四十一枚目『ホップ・ステップ・ダッシュ』

「最初からやれよそれ!!!!」


 猪突猛進、暴虎馮河ぼうこひょうが、弾丸列車。

 そんな言葉がピッタリな我が妹、ミチカの腰にしがみつきながら、僕は至極当然の訴えを彼女に向かって叫ぶと、人一人ぶら下げているというのに今気付いたという風に、ミチカは僕の顔をジロリと見下ろして呟いた。


「あれ、妙な負荷を感じると思ったらにぃにじゃん。なにしてんの?」

「なにしてんのはそっちだろうがッ! 来て一時間もしない内に大怪獣バトルなんざおっぱじめやがって!!」

「そんな事言われたってミチカにはどうしようも──」

「ああ! 前前ッ!!」


 後ろを向いて話すミチカに代わって僕がそう叫ぶと、ミチカは身を捻ることで頭上から迫り来る落雷を寸でのところで回避する。

 落雷はその一撃のみに終わらず、何度も空から天罰の如く撃ち放たれ、その度にミチカは僕をぶら下げた状態で、電熱を肌で感じ取れる程のギリギリで躱し続ける。


「ちょっとにぃに銀河級に邪魔なんだけど。お尻に顔押付けられてる状況も気持ち悪い……」

「僕も好きでやってんじゃねぇよ!! 二重の意味で!! 大体お前チアカさん達はどうしたんだ!? この喧嘩だってお前から手を出したんじゃあ無いだろうな!?」

「そんな質問答える暇──無いッ!!」

「ちょっ、待ッ──!!」


 ミチカはそう言うと僕の質問攻めを振り切るように飛行速度を加速させ、紅龍の鼻先をその巨腕で殴り飛ばす。


「よくもロケットみたいに吹き飛ばしてくれたね……お返し」

「ゴァアアアアッ!! そのまま壁の染みになっていればいいものの……!! ンしぶといッ!!」

「お、女の子の声!? 本気マジにアレで蟲狩むしかりなのか……ゾオン系幻獣種ウオウオの実モデル青龍じゃあないか。紅なのに」

「いや、知らないけど……わざわざロングブレスの早口してまでフル詠唱する必要あった? 今」


 ……確かにそんな場合では全然なかった。

 僕は少しでも体勢を健全なものとするのも兼ねて、ミチカにおんぶされる形になるように背中へ移動し、ゲルダさんに話し掛けやすい体勢を整え、


「金銀財宝をおくれ〜ッ!!」


 ──と、言いたくなる気持ちや、


「鎮まれーッ! 鎮まりたまえーッ!! さぞ名のある龍とお見受けする! 何故そのように荒ぶりたかぶるのか! 鎮まりたまえ〜ッ!!」


 ──と言いたくなる気持ちをグッと堪え、僕は年長者として、真面目に、二人の喧嘩の仲裁を試みる。

 本当はロスさんに任せたかった仕事だが、ここまで来れば僕がやる他ない。


「ゲルダさ〜ん! 落ち着いてくださ〜い!! 喧嘩はもうやめて! 一旦落ち着いて話し合いを──」

「黙れ小僧ッ!! いきなり現れて何者だ貴様ッ!! その女に与するとあらば、子供とてン容赦せんッ!!」

「──ゲルダさんって実は害蟲がいちゅうだったりしませんか?」

「ミチカが言うのもなんだけど、腹いせに駆除しようとしないで? 大体こうしてミチカにおんぶされてる状態じゃあ誰だってにぃにのこと子供だって……んふふ、子供だって、ウケる」

「ウケねぇよ。戸愚呂兄的なもんってだけだ、僕は」

「えぇい何をコソコソと話しているッ! もう我慢ならんッ!!!!」


 僕がつい身長弄りに気を取られてしまっていると、ゲルダさんは身体が圧っされる程の声量で吠えながら、鋭い斧のような鱗が生え揃った尻尾を、しなる鞭の如く振り払ってくる。


「不味ッ──!!」

「んんッ!!」


 ミチカは僕の叫びとほぼ同時に持ち前の巨腕を前に突き出すと、鋭利な鱗を臆する事無く鷲掴みにし、身長二メートル近いミチカよりも更に大きな尻尾を、一ミリも後退する事無く受け止めてしまう。


「二度はやらせないよ」

「……フンッ! ならば喰らわせ続けるまでだ……何度でもなッ!!」


 なるほど、先程飛んで来たのはあんなふうに尻尾によって払い飛ばされてきたからだったのか。

 我が妹ながらアレを二度も受けて無傷とは……全く末恐ろしい。

 その一方で、兄の僕はと言えば──


「うぉわぁあああぁぁああッ!?」


 尻尾が激突した衝撃で手を離してしまい、ミチカの背中から地面に向かって真っ逆さまに落下している最中だった。


「み、ミチカァ!!」


 僕は咄嗟にミチカへ救助を求めて叫んでみせるが、肝心のミチカの関心はゲルダさんの方へとあるようで、ゲルダさんの長い大蛇の様な身体を活かし、8の字を描きながら繰り出される体当たりと、空から降り注ぐ雷を時にはいなし、時には受け止めながら、その拳を喰らわせる事に夢中になっており、僕の事などまるで気にしてないどころか、背中から落ちた事にすら気付いてない様子だった。


「くっ……『黄蝋鉤鎖ウィンター・グラッピング』ッ!!」


 となれば、最後に信用出来るのは自分自身。

 僕は鷹の爪のように鋭く曲がった鉤爪の付いた鎖をその手に生成すると、重力や引力による影響を全身で感じながら、それをゲルダさんに向かって全力で投擲する。


「『無法者ウォンテッド』ッ!!」


 鎖は敢えて端を生成しなかった。

 こうすることで特級呪具『万里ノ鎖』のように──とまでは流石にいかないが、花粉を流した分だけ延長する鎖は、飛ぶ鳥ならぬ飛ぶ龍を落とす勢いで飛翔し、渦巻き状に生える右側の翡翠ヒスイ色の角に引っ掛かる。


「よし! ──じゃねぇ!?」


 気付けば僕と地面との距離は軽くジャンプした程度の差しか無く、周囲には道を歩いていた研究者や生徒が、ぎょっとした様子でこちらを見ているのが見えた。


「退いてくださ〜いッ!!」


 僕はそうやって叫びながら、最高速度のランニングマシーンの如く迫る地面を蹴って、道行く人や、ゴミ箱にベンチ、樹木といった障害物を、ランダムに切り替わる速度や方向に振り回されながら回避していく。

 鉤鎖を投げ掛けたのは僕であるはずなのに、これでは僕の方こそが釣り針に掛かった魚のようだ。


「クソッタレがぁ……!!」


 このままでは不味いと思った僕は、ピンチになった時のベジータのような台詞を吐きながら、苛立ちを込めてゲルダさんを睨みつけたところで──ふと、直前にグラシアノ博士が言っていた台詞を思い出す。


「だとすれば……いや、しかし……」


 本当にいけるのか?

 という疑問が頭に過ってしまうが、どうせダメで元々。

 もし失敗したなら次の悪足掻きをするだけだと腹を括り、


「──『悪戯者アーチン』ッ!!」


 足掻く前に、戯れてみせるのだった。

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枯れた世界に栄華あれ 星のお米のおたんこなす @otanko_72

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