第1話 【5】

 すっかり夜だ。村人たちがランプを手に、裏山を心配そうに眺めていると、キャタピラ音と赤い光が近づいてくる。「おーい、帰って来たぞ!」


 大きな恐竜を引っ張りながら、村に戦車が帰って来たのだ。

 戦車の砲塔に乗る子猿が松明を振って、彼らに無事を知らせる。

「おーい、ティラノを討ち取ったぜい! 今夜はステーキだぜい!」


 その夜、猿飛金之助と子猿のコウは教会で事件の真相を話した。

 魔術師を名乗ったジャレッド・マーティン、彼の正体はギャングのメンバーで、手口は魔術で恐竜を操って村を襲わせ、その恐竜退治をする救世主のよう登場して代わりに資産を奪うものだ。


「――いわゆる『ヒーローショー事件』というもので、北の方で流行っている特殊詐欺だよ」と、夜が明けて村にやって来た自由維持軍傘下第11州警察署の憲兵が忍び装束の事件屋に告げる。


 彼らは恐竜来襲の通報を受け、だいぶ遅れて荷車を従えた戦車でやって来た。手錠が掛けられた魔術師を荷車に乗せる。


「救世主と思わせて実は悪党でした、か。人を騙せる演技力があるなら、ミュージカル役者でもやればいいじゃねーか」

「その通りだね。人を騙す才能はエンターテインメントだけにしてほしいよ」

「あの、サムライニンジャ」


 生き残った兄が猿飛金之助に話しかけた。彼は右腕を骨折しており、首から包帯を提げている。「なんだ? ステーキ食い過ぎて腹いてぇのか?」


「俺もサムライになりたい。どうしたらいいんだ?」

 法被を着た子猿が一言もの申す。

「いーや、ニンジャになれよ! ニンジャの方がカッコいいぞ!」

 主人が全力で伝える。


「いーや、サムライになるべきだぞ! サムライのほうがカッコいいし、強い!」

「嘘つけ! オイラが《仮面融合》しなければ、恐竜の首を取れなかっただろ!」

「あれは……本気を出さなかったんだ。練習だよ、技の練習」

「じゃあ、とっとと本気になれや! オメェのサムライ、沖田より弱っちいから!」

「沖田より弱いって言うな! てか、あいつの名前を出すな! 思い出すだろ!」

「思い出すって、あんな無様に負けたときのことか?」


 兄の目が輝く。「その沖田って、サムライニンジャよりも強いサムライなの?」

 子猿が褒め称える。「強い強い! めちゃくちゃ強いぞ!」

「そうなんだ……会ってみたいな……」


「いーや、会わない方がいい。生意気だし、女にモテるし」

「キンスケよりもカッコいいし、強いし、イケメンだし」

「さっきからずいぶんとケンカを売ってくるじゃねーか、このチビ猿が!」

「そら、そうだろ! 昨日のうちに帰る予定だったのに、翌朝じゃねーか! オイラ、ヒゲゴリに怒られたくねーもん! またおやつ抜きにされちまうもん!」


 兄が問いかける。「俺……大和国に行ってみたい。どうすれば行けるんだ?」

「大和国は遠いから、めっちゃお金が必要だぞ?」

「やっぱり、金か……」


 うつむく子供に、爽やかな軍人が助言をする。

「だけど、君は若いだろ? 軍の養護施設に行って、勉強を頑張って、就職してお金を貯めれば旅行に行けると思うよ」

「軍の養護施設……」


 両親、弟を失った彼は迷っていた。このまま村に残るか、軍の養護施設に行くか。

「サムライになる夢があるなら、強くなったほうがいいじゃねーか。軍の養護施設なら、戦闘訓練で剣術ぐらい教えてくれるだろ?」

「ああ、基礎訓練で剣術は教わるよ。僕は苦手だけどね」

 

 夢という一言が子供の心に響く。「夢か……キンスケにはあるの?」

「俺はあるぞ、スーパーカラクリランドを作るんだ」

「……なにそれ?」

「お前みたいな親を亡くした子供たちが楽しく働いて、腹いっぱいメシが食えて、たくさん遊べて、そのまま住めるスーパーな遊園地さ」

「なにそれ、楽しそう!」


 少年の目が輝く。金之助が少年の頭を撫でる。

「だろ? だからよ、夢を持て! 血生臭い殺し合いより幸せに生きられる」

「わかった! 絶対、俺、サムライになる! そのために大和国に行くよ!」

「おうよ!」


「それで、沖田って人に会うんだ!」

「なんで、そーなる」と、苦笑いだ。「いや、会わなくていいから」

「いーや、絶対に会う! 会って、弟子にしてもらうんだ!」

「そろそろ村を出るよ」


 軍人が声をかけた。戦車に乗った少年が旅立っていく。村人たちが手を振って別れを惜しむ。


 道すがら、軍人と少年は談笑していた。「大和国って、今大変なんだ」

「内戦していたからね。あのサムライニンジャは出稼ぎにきたんじゃないかな。仲間を殺すのがイヤでフリーダムに来たと言っていたから」

「そうなんだ」


 運転する、やさぐれた軍人がタバコを吹かしながら不満を漏らす。

「しっかし、この国は本当に金、金、金だよな。どこが自由なんだ?」

「自由を得るには金が必要なだけだろ?」

「にしてもよ、ガキのおむつ代が高くなってんだよ。嫌になっちまうぜ」

「ガイア共和国が大和国に軍事支援したから、その煽りだってさ」

 

 タバコの吸い殻に怒りをぶつける。

「マジかよ……もっと値上げするってことか?」

「かもね」

「あー、金欲しいわ。お前もそう思うだろ?」

 気まずそうな子供に尋ねる。「うん……欲しい。いい墓を建てたいし」


「だよな。いい親孝行だな。腹減っているだろ、これ食えよ」

 憲兵はアップルパイを差し出した。保護した子供が食べると、5分もしないうちに眠りにつく。「おいコール、何をしたんだ!」


「何って、眠らせただけだろ」

「眠らせたって……」

「このガキを売ろうぜ、恐竜マニアにさ」

「おいおい、冗談だろ?」

「本気だよ。ポール、噂で聞いたぞ。キャバ嬢に貢いで金ないんだろ?」

「な! どうしてそれを……」


 子供を起こそうとする爽やかな軍人は唖然とする。


「人の噂は止まらないって言うだろ? なぁ、ネックレスでも買ってプレゼントしたいだろ? 彼女の喜ぶ顔が見たいだろ?」


 戦車が横道に逸れていく。憲兵はダイヤルを変え、無線をどこかにつなげる。


「もしもし、モーリーさん? オスガキ一匹売りますけど、どうです? 可愛い恐竜ちゃんのエサに……え、そんなに頂けるんですか、あっざーすっ!」


 戦車が停まる。荷車のドアが開き、軍人が囚われのギャングに問いかける。


「いくら払えます、魔術師さん? 最低でも、100万はもらいたいんですけどね」

 魔術師はニヤリと笑った。「100万でも、200万でも払いますよ」


 この国は金が全て、金を稼ぐものが正義、金を稼ぐ方法は自由――それが自由民主国フリーダムだ。

 

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サムライ・ラッシューニンパン編ー だいふく丸 @daifuku0

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