第1話 【3】

「――大和国のおサムライさんなんですね」

「マーティンさん、サムライを知っているんですか?」

「これでも魔術師の端くれ、大和国の魔法を調べたことがあるので」

「コイツはニンジャですんで」


 ビックリ仰天、スーツの男の声が裏返る。

「ニンジャ!? ニンジャでもあるんですか!?」


 馬の上、飼い主に肩車してもらう法被を着た子猿が胸を張る。

「そう! キンスケはニンジャです!」


 忍び姿の飼い主がそっけなく補足する。

「いや、ニンジャは廃業しました。今はサムライです」

「ということは、サムライニンジャってことですか……」

 

 村人から借りた馬に乗る猿飛金之助と相棒のコウ、手懐けた俊足恐竜に乗るジャレッド・マーティンは村の裏にある森林を探索する。

 村の子供たちが乗った金之助の戦車『ムサシ丸』を奪還し、村を襲撃した恐竜を討伐するためだ。先に討伐した方が村と契約できる。


 村と契約する目的は、金之助がパン屋に卸す野菜を安くしてもらうこと、マーティンは土地を安く賃借するためだ。

 

 幸運なことにキャタピラーの痕跡が道に残っており、追いつくのは時間の問題で、彼らはお互いの身の上話で時間を潰していた。

 

「マーティンさんはどうして事件屋になったんです?」

「魔法の才能があったから、とお答えしましょう」

「自信満々ですね。さぞかし、お強いのですね」

「ええ、私は強いですよ。でなければ事件屋になりません」


「やっぱ、お金ですか?」

「ですね。なんせ、私の父がビジネスで失敗しまして、多額の借金を背負ってしまい、学生時代は本当に貧乏で貧乏で貧乏で」

「ド貧乏だったんですね」

「ドドド貧乏でしたね。ランチはパンの耳に砂糖でした。でも、魔法の才能があったんで、今ではたくさん稼いで美味しいものを食べて、パーティーができる広い家に住んでます。いやはや、この才能を授けてくれた神に感謝です」


 魔術師が訊き返す。「猿飛さんはどうして事件屋に?」

「オレには夢があるからですね」

「はて、夢とは?」

「スーパーカラクリランドを作りたいんです!」

「す~ぱ~、からくり……ランド?」

 

 子猿が笑顔で話す。「そーそー! オイラたち、遊園地が作りたいんだ!」

 魔術師が再び声を裏返す。「遊園地を!? とんでもない費用ですよ?」


「そーなんですよ。お金がたくさん必要で、何億個アンパンを売ればいいのやら……考え出すと気が遠くなるんですけど。この国って、けっこうホームレスな子供がいるじゃないっすか」

「お恥ずかしい限り、育児放棄はこの国の社会問題ですよ」

「そいつらが腹いっぱいメシ食って遊んで住める家を作りたいんです。どうせなら、どでかい遊園地がいいなって。ついでにそこで働けるし」


「なるほど……そのカラクリ、とは?」

「オレはニンジャ家系で、その家臣にカラクリ技師という機械を作る発明家がいるんです。その発明家が建てる家は、開けてビックリドッキリばっかりな感じで、けっこう楽しくて、そんな遊園地を作りたい、それがオレの夢ですね」


「異国の方がそんな素敵な夢をお持ちとは……」

 俊足恐竜の足が止まった。顔を左右に振り、鼻先を鋭くさせる。

「どうやら近くにいるようです」

 そのとき、静寂を切り裂く鋼鉄の咆哮が鳴り響いた。




 5分ほど前、一台の戦車が森の中を爆走していた。その速さは小動物が一目散に逃げだすほどだ。「兄ちゃん、速いよ!」

「しょうがねぇって、あの変人が追いつくだろ! 追いつかれたら、この戦車でアイツを殺せなくなるんだぞ!」

「わかってるけどさ!」

「いーや、わかって……イ、チイッッッッ!!」


 なにせ初めて運転する戦車だ。畑を耕すトラクターの操縦とは大違いだ。

 猛スピードで動いているため、道端に転がる大きな石や丸太を乗り越えるたびに大きく機体が跳ねて、兄弟たちの頭には何個もタンコブができた。

 

 機体の揺れが静まると、弟が泣きべそをかく。「兄ちゃん、いってぇよ……」

「俺だって、いてぇよ! とーちゃんとかーちゃんはもっと痛かったはずだ!」


 堪えていた涙が溢れでていく。兄弟を逃がすために瓦礫の盾となった両親だ。

 翌日、踏みつぶされた二人を見て必ず仇を討とうと決めた。


 だが、生き残った大人たちは金、金、金の話ばかりだった。死んだ者たちのためにひと肌脱ごうとする人間はいない。しょせん、自分だけが可愛いのだと悟る。


『困っている人がいたら、助けてやりなさいよ』

 微笑む母親が兄弟の脳裏に浮かぶ。ありきたりなトウモロコシ農家だったので裕福ではないが、夕食のときは他愛のない話があればお腹いっぱいだった。

 そう、幸せだった。


「絶対に、絶対に、絶対にアイツをブチ殺して、食ってやろうぜ!」

「絶対にステーキにして、とーちゃんとかーちゃんの墓に供えよう!」


 ドシ、ドシ、ドシ、ドシ……ッ!

 目の前からゆっくりと近づく足音が車中、操縦席まで届く。

 兄弟の殺意が反応する。「もしや……」


 前方の小窓を開けて、限界まで目を見開く。

 薄暗い森の中でも、その大きなシルエットは忘れない。

 

 ティラノサウルスだ。


 樹木の枝がざわめき、葉がささやくよう揺れ動く。鳥たちの声は消え、その存在感はどこか余裕があり、恐ろしくもあり、幾多の命を平らげてきた圧倒的な生命力が兄弟の息を止める。


 そして、闇が少しずつはがれていく中で、漆黒の鱗や鋭い爪、大きな口から垣間見える牙がほのかに輝き、その存在感が森林の絶対王者だと説明していく。


「兄ちゃん……」

「静かに……」


 兄は弟と入れ替わるよう砲手席へと移り、ハンドルを回して照準を合わせる。

 そして、装填していた竜撃砲のレバーに手をかける。

 だんだんと息が荒くなる。心臓の鼓動が速まり、はち切れそうなぐらい膨張する。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す……死ねぇえええええええええええ!!!!」


 力強くレバーを押した。長身の砲塔から放たれた金剛石の轟音が森を貫く。

 まるで雷鳴が鳴り響くかのようだった。命乞いなどさせない。

 一瞬にして大型恐竜の心臓を突き抜けて絶命させた。爆風が木々を激しく揺らし、砲塔から白い煙、肉塊から土煙が立ち上った。


「よっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」


 兄と弟は何度も何度も抱き合った。鼻水が服についても構わない。

 車体の天井フタを開けて、横たわる両親の仇に叫んだ。


「どうだ、殺人恐竜ッ! 人間、舐めんじゃねーぞ、クソがッ!」

「あのさ、兄ちゃん」弟が喜ぶ兄の背中を見て我に返る。

「なんだよ」

「もう一頭いたよね」

「もう一頭って、全部で三頭って……あ!」


 二人の時間が止まった。戦車の真横から絶叫が轟いたからだ。

 王者の突進が戦車に直撃し、車体が石ころのよう転がっていく。

 兄弟の身体は宙に浮いた。運悪く、弟が大きな樹木に当たってしまう。


 ゴギッ……鈍い音がした。背中の骨が折れてしまったのだ。

 草木に助かった兄は叫んだ。「ミゲル! ミゲル! ミゲル!」

 弟から返事はない。「クソぉ……なんで俺はバカなんだよ……」


 不覚だった。殺意の衝動が状況判断を鈍らせた。

 自分の未熟さゆえ、再び涙があふれ出る。不吉な鈍い音が森林に響く。

 ドシ、ドシ、ドシ……重たい足音と黒い影が近づいてくる。


 ふと顔を見上げれば、大きな口が深淵のようこちらを覗いていた。

 あ、死んだ。

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