第6話 撮影

「たのもー!」

日曜。スタジオに響き渡る、高くよく通る声。昨日、エーリカと約束したエーリカは朝早くからスタジオを訪れていた。


「あぁ、新羅くん。エーリカちゃん来てるよー、あと、もう一人の彼女も」

「もう一人? あぁ、たぶん瑞穂か」

顔見知りのカメラマンの言葉に一瞬、訝る表情を見せるも、すぐに納得して奥へと進む。あまり頻繁に訪れる場所ではないがそれでも何度か訪れて地図は頭に入っている。勝手知ったるなんとやら、だった。いくつか並ぶ撮影スタジオのうちひとつを選び取り、迷いなく開ける。


「おー、来たわね、たつま」

「お、お待ちしてました……ご主人さま……」

「お、おぉ……」

 出迎える、二つの水着姿。エーリカの赤ビキニはまあ、まだ見慣れているからまだ大丈夫だが、瑞穂の白ビキニは見慣れていないだけに破壊力が違う。すでに肉体関係があって裸を見たこともある間柄とはいえ、明るい場所ではっきりと裸身を見た経験などほとんどない。ましてや瑞穂の胸元と言ったら121㎝の超弩級である。普段ぽへーっとして動じなく振る舞っている辰馬であっても不感症の朴念仁ではなく、となれば狼狽えるのをどうしようもなかった。


「へへー、どうよ、このカラダ! ……まあ、ホントーはアタシのカラダでそのリアクションが欲しかったところだけど……」

 してやったり、の顔をしたエーリカが、次の瞬間そういって落ち込む。グラビアでメシを食ってる身としては確かに悔しいのだろう。辰馬としてはエーリカの水着だって本当はドギマギしてしまうのだが、それを口にすると負けた気がするので言わない。


ちなみに後世「6皇妃」と呼ばれる新羅辰馬の寵姫たちはすでにこの当時全員出揃っているが、ヒノミヤ事変解決直後の現時点で磐座穣はまだ神月派首領・神月五十六への憧憬を断ち切っておらず辰馬に反発する日々であり、晦日美咲は半ばアカツキ皇国宰相府諜報部づきの密偵であって辰馬への特別な慕情はなく、北嶺院文は辰馬に心を傾けつつあるものの軍学校受験で多忙であって3人ともまだ恋慕というには遠い。なので今の時期が「初まりの3人」が純粋に3人だけであった最後の頃、ということになる。


 さておき。


「そんじゃ、新羅くん。二人と一緒に撮ってみようか。羨ましいねー」

 カメラマンがニヤニヤ笑ってそう言うと、辰馬はぎょっとして身をすくませる。今までエーリカの撮影を何度か見学した経験はあるが、いっしょに撮影などしたことがない。


「は? い、いや、おれはいい……」

「なーにビビッてんのよ、いつもの泰然自若はどーしたー?」

「う、うるせーわ! おれは人並みに羞恥心があるっちゃが!」

「……ちゃが?」

 ここにきて南方方言を炸裂させてしまい、辰馬は頭を抱えた。わざわざ言い直すのも気まずすぎる。完全に優勢を得たと確信したエーリカはニヤァ~、と人の悪い笑顔を浮かべ、えいやっとばかり辰馬にひっつく。


「ぎゃー!?」

「せめてもっとかわいー悲鳴上げなさいよ、アンタは。ほら、みずほ。反対側抱き着いて」

「は、はい。失礼しますね、ご主人さま」

「ちょ、ま、待て! ……ぅぎゃーっ!?」

 左右から抱き着かれ、天国のような生き地獄に辰馬はあられもない悲鳴を上げる。水風船以上に大きくやわらかなものを押し当てられながら、この状況、まさか勃起してしまうわけにもいかない。絶望的な悲鳴をあげながら鉄の自制心を要求されるという、本当にたまったものではない状況だった。


………………

…………

……


「はー……、ひぃ……」

「なに情けない顔してんのよ? 気持ちよかったでしょ?」

「よくねーわ……、ホント、人の気も知らんと……」

「あの、ご迷惑でしたか? ご主人さま?」

「あー……、いや、悪いのはエーリカ」

「悪くねーでしょーが、このムッツリスケベ!」

「だれがムッツリか! 泣かすぞ!?」

「へーん、たつまなんか怖くないもんねー。さっきまでみっともない泣き顔晒してたブザマちゃんが、なにえらそーにしてんのよ?」

「く……」

「ろーじょーセンセに見せよーか、この写真?」

 言って、一葉の写真を弄ぶエーリカ。そこにはエーリカと瑞穂に抱き着かれ、泣き顔で許しを請う辰馬の姿が映っていた。およそ普段の余裕ぶりなど見て取れない怯えと哀願の表情は、雫が見たら大喜びすること間違いなしだった。

「うぐ……」

「ごめんなさいは?」

「く……済まん……」

「あっれぇー? なんか違う言葉が聞こえたー。ご・め・ん・な・さ・い、でしょ?」

「お前、大概に……」

 サディスティックに微笑み、一語一語区切って言い直しを要求するエーリカ。辰馬は一瞬、反駁の気概を見せるも、エーリカが赤い布切れに包まれた柔肉を誇示すると身をすくませる。抵抗など最初から無意味だった。


「ご……ごめん、なさい……」

「あっはは! よしよーし、かわいーわよ、たつま♡ やっぱり男は女に勝てないのよねー♡」

「………………」

「……エーリカさま、そろそろお話を」

「あ、そうね。確かに、こんくらいおもちゃにすればじゅーぶんだわ」

 辰馬の白皙の顔が屈辱で真っ赤になるのを見た瑞穂が、話の向きを変えようと進言する。エーリカはからからと悪気はないが悪意的な笑顔を見せ、一度控室に戻って手帳を取ってきた。


「えーと、村主刹について、と。よっく聞きなさいよー、たつま」

「あぁ、やっとおもちゃ扱い終わりか……」


 エーリカが表情を改め、語り始める。ここで、辰馬は村主刹という男が執着した相手を風俗で働かせて歪んだ劣情を満たす異常者であることを知る。さらにエーリカは村主御用達の風俗店の名前と所在までを調べ上げており、そこには蒼月館の女子2人を含む少女たちが働かされていた。


「んー……あいつに頼るか。梁田っつったっけ、山中の」

 ようやく本来の茫洋たる表情を取り戻した辰馬が、ふむ、とうなずきながら呟く。それを聞いた瑞穂が

「あぁ、ご主人さまのご家来衆の……」

 というと、辰馬は少し苦い表情で応じた。

「家来、っつーのかねぇ……。金出してもらう立場だからこっちのが家来な感じだが」

「たつまさー、全員助けようとか考えない方がいーわよ?」

 エーリカが口をはさむ。辰馬の、かかわった人間すべてを救いたがる性質は間違いなく美点だが、それは理想でしかない。現実には個人の力では救いきれない人間はどうあってもいるわけで、それを気に病んでいては身が持たない。新羅の家臣を自認する梁田篤に頼み込めば少女たちを解放することは不可能でないだろうが、風俗店そのものを潰すのでない限りほかの少女が食い物にされるのを避けることはできないし、風俗店というものも潰してしまえば困る人間が出る。エーリカはそう言いたいのだが、極端に理想主義である辰馬は頭でわかっていても心で理解できない。


「そーは言ってもな。まあ、梁田がよっぽどひどい条件出して来たらそりゃ、諦めるが」

「いや、そーじゃなくてさ……、まあ、たつまのそー言うところが好きなんだけど……」


 エーリカの危惧はさておき、辰馬はスタジオの電話機から梁田篤の書斎に電話をつなぎ、村主刹が食い物にした少女たちの解放を請うた。新羅家および辰馬個人に絶対的忠誠を誓う梁田は一も二もなく承諾したが、さすがに店で働くすべての少女の解放には首を縦に振れない。それをやっては店がつぶれ、商人としての義に従う梁田としては風俗であれ正当な商売をやっている店を潰すわけに行かない。そしてすべての少女を救うことができないとなると、辰馬は目に見えて憔悴しげんなりした表情になってしまう。


「まあ、しかたねーなぁ……しかたねー……」

 明らかに仕方なくない様子で、半分がた頭を抱える辰馬。心配そうに見つめてくる瑞穂とエーリカに力なく微笑みを返し、なんとか気丈に頭を上げる。権力への対抗手段は梁田に頼れるとして、これ以上、村主刹の暴力を経由して食い物にされる少女をなくすには村主を倒すしかない。が、その役目は辰馬ではない。最初から「新羅に負けてもそれは当然」程度に思っている村主を辰馬が倒しても、懲らしめる意味にはほとんどならない。


「今回、ケリつけるのはおれじゃないからな。清宮、頼むぜ……」


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