第8話 レアロイド家の女:4
『ああ?正気かこいつは?』
リベレーターは突如として動きの鈍い重量機で高密度デブリ帯に突入してきた“St.マルタ”の奇行に困惑し、僅かに機体を後退させた。
「いぃぃッやあぁああッ!!」
気合の雄たけびと共に、デブリを重量機の装甲に任せて弾き飛ばしミサイルをまき散らしながらこちらへと一直線に、猛スピードで向かってくる。
『気でも狂ったか...?』
それでもなおリベレーターは冷静にバックブースターで下がりつつ右背部の軽量グレネードランチャーを敵機の進路上に撃ち放った。
「こんなやる気のない弾で!」
しかし、その攻撃を呼んでいたのか重量機らしからぬ素早さで砲弾の直撃を避け、さらに爆風をもデブリを盾に回避する。
『コイツ...!?』
「別にアンタがやることを私がやっちゃいけないなんてことは無いのよ!」
土壇場の猿真似でこのオレを倒せるとでも思っているのか?だとすればおめでたい。
相手がこちらの土俵に乗ってきたところでやることは変わらない。
ここら辺の障害物を利用してこいつを翻弄し、着実にダメージを与え撃破するのみ!
だが、
「食らえーッ!」
騒がしい叫び声と共に、凄まじい勢いで放たれるミサイルの爆発が鬱陶しい。瀑布のごとく放たれる爆煙で姿の見えぬミサイルの源に向かってレーダーとFCSを頼りに両手のライフルを撃ちまくる。しかしその攻撃が一向に止まない。
『鬱陶しいな...!』
だが、彼にはほとんどミサイルが飛んでくることは無い。肩に装備されたECMメーカーがミサイルのロックオンを阻害しているのだ。結果的に飛んできたミサイルは彼の周囲に存在するデブリを破壊するだけだ。
だがやまぬ攻撃、これ程までの執拗さ、盲撃ちのまぐれ当たりなど実戦ではあてにならない。いや、これは...
『なるほど、障害物を減らそうってか?原始的だが...面倒な。』
適当に放たれたように思えるミサイルの狙いのほとんどは実際“マリー・アントワネット”に向かってこず、周辺を漂うデブリをこそ狙い、放たれたのだ。
結果として彼の逃げ場は少しづつ失われていく。さらにはミサイルをばらまくことによって彼の移動可能な範囲を狭め、よりソフィアにとって有利な方へ移動していく。
『クソが俺のせいかよ!』
煩わし気に舌打ちを一つ打ちながら思考を巡らせる。
してやられた、判断ミスだ。クソ女はオレの土俵に乗ったのではなく、土俵を破壊しに来たのだ。
故に彼は今、青と白の重量機の眼前にさらけ出されていた。
「ふー、中々疲れたけど私の作戦勝ちってとこね?」
『んだと?勝ち誇るには早えぞ...』
「じゃあ試してみる?」
ソフィアは打ち切った背部のミサイルコンテナをパージしながらライフルと無反動砲を向けて目の前の悪趣味なエンブレムの機体を少しの動きも見逃すまいと注視しながら挑戦的に言った。
機体同士の彼我の距離はほんの数キロ程度、お互い全ての武装が有効射程圏内に入っている。故に、後はどちらが先に仕掛けるかだ。
“マリー・アントワネット”は未だに全ての武装を有しており火力において上、対してこちらは主武装の背部ミサイルを撃ちきり、残るは手持ちの火器と残弾少ない肩部ミサイルポッドのみそしてそれも恐らく敵のECMメーカーの前には無用の長物だろう...
ここから“ピオリア”周辺で起こる喧騒は程遠く、この場にたった二機のアイギスは西部劇の決闘か、サムライムービーの果し合いめいて睨み合う——
その果てに、両者はほぼ同時に引き金を引いた。
ほぼというのは、“St.マルタ”に撃たせる前に僅かにそしてラピッドアクセラレーションによって急速に前進し、それに反応する形で“マリー・アントワネット”が発砲したからだ。
故に出遅れたのは“マリー・アントワネット”だった。
『んだって、こんな楽な仕事でマジになんなきゃならねえんだよ...!』
HIT、HIT、HIT...ディスプレイに命中表示が躍るとともに、『敵接近、キケン、キケン』統合制御コンピューターの機械音声が敵の接近を警告する。
『分かってんだよ!』
すぐさま、リロードが完了した軽量グレネードランチャーを発射、しかしそれを最後のミサイルを発射し相殺!
『機体ダメージが増大、危険な状況です。』
「分かってるわよ!」
いかに危険とはいえ自分からこの逃げ場のない状況に持ち込んだ以上、怯めば死ぬのは私だ。確かに敵と比較して武器を失った“St.マルタ”は瞬間火力に劣っている。しかし
「装甲はこっちが上!このまま押し切る!」
レーザーライフルは実際脅威だが、ライフルや分裂ミサイルはかろうじて重量機故の堅牢な装甲で防ぎきれる!
速射性に優れる両手の武器を撃ち散らして後退する敵機にさらに接近しながら、こちらも両手のライフルと無反動砲を撃ちまくる。
ここに来てもはやエネルギーシールドを解除、その余剰エネルギーを更にブースターに回し、より速く、距離を詰めていく——
———————
『クソ!第一主砲大破!船体にかかるダメージが増大しています!』
『ええい!、直掩とガキどもは何をやって...CICとブリッジに当たってないのが奇跡だぞ...!』
『分かってるよ!こっちだって頑張って...』
『敵機増援!今度は重量級よ!』
『あのイカレ女、遊んでやがんのか...!』
ケイトの“アディクト”は軽量一撃離脱型の本領発揮と言わんばかりに、鈍重な輸送船に繰り返しプラズマライフルにて攻撃を与え、少しずつ“ピオリア”の損傷を拡大させる。
『ふふん♪ふん♪ふん♪ふーん♪...』
しかし一向に止めになり得る場所へ“アディクト”は攻撃しない。少しずつ攻撃し、GMCを苛立たせるのみで、攻撃の主体はコンバットアーマー部隊に任せきりだ。
GMCにとって良いのか悪いのか非常に判断しかねるがケイトはいつでもこの船を沈められる。だからこそ、彼女は遊んでいる。
敵の護衛が味方の部隊に追い立てられ右往左往し、そして蟻に群がられる昆虫めいて足掻くさまを楽しんでいるのだ。
とはいえ、ただ傍観しているだけと言う訳にも行かない。
『クソッタレ!これ以上やらせるかッ!』
左脚部と腕部を破損して尚果敢に立ち向かってくる“スティングバイト”にチャージもそこそこにプラズマライフルを撃ち放つ、命中させるつもりは無いが、一瞬反応し機体が身じろぎするのを、ケイトはもはや小動物でも眺めるかのような心持で見ていた。
『ハァー...無駄なことばっかりしちゃってさ。アタシにそんな体たらくで勝てるわけないのに。』
無反動砲の弾を僅かに“アディクト”を横に逸らして悠々と回避して言った。
ハンフリーは同じアイギスのはずが、パイロットの差でここまで違う物かと歯嚙みする。
だが、その時“アディクト”に遠く離れた位置に待機している母艦からの警告その内容は...
『んん?アイツ、押されているのか?』
ケイトは両手のプラズマライフルで“スティングバイト”と戯れ、“ピオリア”を小突いて高揚している気分を台無しにする騒々しく鳴り響く僚機の危機を知らせる警告を怪訝そうに眉をひそめて眺める。
アイツ...あれだけ言っておいてこの程度の良いとこ中堅のしかも散々侮ってきたGMCのアイギスに一対一で苦戦しているというのはいささか解せない。
新たに何者かが乱入してきたか、もしくは“St.マルタ”は真の実力を隠していたのか...?
なんにせよ救援に向かうべきだろうか?しかし、いくら弱敵で武装も残り少ないとはいえ、“スティングバイト”を置いてこの場を離れ“マリー・アントワネット”の救援に向かえば、味方のコンバットアーマー部隊はアイギス二機を相手取ることになる。
それではうまくない...
『へッ、どうも奴さん随分と苦戦しているようじゃないか、アアッ!?ソフィアは私たちよりも幾分か腕が立つのさ。あの娘を侮ったな?』
ソフィアは本人が思っているよりも随分と腕が立つ。評価が低いのも支援機を駆り、積極的に前に立とうとしないが故であり、実際に協働してみればあの娘の技量は並み以上のものだ。いかな精鋭部隊のパイロットと言えど、所詮は三番手と四番手、彼女を舐めてかかれば痛い目に会うのは必然だ。
『ウェー...メンド。んーー...ま、いっか。』
しばらく逡巡した後、ばっさりとケイトは警告を無視した。
あれだけ言っておいて死んだらそれまでの事だし、助けたら助けたで文句言われそうだから自力で切り抜けるだろうと考えその時点で奴について考えるのは中断し、機体を急加速させ、“スティングバイト”を蹴っ飛ばした。
—————————
レーザー光線が装甲を溶解させ、警報はよりけたたましく鳴り響き、そして...
『エネルギーシールド消失、危険な状態です!』
『オイ、どうなってやがんだ!?』
頼みのシールドをはがされ、敵機は目の前、ついに敵弾が機体に直撃し装甲に円状の傷をつける。
ここに大口径の無反動砲が直撃すれば致命傷となりかねない、エネルギーシールドの再展開を待つ時間もない!
『だが、勝つのはオレだ!』
再びデブリ帯に“マリー・アントワネット”が突入した。“St.マルタ”が作り出した空白地帯をついに突破したのだ。
そしてちょうど真後ろに巡洋艦と思しき残骸、真下に機体をラピッドアクセラレーションで移動させさらに連続で吹かし、素早く残骸の後ろに身を隠す。
ちょうどグレネードランチャーのリロードも完了、後は無防備にデブリ帯に突っ込んできたあの女に食らわせてやるだけ。
「うおおりゃあぁぁぁ!!」
だが、裂帛の気合と金属がひしゃげ粉砕する音、パイロットの雄たけびと共に重量機の装甲と装甲そして質量に任せて“マリー・アントワネット”が隠れるデブリを粉砕しながら“St.マルタ”が現れた。
『バカなッ!?』
驚き叫び、咄嗟に機体を後退させようとするがもう遅い、そのまま残骸の金属片をまき散らしながらスピードを維持したまま二つの機体が衝突した。
「ンアァァァっ!?」
『グオォッ!?、クソがッ!』
凄まじい衝撃によって“マリー・アントワネット”は左手のレーザーライフルとECMメーカー、分裂ミサイル発射装置そしてメインカメラを粉砕され、対する“St.マルタ”も胸部正面装甲を大きくひしゃげさせ、頭部カメラを保護するバイザーが粉微塵に砕け散った。
その惨劇の最中、衝突し揺さぶられながらかろうじて必死に背部グレネードランチャーの引き金を引いた。
その弾が更なる破壊を引き起こし“St.マルタ”の左腕を吹き飛ばし生じた爆炎が“マリー・アントワネット”を弾き飛ばした。
『ハァーッ、ハァーッ...舐めやがってクソアマが!』
体勢を立て直し、粉砕され使い物にならなくなったレーザーライフルを放り捨てると、機体に格納されていた小型レーザーブレードを左腕のハードポイントに装着し、起動する。
「...どうしよ、こっから」
ここまでやっとの思いで追いつめ、捨て身の攻撃でダメージも与えたが、未だにほとんどの武装は健在の上にこちらの受けたダメージと比較すればまだ向こう側は軽微と言えた。
だが、こちらは満身創痍。武器も無反動砲以外は失った。
『んの程度で...オレを殺せるとでも?図体ばかりデカい鉄屑が...!』
ロックオンアラートが、分かり切った危機を知らせるが、この状況では...
レーザーブレードを構え、“マリー・アントワネット”が機体を発進させようとする。
だが突如として、彼らのすぐ脇を巨大で青いレーザービームの光芒が掠め、デブリを蒸発させていった。
「ッ!?何が起こって?」
『んだってんだこんな時に!?』
二機は同時に困惑した。すなわち、これはどちらかが用意した切り札などではない!
『ソフィア応答を!すぐに船に戻って!“ピオリア”が攻撃されてる、危険な状況よ。』
「ナタリアさん!?何、何が起こっているの!」
こうして会話している間に、この宙域のあちこちに青い光の筋が降り注ぐ。
“ピオリア”とその周辺や、当然こちらにも。
「うわわっ!?」
余りの状況に二機ともその場から跳び退き、お互いが保っていた必殺の間合いを離してしまうが、今はそれどころではない。
『“マリー・アントワネット”ー、聞こえてる~?』
『何のようだ“アディクト”!こっちはテメェの話なんか聞いている暇じゃ...』
『一旦作戦中止で引き返せってさ!』
リベレーターの言葉を遮って言われたその命令に、彼は目をむいた。いくら状況がひどかったとして、ここまで来て撤退とは!?
『なんでだ!?』
『それが母艦が攻撃されててヤバいって話ー...』
だが、母艦が攻撃されているとなれば話は別だ。帰り道を塞がれて宇宙空間で放置と言うのはいかにアイギスであってもまずい状況だ。
『クソッ!分かった帰還する。今回はこれくらいにしといてやるさ!』
吐き捨てると素早く機体を転進させ、撤退していった。
「勝手にしてよ...」
これくらいにしておくと言われても...逃げる敵機の背中を今から追って撃ってもいいが疲労からか、その気にはならなかった。
だが、疲れている場合でもない。最初危機が去ったとしてもすぐさま次の危機が既に訪れている上に状況がつかめていない。
「ナタリアさん!状況は!」
機体を“ピオリア”の方に急速発進させながら、ナタリアさんに問いかける。
『まだ明確には掴めていないけど、分かっていることを教えるわ。』
ふと、“マリー・アントワネット”のECMメーカーの範囲から逃れたことで機能の回復したレーダーを見た。
『どうやら私たちはいささか派手にやりすぎたようね...』
レーダーには敵を意味する赤色の光点が、これでもかと無数に思えるほどに大量に表示される。
『FSAPU——厄介な時に現れたものね...』
大量に迫りくる人工物と有機物の中間のような、半透明の物体を確かにソフィアは明確に目視し、ため息をついた。
重量級聖女と小さな傭兵のお話 A230385 @kurokami446
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