精、シエル。


「し、シエルたん……」

「ヒデちゃん、さすがにカッコ悪い。情けないよ、いまのヒデちゃん」

 シエルに強い口調で言われ、拗ねて凝り固まっていた出水は呻きを上げる。

「ぐ……し、しかし……」

「アタシは今のヒデちゃん嫌いだなー。こんなダメな奴だったっけ、アタシが惚れた男は」

「む……むぐぅ……」

 さらに愛想をつかすようなことを言われて、出水は狼狽える。辰馬に言われては反発しかないことも、恋人であるシエルに言われると心への響き方がまったく違った。


「出水、とにかく一発いいとこ見せろ。このまま負けたら悔いしか残らんだろーが」

「……、分かったでゴザル! やぶれかぶれでやってやるでゴザルよ!」


「ちょっと話し合ったくらいで、なにが変わるかよ」

 勁風館の男子はせせら笑い、ボールを上げると跳躍、強烈なジャンプサーブを放つ。狙う先は当然、出水。


 それまでなら最初から逃げ腰になってしまう出水だが。


「ぐぬぅっ!」

 なんとか腰を落とし、全身を使って止める。さすがに上手なレシーブではなかったが、それまでのダメダメぶりに比べれば全く違う。なにより今は辰馬たちが出水を心配していない、信頼して仲間に任せ、自分たちのポジションを守る。


 出水のレシーブは直接勁風館コートに。これを勁風館はブロックで打ち返すが、それを清宮がレシーブ、辰馬がトスを上げる。


「決めろ、出水!」

「や、やってやるでゴザルーーーっ!」

 出水の太い身体が舞う。低い跳躍からのスパイクだが、体重がある分威力はそれなりにあった。ブロックをはじき、威力が中途半端だったことが奏効して敵の想定より手前側、レシーバーが届かないところにボールが落ちる。蒼月館の8点目が入った。


「よし! よしよし、よっし!」

「やるじゃねーかよ、デブオタ!」

「やっぱりやればできるじゃないかよ、デブ」

 辰馬、シンタ、大輔が快哉を叫び、清宮も「これまでさんざん足引っ張ったんだ、ここから全力で返せよ、出水!」と出水の背を叩く。ここから蒼月館の反撃開始。


 とはいえ。


 さすがに優勝候補、勁風館の壁は厚い。反撃開始が遅くなったこともあり、一歩及ばなかった。それでも23-25。猛烈な追い上げを見せてデュースを重ね、紙一重で惜敗した。


「まーな。悔しくはあるが……それより出水が吹っ切れたのがよかった」

 試合後、辰馬はそう言って笑う。出水はあそこから人変わりしたような活躍を見せ、足手まといをすっかり返上した。バレーや球技ということに限らず、今後窮地に立たされることがあっても簡単に諦めることはないだろう。大きな成長と言えた。


「ヒデちゃーん、信じてたよぉ~♡♡♡」

 シエルが出水の顔面にとりつき、小さな体でほおずりする。出水は気恥ずかし気に笑って見せた。


「それでは、俺は今日も武術会に」

「あー。おれも塚原の試合見に行くわ。シンタ、出水も来るよな?」

「もちろんっス!」

「お供するでゴザルよ!」


………………


 そして、第一体育館。煌玉天覧武術会、2日目第2試合。


 この試合も塚原繭は安定して隔絶した強さを見せた。相手は函西(カンサイ)地方の偃武館代表、鴫宮栞奈(しぎみや・かんな)。昨日の樋坂嘉穂同様、決して弱い選手ではなかったが、新羅江南流を学んで鍛え直した繭の相手ではない。大太刀を使う鴫宮は繭にとって相性も悪くなく、相手の大振りにことごとくカウンターを合わせ、危なげなく勝ちをものにした。ひとびとはカウンターの威力に驚くが、本来繭のもっとも恐るべき武器はやはり目である。大ぶりとはいえ敵の攻撃すべてを見切ってカウンターを合わせる眼力はすさまじい。視力が優れるわけではなく、集中力の賜物である。


「お疲れ。この調子ならまず決勝まで問題ないな」

「新羅センパイ、お疲れ様です! 上杉センパイに出水センパイも!」

「塚原ってせっかくおっぱいでけーのに試合では胸当てしてんのがなぁー……それ外してりゃいいのによぉ」

「いきなりセクハラでゴザルな、赤ザル」

「あはは。それで、先輩方の試合は?」

「ウチは2回戦敗退。けっこー惜しかったんだが」

「デブオタがなかなか煮え切なかったんでね!」

「しかたないでゴザろーが! むしろ苦手を克服した拙者を褒めて欲しいでゴザルよ!」

「まあ、出水は実際よくやったよ。人間なかなか殻は破れんからな」

「そーでゴザろぉ~♪」

「でも負けたのは事実だからな。今日のペクドナルドお前のおごり」

「ぬう……」

「新羅センパイでも負けちゃうこと、あるんですね……」

「そりゃ、あるよ。個人でやれることなんてたかが知れてるからな。負けは悔しいが、それより次は負けないように努力するのが大事だ……それより、上泉の試合見ていくよな」

「はい、勿論です!」


 上泉新稲の2回戦の相手は、ヒノミヤ朱雀院の鶴ヶ崎日菜子。昨年2年生でベスト4まで進出した鶴ヶ崎は今年優勝を射程圏内に置いての出場。ヒノミヤという神力豊かな土壌で育まれた彼女は木剣と自分の身体に強化の神力を帯びて上泉に相対したが……。


 神力を帯びた太刀と強化された身体能力をもってしても、上泉新稲に当たらない。上泉はほとんど動いているように見えないのに、鶴ヶ崎の剣が自分から上泉を避けるかのようにすべての攻撃が外れる。実際には上泉は最小限の動きで攻撃を回避しているのだが、素人目には必死の鶴ヶ崎に当てる気がないような滑稽さにも見えてしまう。


 早くも肩で息をする鶴ヶ崎は奥の手を使う。神力を練り上げて巨大な光の竜を創り出し、弾丸として放つ! 齋姫・神楽坂瑞穂が放つ奥義・光炎の真竜・極光流星乱舞ほどではないが、学生レベルとしてはなかなかお目にかかれない威力はさすが神府・ヒノミヤ出身。試合場に魔法戦闘を想定して張られてある結界が、わずかに震撼する。


 それを。


 上泉新稲は無造作な横薙ぎの剣光一閃。その剣威は光竜を薙ぎ裂き、さらに巨大すぎる威力が結界を消し飛ばす! 瀑布を断ち割る超々剣圧が生み出すこの威力に、先年度ベスト4、鶴ヶ崎日菜子は腰を抜かして自ら敗北を認めた。


………………


「さすがにすげーな、あの剣……」

 辰馬ですらもそう唸らざるを得ない。ほとんど牢城雫と遜色ない剣技に、威力だけなら雫を上回るだろう。学生レベルで彼女に勝てるものが、そうそう居るとは思えない。


「確かに強敵です。見切りはほぼ互角として、攻撃力が……」

 繭も固唾をのむ。相手の攻撃を見切る見力とその見力をもとにして回避を行うだけの身体能力、この二つは繭も同レベルまで上がっているが、蒼月館の魔術教諭が万端の力を込めて張った結界を強引に粉砕するほどの剣圧を前にすると、さすがに怖じ気ずく。


「まあ、塚原はカウンター狙うからな。相手の攻撃が強力なのはむしろ望むところだが」

「それはそうですが……カウンターの前に上泉さんの剣を凌ぎ切れるでしょうか……?」

「凌げるかどうか、じゃなくて凌げるって自信を持て。お前はおれやしず姉が鍛えたんだからな。源も」

「そう……ですね。自分を信じないことは新羅センパイやみなさんへの侮辱になります!」

「そーいうこった。そんじゃ、今日もペクドナルドで昼メシにすっか」


………………


本日の結果。

●蒼月館2年B・D組男子23-勁風館3年男子25〇


〇蒼月館女子1年・塚原繭-偃武館女子2年・鴫宮栞奈●


〇賢修院女子1年・上泉新稲-朱雀院女子3年・鶴ヶ崎日菜子●


ほか朝比奈大輔も対戦相手を圧倒して無難に3回戦進出、神楽坂瑞穂のソフトボール2回戦は瑞穂が2ランホームランを放って3-0で勝利、エーリカのバスケはエーリカの21点を含む65-44で快勝した。


「みんな勝ってる中でおれだけ負けてるとエーリカからなんか言われそーだが……まあ、今回はな」

 辰馬はそう言って苦笑。今日は敗北したことよりも、出水の克己が嬉しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る