第8話

「いつからストーキングしてたの?」


 ロモルはまだ怒り心頭だ。

 海から上がったメテルリさんは、今度は俺から離れてロモルのとなりに腰を下ろしている。

 全く似ていないと思っていたが、2人並んでいるのを見ると、目の色も口元もそっくりだし、会話のリズムに身内独特の安定感がある。


「いつって、たぶん、最初から?」


「@#$%&!?」


 このときロモルが発した音は、ネコのうなり声に似ていた。


「みんな意外と、ロモルが心配なのよ」


 メテルリさんがロモルを見守っていたのは人魚たちの総意、ということだろう。


「ロモルったらちっとも気付かないし、だらだらとりとめのない話ばかりでナオトも退屈そうだったから、我慢できなくなっちゃった」


 メテルリさんって都会的かつ大胆なお姉さんに見えたけど、意外と年相応にお茶目な話し方もするんだな、と俺は思った。


「あんた、ナオトのこと好きじゃないでしょ」


 ロモルがいつにない剣幕で問い詰めた。

 だが、メテルリさんは気にも留めていない。

 彼女たちの間ではいつものことなのだろうか。


「ロモルやわたしの気持ちに関わらず、ナオトがわたしたちを好きになれば、魂と記憶の融合は上手くいくのよ?」


「それじゃ後味あとあじが良くない、って言ったのはメテルリじゃん」


「わたし、美食家だもん」


「でも、ナオトを食べようとした!」


「チューなんて挨拶あいさつよ。人魚はみんな海の中で間接キスしてるじゃない」


「嘘つき!」


 止める間もなく、メテルリさんがロモルにキスした。

 ロモルは離れようとしたが、たぶん髪を引っ張られたのだろう、メテルリさんのキスは続いた。

 明らかにディープな方だった。

 俺は横から見ていて、声も出なかった。


「ほら、何でもないでしょう?」


 顔を離したメテルリさんが飄々ひょうひょうと言った。

 ロモルは手を上げかけたが、なぐりはしなかった。


「メテルリさん、聞いてもいいですか」


 俺は少し気後れしたが、今の内に聞いておこうと思って、声をかけた。


「なぁに?」


 メテルリさんはやっぱり何気ない調子だったが、俺は真剣に質問した。


「今までに何人食べました?」


 メテルリさんは動じることなく、世間話をするみたいに、すぐに応じた。


「食べたことないってわたしが言っても、信じてくれないでしょう?」


「信じます」


 俺が食い気味にそう言うと、メテルリさんは笑みを浮かべた。


「わたしは美食家だから、普段はかいを食べてるの」


 鈍感どんかんな俺もさすがに、この返答の含意がんいひろそこねなかったと思う。

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