第1話 【4】

「――わけがねーだろうが、ボケナスタコスケ!」


《金之助流 富士山大好切り》


 兄が生きることを諦めたとき、恐竜の頭頂部目がけて斬撃を放つ男が現れた。

 ギンッッッッッ!


 しかし、その斬撃では恐竜の硬い皮膚を切り裂けなかった。

 だが、脳震盪を起こしており、大きな頭が左右に揺れている。


「あ、あんたは……」

 見慣れない装備からして、兄は戦車の持ち主だと気づいた。


「あんたは、じゃねーよ。人の戦車を盗んで、あんな泥だらけにして……あの戦車はな、レンタルなんだよ。毎月のレンタル料、めっちゃ高いんだぞ。ぶっ壊したら、マグロ漁船に売り飛ばすからな」


《マジカルエフェクト《魔法発動》 マッドバインド《泥の束縛》》


 茶色い光が輝き、恐竜の足元を泥が固めていき、身動きが取れなくなる。

 俊足恐竜に乗る魔術師と、馬に乗る子猿が二人のもとへ駆け付ける。


「ご無事ですか、猿飛さん!?」

「キンスケ、大丈夫か!?」

「俺は大丈夫だが……こいつの弟が食われちまったらしい」

「マジか……とりあえず、馬に乗せとけって」

 

 兄は意気消沈としている。言葉が出てこないようだ。

 猿飛金之助は彼を馬に乗せて、ゆっくりと近づく三頭目の恐竜と対峙する。

 よだれが地面に落ちた。今だと、金之助は全速力で遠ざかる。

 咆哮を上げたティラノサウルスも追いかける。


「お猿さん、ここは任せましたよ!」

 魔術師も恐竜に乗ったまま追いかける。

「おっしゃ、任せとけ!」

 と子猿が自信満々に胸を張った。バリバリバリ、とイヤな音がする。


「うんん!? なんだなんだ?」

 二頭目の恐竜を縛っていた泥がはがれていくのだ。

「ななな、なんなんだよーッ!?」

 子猿目がけて、大きくて太い尻尾が振り回されたのだった。




 ネズミのよう素早く動き回る人間に、大型恐竜は天を見上げた。

 その隙を逃さず、木の枝から斬りかかる。


《金之助流 ざるそば大好切り》


 ギンッッッッ! またしても鋼鉄のよう硬い皮膚が切れなかった。

「クッソ……サムライとして不覚だぜ……」


マジカルエフェクト魔法発動 マッドバインド泥の束縛

 

 魔術師が魔術を唱えるも、三頭目の恐竜には効かなかった。


「これが噂のスーパーザウルスか……」

「なんだよその、すーぱーなんちゃらって」

「東海岸で噂になっている『魔法が効かない恐竜』のことです」

「村人が言っていたアレか」

「人間と恐竜の戦いで、恐竜側も学んだんです」

「なんだよそれ、猿よりも賢いじゃん」

 

 金之助が立つ大木の枝目に、その幹と同じ大きさの尻尾が襲う。

 とたんに樹木が折れてしまった。


「マジか、まるで刀だな」と、隣の大木に乗り移っていく。

 ティラノサウルスが次々に尻尾を振っていく。


 隙を狙って首筋を狙って斬りかかるも、やっぱり皮膚は頑丈だった。


「カーッ! どうすりゃいいんだよッ!」

 自慢の刀剣が通用しない。無傷の魔術師が提案する。


「僕がオトリになります。その隙に心臓を刺してください!」

「危ないだろ、食われちまうぞ!」


 マーティンは補助系魔術師だ。万が一の場合を想像して制止する。

 しかし、マーティンはわざと魔法杖の魔宝石を真っ白に光らせて恐竜を誘う。


「そうしないとスーパーザウルスを討伐できません! ほら、こっちへ来い!」 

 狙い通り、惹きつけることに成功する。


「よし!」と、金之助が地上に降りて忍び足で恐竜の背後を取る。

 だが、いきなり後ろを振り返った。大きな口を開けて、襲い掛かったのだ。

 

 喉奥がピカリと光る。「跳べ、キンスケッ!」

 相棒の声に、なりふり構わず横跳びだ。

 恐竜が放った光線は地面と周囲の樹木を無慈悲に焼き払う。


「おいおい、ビームなんて出せるんかよ、このティラノちゃん。てかコウ、なんでこっちに来たんだ、危ねぇだろ!」


 子猿がぴょんぴょん跳ねて、主人の肩に乗る。


「お前がアイツを遠ざけたら、魔法の泥が取れたんだよ!」

「なんだそりゃ!?」

「なんだって、そら――」


 子猿が真向かいに堂々と人差し指を伸ばした。


「お前、どうして恐竜に襲われないんだよ!」

 魔術師、ジャレッド・マーティンが不敵に笑う。


「フフフ。今のは、さすがにバレますね」

「どういうことだよ、コウ」

「たぶんだ、あの魔術師がティラノを操っているんだ。じゃないとおかしいって。キンスケが襲われたとき、恐竜は背中を向けていた。なのに、いきなり振り向いたんだ。あの魔術師が恐竜に合図をしたんだよ!」

「たしかに……合点承知の金之助だなこりゃ!」


 今までの戦闘を振り返ると、その疑問の答えが子猿の言葉に詰まっていた。


「あなたたちを殺して戦車を奪おうとしたんですけど……欲張りすぎました。おかげで一頭、やられちゃったし……あのガキ、ケツ毛から燃やしてやりてぇよ!」


 魔法杖を天に掲げると、二頭目の恐竜が飼い主の元へ近づく。


「あの年じゃ、まだ生えてねぇだろよ」

「だったら、穴にダイナマイト突っ込んで殺したるわ。あのティラノは戦車よりもたけぇんだ。こんな田舎のガキに殺されたんじゃ、ボスにケツ毛燃やされるんだわ」


 その言葉に金之助の眼が鋭くなる。「ボス……お前、まさかマフィアか!?」

「まだマフィアじゃねーよ、俺はギャングだ。無駄話してると、日が暮れる。とっととこいつらの餌になってくれよ、お猿さんよ」

「夜が嫌なら、ピンピカピンな黄金でも拝ませてやるぜ! やるぞ、コウ!」

「おっしゃーっ! 村の仇を討つ時が来たぜい、キンスケ!」


 金之助とコウが同時に合掌する。子猿が仮面に変化する。

 そして、その仮面を人間が装着すると、黄金色に輝きだした。

 まるで森林に生えた太陽だ。恐竜も魔術師も眩しさに顔を背ける。


「花は桜木、忍びはニンジャ。月下に踊るはお山の猿よ。お待たせしました、千両役者がご登場、《金色こんじき猿猴しょうじょう》こと、申神さまのおな~りだいっ!」


 歌舞伎の見得を切るかのごとく、自慢の刀剣を振り回すのはさきほどの人間ではない。黄金色の霊気と甲冑をまとう、同じ色の毛並みをした猿だ。


「これは……精霊か? 人間に変身していたのか、どうりで猿と話せるわけだ」

「オレが人間? おめぇ、頭がたけぇぞ、下がれよ。カミだよ、カミ、申神さまだ」

「ずいぶんイキった猿だ。大人しく食われて死ねよッ!」

「お前がな」


大和万象やまとばんしょう 風林火山ふうりんかざん


 瞬き一瞬、一頭のティラノサウルスが倒れた。いや、頭が斬られたのだ。

 あまりの早業に言葉を失う魔術師だ。


「改造ティラノを斬っただと!?」

 バタリ、理解が追い付かないまま最後の一頭も絶命する。


「ティラノの首、討ち取ったり!」

 仕留めた恐竜を足蹴に、仁王立つその猿は神々しい刃を向けた。


「どうする、お前? 神に逆らうか?」

「神に逆らうだと? それがマフィアの生き様だろうがッ!」


 しねえええええええええええええええええええええ、ばこんっ!


「はぁはぁはぁはぁ……やった、やったぞっ!」

 背後から木の棒で魔術師を倒したのは、木陰で隠れていた兄だった。


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