少年の未覚醒

カートン怪

いつまでも少年ではいられない

 眼鏡美人委員長からの呼び出しにマサトは複雑な感情を抱いていた。ある噂さえなければ手放しで喜べていたかもしれない。その噂とはが腐女子だって話だ。


 委員長はいたって真面目で、そつなく委員長の役割をこなしている。高校一年生だった去年も先生の推薦で委員長を務めていた。掛けている眼鏡も知的な感じを底上げしていて、外見も行動もらしいというか存在がしている。

 マサトはたとえば日直の事とか事務的な会話しかみすゞとしたことがない。孤立しているわけではないが、みすゞはクラスメイトとは交わらないタイプなのでひとりでいることが多い。その事が良くない噂を助長しているのかもしれない。まったくのデマかもしれないのだ。変に身構えるのはに失礼なのかもしれない。


 と生徒から呼ばれている旧校舎への渡り廊下の中庭に面した所が、人気ひとけがなく人気にんきの告白スポットになっている。

 マサトはに向かいながら、こんな場所に呼び出されたなら、みすゞに告白される事を想像するなって方が無理な話だ。みすゞの容姿はマサトにとってどストライクで、腐女子さえなければなぁなんて勝手に失礼なことを考えていた。


 にすでにみすゞは来ていて、中庭の方を向いていた。声を掛けながら近づくと、みすゞはびっくりする行動に出た。

 いきなりマサトの両手を持ち上げつつ挟み込んだのだ。突然の出来事に動揺しないわけもないが、委員長の手はすごく柔らかいなんて思っていた。

 「他でもないマサト君に頼みがあるんです。生徒会長とラブして欲しいわけですよ。」

 ものすごい剣幕けんまくでまくしたてる委員長にマサトは理解が追いつかなかった。生徒会長であるダイスケとは中学生からの親友で、今はクラスメイトで毎日のようにつるんでいる。

 「ラブ?!」

 委員長が腐女子って噂からして、ラブってことはBLボーイズラブなわけで冷静になれば理解出来るのかも知れないが、とっさのことでテンパった。

 「まてまて、何を言ってるんだ委員長。」

 委員長の圧力から逃れるために手を振りほどこうとしたが、どこにそんな力があるのかさらに強い力でホールドされた。

 これが腐女子の暗部たる暴走なのか、マサトが委員長の瞳の奥に潜んでいた狂気を感じて、なんとなく近寄りがたいと感じていた部分なのかもしれない。

 「毎日毎日マサト君と生徒会長で尊い素材が満載なわけですけど、そろそろ新しいステップを踏み出すべきこと確定なわけですわ。というかホップステップ期待待ち焦がれなのに何もなしな日々にしびれ切れ切れで直接交渉に乗りだして今に至るわけですハイ。」

 マサトを真っ直ぐ見つめてくる委員長の眼が怖いし、発している言葉の意味がほとんど理解できない。

 「ダイスケどうこうじゃなくてBLボーイズラブとか無理なんだけど…。」

 とにかく否定しておかないとヤバイ気がする。

 「いえ、大丈夫です。新しい尊い美しい世界がマサト君たちを待っているのです。」

 とにかく無理です……


 生徒会長のダイスケは非の打ち所ない優等生だ。家庭が裕福で運動も勉強も出来て背も高くしかもイケメンで性格も穏やかで嫌みもない。唯一の欠点がわりと普通のマサトと親友であることかもしれない。

 自分を卑下ひげするわけじゃないが、どうしてダイスケはマサトと親友やっているのかと思うことは多々ある。気が合うし、楽しいし、いいやつだし、言うことなしではあるが、マサトからみれば不思議ではある。

 あれから教室に戻った委員長は何事もなかったかのように普通の委員長だった。委員長の手の柔らかい感触が消えてなかったからでの事は現実だったとかろうじて認識している。


 放課後、ダイスケの生徒会がない日は一緒に最寄り駅まで帰る。ダイスケは電車に乗り、マサトはそのまま駅の反対口に抜けて行くので、改札で別れる。たまにハンバーガーショップに寄ったりすることもある。

 「なぁ、今日の昼休みに委員長に呼び出されてさ。」

 ちょっと色々カルチャーショックでダイスケに話さないわけにはいかなかった。

 「ダイスケとBLボーイズラブしてくれって頼まれたんだよ。」

 まあ、普通に戸惑いと意味不明さを共有できると思っていたんだ。

 「?!?!?!」

 ダイスケの反応が今まで見たことのない驚愕の表情で、異様な空気に包まれた。

 「えっ!?」

 マサトは言葉を失うとはこう言うことかと考えながら、口に出す言葉を探していた。

 「ごめん、ちょっと先に行く。」

 ダイスケは言い、足早に立ち去った。残されマサトは唖然あぜんとして状況が飲み込めなかった。その反応はそういうことなのかわからないが、今までダイスケからそういうことを感じた事はなかった。

 何がどうしてこうなったのか、マサトには解らなかった。


 次の日、ダイスケは学校に来なかった。普通に体調をくずしただけなのか、それとも昨日の事が関係あるのか。委員長は普通に委員長だった。昨日の昼休みに喋ったのは別の委員長だったのだと思いたい。

 その次の日もさらに次の日もダイスケは姿を見せなかったし、何があったのか気になるし心配だ。クラスのみんなも特にダイスケに言及せず、自分だけが仲間ハズレにされていて、自分だけが何も知らないんじゃないかと不安になる。


 数日してダイスケが担任の先生を伴って現れ、急ですが海外に行くことになり高校を退学することになったと、クラスメイトに報告と別れの挨拶をした。

 教室のざわつきはかつてないほどで、クラスメイトの何人かはマサトの顔色を伺い、マサトが驚いていないことで知っていたと勝手に勘違いしているようだ。マサトは驚いてはいないが納得はしていない。むしろ腹を立てていた。今までダイスケに抱いていた感情が間違いなのか、あるいは幻だったのか、行き場のない感情の持っていき場を完全に失っていた。


 教室を出たダイスケの後を追い、追い付いたのはしくもの前だった。

 「おい、まさか黙って行くつもりじゃないだろうな。」

 マサトが他人に怒りの感情を向けるのは生まれて初めてのことかもしれない。

 「いや、いろいろあって海外に行くことは前から決まっていて、ただタイミングが早くなっただけなんだ。」

 目の前にいるダイスケがダイスケとは信じられない。こんな不安そうな姿は見たこともないし、何でも出来て何でもうまく楽に正しいことを正しいタイミングで出来るのが生徒会長ダイスケだったはずだ。

 「そんなことを聞いてるんじゃない。おまえが俺に隠している気持ちの事を言ってるんだ。」

 本当にそうなのか?マサトはダイスケを親友と思っていて、ダイスケもマサトを親友だと思ってくれていると思っていた。たぶんダイスケは違ったわけで、その事に腹を立てているのか、あるいは幻を勝手に信じていた自分自身に腹を立てているのか。

 「一生言うつもりはなかったんだ。ただ、普通に友人として仲良くしていることに耐えられなくなって、また海外の方が僕のような人間に寛容だし、そういうことも含めて海外に行くことにしたんだ。」

 ダイスケの苦しそうで悲しそうな姿を見て愕然がくぜんとした。そんな姿見たこともないし、僕が親友だと思っていた生徒会長ダイスケは、ダイスケじゃなかった。マサトをはじめ周りの人間が望んだ人間が生徒会長ダイスケで、中身のダイスケは別の人間だったわけだ。本物のダイスケの居場所はここにはなく、居場所を求めて海外に行く。つまりマサトは本物のダイスケの何ひとつ知らなかったし、知ろうともしなかった。

 マサトは身勝手な自分自身に愕然がくぜんとした。自分が被害者と思い込み、気持ちを話してくれなかったダイスケに腹を立ててさえいた。

 そうじゃなくて、今の今までダイスケを一番傷つけていたのはマサトかもしれないのだ。

 「……。許してくれ。今まで一番近くにいたのにダイスケを何一つわかっちゃいなかったんだな。絵に描いたような優等生なんて存在するわけないんだな。俺はダイスケの中身を何一つ見れてなかったんだ。」


 思わずハグをした。


 マサトは自分を情けく思い恥ずかしく、顔を見られたくなかったし、ダイスケの悲しい表情も見ていられなかったのだ。


 頬に熱いものを感じ、肩にも熱いものが伝わってきた。マサトもダイスケも泣いていた。お互いにゴメンと何度も謝り合った後、身体を少し離してお互いに見つめる格好になった。


 そして、どちらからでもなく熱いをした。


 その後、二人はブロックの上に腰を掛け、ただ座っていた。マサトは思い出したように言った。

 「日本に帰ったら連絡しろよ、絶対だからな。」

 ダイスケが微かに笑った。マサトはダイスケの本当の笑顔を初めて見たのだった。



 あれからダイスケに会うことなく、海外に旅立ったと聞いた。今度いつ会えるのかわからないが、きっと連絡してくるはずだ。また、色々な話しが出来る日が来ると信じたい。

 正直まだ気持ちは平静へいせいではいられず、色々な後悔する日々ではある。もちろん落ち込んでもしょうがないし、切り替えなくてはいけないのは解かっている。ダイスケは自分の人生を生きる選択をしたんだ。マサトもいつまでも少年ではいられない。


 はマサトにとって思い出深い場所になった。ダイスケと並んで座ったブロックに腰かけた。ついこないだのことなのにずいぶんと時間が経ったようにも感じる。

 何やら物音がしたと思ったら、が飛び込んできた。

 「結婚してください!!」

 抱きつかれて、結構な力でハグされた。

 「はぁっ?!」

 本当に意味がわからない。

 「マサト君ありがとう。まさか本当にしてくれるなんて尊すぎです!」

 マサトから血の気が引く。たぶん見られたであろう事もショックだが、マサトが意図したわけじゃないが、結果的に委員長の要望どおりしてしまったともいえる。

 「いや、ちげーよ!」

 手遅れな気がするが否定しておかなければ、マサトの人生が崩壊する。

 「そうだな、結婚しよう。そうしよう。」


 どうしてこうなった?


 それからとまあうやむやに付き合っている。一方的にBLボーイズラブの話しをすることが多いが、の嬉しそうな笑顔は見ていて悪くない。

 来年の今頃には、マサトたちの進路も決まっているだろう。それで人生が決まるわけじゃないが、今はもう少しこれからの自分について考えたい。


おわり

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少年の未覚醒 カートン怪 @toshi998

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