千年もやし

大隅 スミヲ

1000年もやし

「もやしが一本10円だと。バカなことをいうなよ、お前スーパーに行ったことないのか? 今どき、もやしなんて一袋20円で買えるんだぞ。わかってんのか、佐々木」


 営業第四課のフロアで仁藤にとう課長の大きな声が響き渡っている。

 これはパワハラだ。誰もがそう思っているが、営業第四課のフロアでは誰も仁藤課長に意見が出来るような人間はいなかった。


「また、佐々木さん怒られているよ」

「あれってパワハラだよな」

「知ってた? 佐々木さんって、仁藤課長が入社した時の教育担当者だったらしいよ」

「え、マジで。それは辛いわ……」


 営業四課員たちは、うだつのあがらない万年平社員の佐々木のことをヒソヒソと囁き合っている。


「でも、仁藤課長のいうことは正論だよな。もやしが一本10円で売れるわけないよ」

「佐々木さんパワハラされすぎて、ついにおかしくなっちゃったんじゃないのか」


 同僚たちに若干引かれている佐々木は、仁藤課長のパワハラまがいの発言にもめげることなく、もやしの話を熱く語っている。


「仁藤課長は、これご存じありませんか?」


 佐々木はスマートフォンの画面を課長に見せる。

 そこには、伝説のもやし職人という文字が書かれていた。


「なんだよ、これ?」


 訝しげな表情で仁藤課長は言う。


「やっぱり、ご存じではないようですね。伝説のもやし職人の山本さんですよ。1000年に一度しか育てられないと言われているもやしを作っている方です」

「はあ? 知らねえよ、そんなの。それって詐欺なんじゃないのか」

「わかっていませんね、課長。もやしが安価な理由はご存じですか」

「知ってるよ。太陽光がいらない、土がいらない、出荷までの時間が圧倒的に短いからだろ。この3要素があるからこそ、もやしは安く販売できるんだ」

「ほほう、よくご存じで」

「てめえ、なめてんのか佐々木」


 胸ぐらを掴みそうな勢いで仁藤課長が言う。


「では、一般に流通しているもやしの種類はご存じでしょうか?」

「やっぱり舐めてやがるな。おれはもやしの販売を手掛ける物流大手会社の営業四課長だぞ。知らないとでも思っているのか。大きく分ければ3種類だ。緑豆、ブラックマッペ、大豆だろ」

「正解です。さすがは課長ですね」

「お前、完全におれをおちょくっているだろ」

「そんなことはありませんよ。ここからが本題です。山本さんの作るもやしがその3種類には含まれないだったらどうでしょうか?」

「はあ? わけわかんねえこと、言ってんじゃねえぞ、佐々木」

「先ほども申し上げましたように、そのもやしは1000年に一度しか育てることが出来ない、伝説のもやしなのです」


 佐々木は仁藤の言葉に怯むことなく話を続ける。


「それはわかったよ。1000年に一度な。でも、そんなもやしじゃ、収穫できる量が限られているんじゃないのか」

「さすがは課長、目の付け所が違いますね。そこですよ、そこ。量が限られているんです。人は数量限定って言葉に弱いんです。それに1000年に一度しか育たないからこそ、今なんですよ。売りは、今。今回を逃したら、次の収穫はまた1000年後なんです」

「1000年後か……」

「課長は、その伝説のもやしを食べてみたいとは思いませんか?」

「……まあ、そうだな」

「では、一本10円になります。ここに20本のもやしの入ったモヤシ炒めがありますので、200円いただきます」

「はあ? おれから金を取るのか?」

「貴重なもやしですから」

「わかったよ。ほら、もってけ」


 仁藤課長はそういって、100円玉を二枚机の上に叩きつけた。

 モヤシ炒めはシンプルにもやしに塩コショウを振っただけのものだった。

 ひと口、仁藤が食べると目を輝かせた。


「やだ、なにこれ……」


 まるで少女のような声が仁藤の口から出た。


「美味い。美味すぎるぞ。これが1000年に一度しか食べれないというもやしなのか」

「どうですか。一本10円の価値は、あるでしょ?」

「確かに美味いよ。美味いけれど一本10円で本当に売れるのか?」


 仁藤はそう言いながらも、モヤシ炒めへと箸を伸ばす。


「ぜったいに売れますよ。課長が太鼓判を押してくれたようなもんですから」

「わかったよ。やってみろ。ただし、失敗したら、お前が責任とれよな、佐々木」


※ ※ ※ ※


 その数日後、会社のWEBサイトがダウンした。

 原因は通販用サイトへのアクセス殺到だった。


 何が起きているのかわかっていないマーケティング事業部長は、サイトが落ちた原因となった販売サイトを作った営業四課へと乗り込んできた。マーケティング事業部は営業四課の親組織である。


「仁藤くん、仁藤くんはいるかね?」


 マーケティング事業部長である森部長が、営業四課の入口で大声を出して仁藤課長を呼んでいる。

 いつもはパワハラまがいの行為をやっている仁藤課長もこの時ばかりは肝を冷やした顔をして慌てて飛んでいった。


「なんでしょうか、森部長」

「わが社の通信販売用のサイトがアクセス殺到でダウンしたらしいんだ。なんでも、キミのところが売り出した『1000年もやし』が原因だそうだが……」

「あ、それでございますか。それでしたら、責任者の佐々木くんを呼びます」

「うむ」


 仁藤は佐々木をスケープゴートにしようと、大慌てで佐々木を呼び出した。


「なんでしょうか?」

「キミかね、1000年もやしの仕掛け人は」

「はあ?」

「凄いじゃないか! 社長も朝の会議で褒めていたぞ。売り上げが数億にのぼるらしいぞ」


 森部長は佐々木の両手を握って嬉しそうに言う。


「すべては、仁藤課長のお陰ですよ」


 佐々木はにっこりと笑って言った。

 仁藤は何も知らなかった。

 この1000年もやしが売れに売れた理由。それは、1本の動画がきっかけだった。


「課長『1000年もやし』をご存じですか?」

「てめえ、舐めてんのか」


 動画には、佐々木のことを怒鳴り散らす仁藤が映されていた。

 それはスマートフォンで撮影されたものであり、どこか盗撮風な感じもあった。


「舐めてませんよ。『1000年もやし』は1000年に一度しか収穫することのできないもやしなんです。ほら、ひと口食べてみてくださいよ」

「やだ、なにこれ……」


 少女のような声を出す仁藤。

 そして、現れる『1000年もやし』のロゴ。


 たった30秒ほどの動画だったが、この動画がSNSでバズりにバズった。中には奇妙なバックミュージックを付けられて、何度も仁藤課長が「やだ、なにこれ……」と口にするのが繰り返される動画などもあった。

 そして、この動画の大流行と同時に『1000年もやし』も爆発的ヒットを起こし、会社の販売用サイトはダウンした。


 山本さんの収穫した1000年もやしはすべて完売し、佐々木の会社もかなりの儲けを得ることが出来た。

 しかし、この1000年もやしバブルも長くは続かなかった。


 なぜなら、つぎにこのもやしが生産できるのは1000年後のことなのだから。

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千年もやし 大隅 スミヲ @smee

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