第1話 【2】

「風を切り裂け、ムサシ丸!」

「駆け抜けろ、ムサシ丸!」

「敵を蹴散らせ、ムサシ丸!」

「竜撃砲だぜ、ムサシ丸!」

「オーオー、我らの~、ムサシま~るぅ!」


 猿飛金之助さるとびきんのすけと相棒の子猿コウが住む港町のウェイバリータウンから北東50キロ離れた自然豊かな田舎村への道のりは、非常に楽しいものだった。


 桃の家紋の旗をなびかせる戦車は緑豊かな丘陵地帯を進み、森林へと入る。道路の脇には青々とした木々が立ち並び、枝葉を撫でる風の音が心地良い。

 しかしながら、森林を抜けた先、視界に広がった農園は華やかな歌声を奪ってしまうほど悲惨な光景だった。


 その大型恐竜は大きな足でトウモロコシや小麦の畑を踏み倒し、抗戦した憲兵や農夫たちを肉塊にしたようだ。農園を片付ける村人たちが戦車に声をかける。


「事件屋か? よく来てくれたよ」

「派手にやられたな。ティラノか?」

 金之助とコウが操縦席から顔を出す。ヘルメットを被ったまま大きな足跡の穴へと降り立つ。「そうだ。5メートルはあったよ」


「大型だな。強かっただろうな」と、飛び散った肉片で推し測る。

「聞いてくれよ。あいつ、魔法が効かなかったんだよ」

 と三角巾を巻く村人が興奮気味に話した。


「魔法が効かなかった?」

「魔法剣で戦ったが、歯が立たなかったんだ。といっても、俺たちは魔術師じゃないから、その理由はよく分からなくて……なぁ、どうしてなんだ?」

 

 桃の額当てをする男は死体のそばに落ちていた刀剣を眺める。その刀剣には魔宝石という魔力が宿る特殊な宝石が装飾され、魔道具と呼ばれるものだ。誰でも呪文を唱えることで特定の魔法が使えるようになる。


「悪い……俺も魔術師じゃないから説明はできない」

「お前、魔術師じゃないのか?」

「俺は……サムライだ」


 驚く農夫たちに腰に差す自慢の刀を抜く。鍛冶職人が一刀入魂したその刃文には故郷の山脈がかたどられている。その一品に、農夫たちの目が釘付けになる。


「サムライ……?」

 彼らにとっては新鮮な言葉だった。田舎ということもあるだろう。

「ああ、サムライだ。だから安心していいぞ、俺は強い!」

「そうだ! オイラたちは強いんだぜ! これまでにも恐竜どもをムサシ丸でブッ倒しているんだぜ!」と、法被を着た子猿が胸を張る。


「おお、そうか! とりあえず、村で話そう。村はもっとひどいんだ」

 恐竜が暴れまくったのだろう、村は住宅の瓦礫がそこらに落ちている。


「なんで……なんで、とーちゃんとかーちゃんが……」

 客人は、住宅ごと踏まれただろう、両親の遺体の前で悲しみにくれる兄弟を不憫に思う。「キンスケ、かわいそうだぜ」

「だな。とっとと仇を討ってやろう」

 子猿とともに静かに両手を重ね、死者を弔った。

 

 そして、無傷だった教会で昨夜の出来事を聞く。

 夕暮れ過ぎにそのティラノサウルス、三頭が来襲したようだ。

 駐在所の憲兵と農夫はすぐに迎撃へと向かったが、魔道具の武器が通じず、村はご覧の通りになったと村人たちが説明する。


「ところで、お前はちゃんとした事件屋なのか? ライセンスを見せてくれ」

「いいぜ、これがライセンスだ」

 相棒の子猿が差し出されたトウモロコシを貪る中、自信満々に賞金ハンターの証である手帳を開け、中の白色の星を見せた。「なんだ……ルーキーかよ」


 テーブルを挟んだ向かいの農夫たちが肩を落とした。

 自由民主国『フリーダム』では賞金稼ぎ、通称『事件屋』を五段階にランク付けしている。新人を示す白星から始まり、一つ星は銅星、二つ星は銀星、三ツ星は金星、最高ランクの四つ星は黒星だ。


 事件屋は居住地の最寄りにある警察署および軍施設で所定の手続きを踏めば誰でもなれる。門戸が広い理由は、自由民主国の国家方針は小さな政府であり、国民の自由を最大限保障するからだ。治安を守る自由維持軍および傘下組織である州警察は私人間トラブル、殺人事件でさえ介入は消極的だ。


 そのため、細かなトラブルに対応する民間警備会社が存在し、彼らが雇う事件屋たちが案件や事件を解決している。むろん、恐竜退治も彼らが請け負うが、死のリスクが高いほど多額の費用が必要となる。


 肩を落とす村人に、不満顔の自称サムライだ。

「そんながっかりするなよ」

「いやー、申し訳ない。悪気はないんだ」

 牧師が軽く謝るが、立っている若い衆が口々に話す。


「やっぱ、懸賞金が少ないからルーキーしか来ねぇって」

「しょうがないだろ、収穫期にやられたんだ。これ以上は金が出せない」

「ほんと、この国はなんでも金、金、金だ」

「つーか、サムライってなんだよ、俺らより強いのか? 痩せたトウモロコシみてぇな身体じゃねぇか、こいつ」


 イラッ、サムライをバカにされては黙っていられない。

 突然、軽い腰を上げ、はっきりと告げた。「帰る!」

「申し訳ない! 悪気はないんだよ!」

 牧師が腕を引っ張って呼び止めるが、客人は顔をしかめたままだ。


「悪気しかねーじゃん! わざわざムサシ丸を飛ばして来てやったのに!」

「そーだそーだ! もっとモロコシを出せい!」

「わかったわかった! いくらでも食わせてやるから、話を続けよう!」


 牧師が慌ててへそを曲げた客人を宥め、若い衆を外へと追い出す。

「見ての通りだが、この村は農業で成り立っている。とくにトウモロコシと小麦で収益を上げていて、収穫期がもうすぐだった。だから、村人たちは腹が立って……」


 村を説明する牧師にも事情があるのだろうと、怒りの火を鎮め、再び椅子に腰を下ろした。牧師はというと、客人たちの素性に興味があるようだ。


「ところで、サムライとはなんなんだ? 見たところ君はフリーダムの人間ではないし……ガイア共和国の人間か? いや、肌がイエローだから中華の人間か?」

「いいや、大和国の人間だよ」

「大和国……?」

「だよな。大和国はこの国から見ればちっちゃい島国でめちゃくちゃ遠いからな。中華大国には近いが」

「そんな国の人間がどうして、自由民主国に?」

「それを話せば長くなる。サムライは大和国で強くてカッコよくて頼りになる男の象徴なんだ。ニンジャとは比べるまでもないほど」

「ってことは、沖田は強くてカッコよくて、頼りになるサムライってことか」


 トウモロコシを平らげた子猿が悪戯っぽく言った。

 思い出したくない宿敵の顔が浮かぶ。いつも金之助が恋焦がれていた服部ハツメが追いかけていたサムライの名が沖田竜司だ。

 生意気で強くて、あろうことか戌神の式神を従えていた。


 何から何まで金之助の癪に触り、大阪城決戦で殺し合ったこともある。

 過去の決闘が脳裏に浮かぶ。猿の姿から人に戻った金之助に対し、金色の人狼は刃先を向けて、こう告げたのだ。『キン、武士の情けだ。生かしてやる』


「沖田あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」


 発狂するサムライに驚愕する牧師だ。そのとき、バタン! 

 教会のドアが勢いよく開く。「お願いだ! アイツを殺してくれ!」

「この村を見捨てないで!」

「お前らはさっきの……」


 平常心を取り戻す金之助とコウには見覚えがあった。両親の亡骸を前に泣いていた兄弟だ。「お前ら、交渉中だぞ!」

 牧師が制止するも、兄弟は金之助の腕を引っ張った。


「あの戦車で恐竜どもをブッ殺してくれよ!」

「とーちゃんとかーちゃんの仇を討ってくれよ!」

「そうしたいんだが……イヤな奴の顔を思い出しちまったし……」

「強くてカッコいい沖田なら仇を討ってやるよな。サムライだもの」


 懲りない子猿からの挑発に、飼い主は苛立ちをぶつけるよう、食べかけのトウモロコシを取り上げた。


「おい、コウ! なんだ、さっきから沖田、沖田、沖田って……ケンカなら買うぞ、ゴラァ!」

「なんだじゃねーぞ、キンスケ! オメェはサムライじゃなく、大和国最強にして最恐のニンジャ一族、『大嶽の業火』猿飛家のニンジャだろうがッ!」


「ニンジャ?」牧師と兄弟が顔を見合わせる。

「ニンジャはな、辛気臭えんだよ。これからはサムライの時代なんだよ、お漏らし大好きボケザルがッ!」

「フラれた女のケツをいつまでも追ってんじゃねーや、女々しいタコスケがッ!」


 と、子猿が渾身のヒップアタックを飼い主の顔面に浴びせた。

 ブベボッ、と壁まで吹き飛んだ金之助はすぐに立ち上がって袖をまくる。


「はぁ……ルーキーはこれだから……」

「ごめんくださーい。すみませーん!」


 銅色の星型バッジをつけた、小奇麗な黒スーツを着こなす若い男が現れた。

 にこやかに挨拶をしたその男、ジャレッド・マーティンは単刀直入に告げる。


「私は民間魔術師の事件屋です。恐竜にお困りと聞きました。ぜひとも、私と契約してください。すぐ退治いたします」

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