第4話 一本
相手は3人、ロン毛男と、あすかと呼ばれた少女を左右から羽交い締めにする男が二人。
この程度の状況、辰馬ならまず問題はない。
邪魔がなければ。
「邪魔すんなァ、新羅!」
対峙する辰馬とロン毛の間に、清宮が割って入る。辰馬はそれを庇おうとして一瞬、意識が逸れる。
そこを狙ってロン毛が前に出た。
間接!?
手首を極めに来て、辰馬はそれを外そうとした。次の瞬間辰馬の身体が派手に吹っ飛ぶ。校舎裏のアスファルトに背を打って、すかさず転がって立ち上がる。わざと力に逆らわず投げられ、接地と同時に転がり衝撃は殺したが打たれた場所が芝生ではない、結構なダメージになった。
「ち……」
わずかに顔を顰める辰馬。「手ぇ出してくれんなよ、新羅?」言うや、ロン毛は辰馬へ追撃するより、より効果的な手段をとった。つまりは清宮を組み伏せ、油断なく構える。相手がチンピラならどうということもないが、このロン毛はそこそこに腕が立つ。少なくともこうして護りに徹している以上、辰馬と大輔が二人で崩す隙を見いだせない。
「人質とか、恥知らずにも程があるよな……と、言っても釣られちゃくれねーか」
「当然。まさか新羅辰馬相手に真っ向で戦って、勝てるとは思わねぇからな。……で、新羅辰馬に勝ったって言えるなら、どんだけ卑怯な手ぇ使っても構わねぇ。朝比奈も動くなよ? あすかが怪我ァするぜぇ?」
「……」
大輔が「どうします?」と目線で訊く。辰馬は項垂れ、そこにあすかを拘束している男が一人、離れて辰馬に拳を振り上げる。ロン毛男に一瞬、傲りと油断。男の背がロン毛と辰馬の間を遮る。辰馬は瞬時に身体を跳ね上げ、外回し蹴りで男を打ち倒すと「しっ!」と唾を飛ばす。飛沫は狙い違わずロン毛の片目を潰し、「くぁ!?」と怯んだロン毛の顎先に辰馬の右フックが入った。強烈な衝撃に一髪で脳を揺らされ、ロン毛は一瞬、半白目を剥くが半瞬、意識を取り戻す。太い首が打撃の威力を半減させていた。それでも、ロン毛と清宮を分断させるには十分。そしてロン毛が打ち込まれた隙に乗じて、大輔が少女、あすかを捕らえる男を殴り倒した。
「こーなったらお前に勝ち目はねーよな。これ以上はやめといてっから、失せろ」
「……あぁ、確かにな。ま、しかたねーや、ここは退かせてもらう」
辰馬の言葉に、ロン毛はさして悔しくもなさそうに応えると首をコキコキ言わせながらその場を立ち去る。配下の二人は顔を見合わせ、大輔が一睨みするとすくみ上がってロン毛を追った。
「……ふう」
「新羅さん、大丈夫ですか? 背中」
「あー、結構痛てぇ……。さすがに床が硬い場所で投げられるとダメージでかいわな」
「やっぱり無理してましたか。保健室行きましょう」
「いや。ここは事情聞いとかねーとな。清宮?」
「……テメェにゃ関係ねぇ」
水を向ける辰馬に、清宮は唇を尖らせてそっぽを向く。大輔が「おい!」と声を荒げるのを辰馬が制すと、あすかと呼ばれた少女が口を開いた。
「わたしが話します。……いいよね?」
「……」
あすかに言われると、清宮も突っぱねることができない。声こそ出さないものの不承不承に顎を引き、うなずいた。
事情は概ね、こうだった。煌玉大操練大会を目指して練習に励んでいた清宮はオーバーワークから膝を壊してしまう。となるとそれまで実力を傘に倨傲に振る舞っていた他の部員たちが黙っていない。レギュラー落ちした前エースを徹底的に貶め、排斥する。もともと協調性のなかった清宮に手をさしのべる仲間はなく、彼はバレー部を去ることになった。
清宮は恋人のあすかにつらく当たり、そこに乗じたのが前々からあすかを狙っていた先のロン毛、村主刹(すぐり・せつ)である。村主の甘言に乗せられてあすかはいったん、清宮から離れるが、村主は荒れてしまった清宮よりよほどにタチの悪い男であり、関係を持ったあすかに売春行為を強要した。そこであすかは一度別れた清宮に助けを求める。
そして直情的に村主に喧嘩を売った清宮が叩き伏せられ、辰馬たちが割って入ったのが今さっき。辰馬が駆けつけなければ清宮はもっと徹底的に痛めつけられたはずだが、性分なのか怪我をして荒れてしまった影響なのか、清宮が辰馬に感謝を向ける様子はない。
「なるほど」
事情を聞いて、辰馬はぼんやりと相槌をうった。まあだいたいは予想の範囲だが、対策はどうするか。辰馬が村主をぶん殴って解決する話ではないから始末が悪い。その場だけ従わせても、あの手合いが辰馬の居ないところでまで言うことを聞くとは思えない。といって売春させられそうな級友をそれと知って放置しておくわけにもいかない。
「つまるところ、清宮が村主より強くなれば問題ないわけですよね……」
「だなぁ。つーても足、壊してるし。まあ片足でも使える術理はいくらでもあるが」
大輔の言葉に辰馬がそう応じると、清宮はぴく、と耳を欹てた。
「ある、のか?」
「あぁ、そりゃ、あるが。はっきり言って修行は厳しくなるぞ? それに今、おれは忙し……」
「教えてくれ!」
いま忙しい、と最後まで言わせず、清宮はガバッと頭を下げる。それまでとは打って変わった態度に、辰馬は面食らった。
「修行がつらいなんてのは望むところだ、あのチンピラを叩きのめして二度とあすかに触れなくできるなら、いくらでも血反吐を吐いてやる!」
「あー……でもいま、おれは塚原の練習見てるからな……」
「でも新羅さん、ここは仕方ないんじゃないですか? 手段はあるって言っちゃったわけですし」
「言ったけども。けどいまホントに忙しいんだって。おれもバレーの練習せにゃならんし」
「バレーなら俺が教える!」
「……まあ、そーなるよなぁ。うーん、しかたねぇのかな……」
「まあ、メニューさえ組んでくれれば俺も指導しますし」
………………
…………
……
「つーわけで、今日からこいつも指導することになった」
「……よろしく」
「よろしくお願いします、清宮先輩!」
夕方、新羅江南流古武術講武所。辰馬の紹介に清宮が嫌々ながら頭を下げると、繭は気にした風もなくハキハキと応じた。
「やはは、なんか大所帯になってきたねー、初音ちん」
「ですねぇ。わたしも及ばずながら頑張りますよ!」
雫と初音も当然のようにいる。雫は本来学園での仕事もあるのを推して繭の指導にあたってもらっているので、お願いした辰馬としては頭が上がらない。初音も本来ならまだ失った力を回復途中だ、こちらにも感謝しかない。
「じゃあ、源に塚原を見てもらうとして。しず姉には清宮をお願いする。おれも教えるけど、組み討ち術、それも足が使えないときのやつを徹底して教えてやって」
「はいはーい♪ じゃあ清宮くん、雫ちゃん先生が教えてあげよぉ♪」
無駄に元気に答えるや、雫は清宮に組み付いて押し倒した。「っ!?」清宮が驚いたときには、手にした紐を使って清宮の片足を縛り上げてしまった後である。
「その状態であたしから一本とれたらまあ、一人前かなー。さぁこい清宮くん♪」
やははと笑って雫が言うのに、清宮は途方に暮れた顔で辰馬を見る。この状態でどうしろというのか、というのが半分、女相手に攻撃を仕掛けても良い物かどうかというのが半分。
「清宮、安心して殴りかかっていーから。両足自由な状態でおまえが殴りかかっても、そのひとに指一本触れらんないし」
「しかし……」
「安心しとけって。まあ。しず姉にかかるのが難しいなら最初はおれが相手するか」
辰馬も自分の片足を紐に縛り、器用に立ち上がる。
「どーぞ」
「おお!」
どれだけ顔がかわいかろーが、相手はバケモノ、新羅辰馬。ならば問題なしと、吼えて清宮は殴りかかる。が、慣れない片足状態ではそもそも立っていることが困難。たちまちよろけてこけかける、その顔面に容赦ない辰馬の拳、べしゃっと倒れる清宮の背中に、辰馬は素早くかがんで追撃の拳を打ち込んだ。
「ぇぐ!?」
「そんなもんじゃー彼女を護れんぞー、気合い入れろー」
「く……殺す!」
「OK、いい気迫。来い!」
気合いを入れ直した清宮はふたたび辰馬に殴りかかり、三度殴り倒され、四たび投げられ、五たび極められる。しかし倒されるたび、ごくごくわずかずつながら少しずつ着実に攻防の時間は延びていった。
「っし、このくらいか。しず姉、あと頼む」
「はいほーい♪ そろそろ身体温まってきたでしょ、カモン!」
「おぉ!」
小一時間も打ち合いを続けると実際、清宮のエンジンも燃えてくる。相手が女だとかいうこだわりはなく、闘争本能に突き動かされて雫に殴りかかり、そして殴り飛ばされた。
「まあ、あっちはあれでいいとして。塚原も見てやんねーとな」
「はい、お願いします!」
辰馬が足の組紐を解いて小太刀を取ると、それまで初音と打ち合っていた繭は遠慮なく辰馬に打ちかかる。辰馬は打ち込んでくる勢いを巧みに殺し、誘導し、崩して脇腹にカウンター。「っ! まだです!」激痛に顔を歪めながら、繭はなお闘志衰えない。長刀を大きく旋回させて、懐の内側から辰馬を払い飛ばす。辰馬は後方に軽く跳躍、再び大ぶりの一撃を繰り出す繭の隙をついてまた懐に飛びこみ、しかし今度はそれを予測していた繭が引き戻した長刀に反撃を止められる。カウンターに会わせてのクロスカウンター、辰馬は打ち込みを肘で受けて直撃を避けたが、これまで辰馬から一本もとれなかっ繭がはじめての有効打だ。
そこに加えて、辰馬の動きがわずかに鈍る。繭はここを勝機とみて一気呵成、長刀を旋回させたと思うや突きの連撃、跳ね上げ、打ち下ろす。辰馬は防戦一方となった。
……これは、厳しいな。さっきアスファルトで打った背中が肘打たれたショックでうずき出した。
辰馬が押されているのはさすがに繭のレベルがいきなり跳ね上がったわけではない。とはいえ確実に上達はしている。でなければ新羅辰馬ともあろうものがここまで押されない。辰馬の中でこのまま負けて繭に自信をつけさせるのも良いか、という気持ちと師匠役として簡単に負けられんという気持ちがせめぎ合い、まあ、いいかと前者が勝った。打ち下ろしを止めそこねて小太刀をはね飛ばされ、その喉元に切っ先を突きつけられる。
「一本、そこまで!」
「や、やった!? どうですか、新羅センパイ!?」
「あー、参った。さすが塚原。いい攻撃だった」
審判、初音の声に繭がなかば信じられない顔で叫び、辰馬は弟子の成長を喜ぶ師の心持ちで答える。手負いとはいえ辰馬から一本取ったのは繭にとって大きな自信になったはず。とはいえまだ上泉新稲に完勝するとはいかないかも知れないから、勝たせるといった辰馬はここで甘い顔ばかりもできないのだが。
「つーてもまあ、やっぱりまだ大ぶりが多いな。振りはもっとコンパクトに。大きな一撃は必ず当てるときだけ」
「はい!」
辰馬のだめ出しに、塚原繭は晴れやかな笑顔で応じた。彼女にとって今日取ったこの一本の意味は、辰馬が思った以上に大きい。
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