第9話

 ロモルがよく言っていた友達、シルルやハルハルのこと、俺の日常生活のことなど、しばらくおしゃべりした後、メテルリさんがふと腰を上げて、海に降りた。

 ちゃぽん、という水音に、俺は「古池や……」の句を思い出した。

 でも、実際には海の波音がうるさくて、余韻よいんひたることはできなかった。


 腕時計を見ると、もう16時を過ぎていた。

 夏だからまだ明るいが、ぼちぼち帰路についていい時間だ。

 水筒のスポーツドリンクも尽きかけている。

 家族の誰かが夕飯を準備しているだろうし、今日も死ねなかったからには、勉強をしないといけない。


「今日は楽しかったわ。またね、ナオト」


 海面から頭だけを出して、メテルリさんが言った。

 メテルリさんの虹色の髪は、海水につかかると落ち着いた色になり、彼女の存在を目立たなくしていた。

 長い髪が扇形おうぎがたに広がるせいで白い体が見えないのを、俺が残念に思わなかったと言えば、嘘になる。


「また来週ね、ナオト」


 わざわざ俺と距離を詰め、俺の目をまっすぐ見ながら、ロモルが言った。

 ロモルは器量が悪いのに、青みがかったグレーの目がえもいわず綺麗きれいで、俺はいつも「ああ、またな」と言ってしまう。

 でも、今日は違う。


「実は明日、祝日で学校ないんだ。2人さえ良ければ――」


 言い終わらない内に、ロモルがパッと顔を明るくして、俺に抱きついた。


「ステキ! また明日! また明日ね!」


 2回くり返されれば嫌でも、ロモルが「また明日」というフレーズを「ステキ」に感じていることが分かってしまう。


「ちょっと、よせよ。抱きつくなって」


 ロモルの体は冷水のように冷たかったし、メテルリさんと違ってかわいてもいないから、正直、照れくささより戸惑いが勝った。

 だが、ロモルはそのことに気付かなかった。

 気付いて変にひるんだりしないのが、ロモルの良さだと思う。


「キスまでした仲なんだから、ハグくらい良いじゃんか」


「あれはそっちが勝手にしただけだ! ていうか、人魚のキスはただの挨拶あいさつだろ!」


「照れんなって!」


 ロモルはそれからすぐに離れてくれたが、別れ際、俺の頬にキスしていった。

 ――まったく、困ったヤツだ。


 ロモルが海に飛び込むと、人魚2人はあっという間に海にもぐって見えなくなった。

 俺は少しの間、2人が消えた海をながめた後、立ち上がって、コンクリートのエッジを再び登り始めた。




<完>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蓬莱島(ほうらいじま)の人魚 あじさい @shepherdtaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画