第4話 商いと知る苦労

「だっ、大丈夫ですか?」

 予想だにしていないタイミングでの呪いの発動で普段よりも過剰な反応が体を襲う。

 あまりの衝撃に膝を落とし身体がガクッと降下する。

 それと同時に意識も遠のいて行く。

 大丈夫、そう言い切る前にその細くなった意識の糸はプツンと切れてしまった。

 

 目が覚めるとそこには見知らぬ天井が広がっていた。

 いつものかび臭い匂いもせず、その代わりに金木犀の心地よい香りが広がっている。

「ここは......」

 身体を起こし布団を除けるとあちこちに手当てが施されていた。

「そうか、俺倒れたのか」

 まだ動かすと痛い四肢を使い部屋から出ると、食欲をそそる匂いがお腹を刺激した。

 その匂いに引っ張られるように明りの漏れる部屋へ足が進む。

「あっ起きたんですか、気分良くなりましたか?」

 こちらに気づいた少女はそう問う。

「もう大丈夫だ、いろいろしてもらったようで申し訳ない」

 巻いてある包帯を指さしてそう答えると、微かに薬草の匂いが漂った。

「当たり前のことをしただけですよ」

 彼女の言葉に温かい気もちになった。

 先ほどとは打って変わって彼女はエプロンに青っぽいパンツを身に着けている。

「いい匂いがする、私も頂いていいかな?」

 彼女は、はいっと頷きトテトテと台所へと向かった。

「シチューで、あってるかな?」

 そう聞いたのは、私が知っているシチューとは見た目も具材も異なっていたからだ。

 私が知っているシチューには鶏肉、ニンジン、ジャガイモと色々な食材がゴロゴロと入っているものだ。

 しかし私の前に出されたのは色も薄く、具材も所々にしか見当たらない。

「はい、これでも出来るだけ具材を入れたのですが......」

 彼女は申し訳なさそうに顔を下げた。

(これでも入ってるほうなのか)

 酒場の料理は量が少ない何てことはなかった。

 村全体が貧困しているわけだはなくただ彼女の家庭があまり裕福ではないのだろう。

「そう言えば親御さんはどこかな、御礼も兼ねてご挨拶させていただきたいんだけど」

 私の問いに彼女は下がっていた顔を一瞬上げ口を開けた。

「死にました、半月ほど前に」

 その声には酷い喪失感がのっていた。

 目には薄い涙が浮かんでいて、よりその美しさを引き立てていた。

「そうか......苦労、したんだな」

 十六歳ほどの少女が半月前に両親を亡くし、今一人精一杯に生きている。

 手当までしてもらってそのうえ食事まで。

「いただきます」

 シチューを食べる私の手が、止まることは無かった。


 

 


 

 

 

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商いと君と宝石。 煎れ為替派 @iregawaseha

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