サムライ・ラッシューニンパン編ー

だいふく丸

第1話 【1】


 リンリンリンリン……!

 目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、パン屋の主を起こす。


「あー、もう朝か……」

 重たい身体を起こし、カーテンを開け、夜明けすぐの陽射しを浴びる。

 大きな身体を伸ばし、両頬を叩いて気合を入れる。


「よっしゃ、今日も働くぞ!」

 部屋から出て洗面台で顔を洗い、歯を磨き、自慢の口髭を整えてパジャマから制服に着替えて一階へと降りる。「あれ……いねぇぞ?」

 肌寒さが残るパン工房を見て気づく。


「猿どもがいねーじゃねーか! デカ猿、チビ猿、降りて来い! 仕事だぞ!」


 二階の角部屋にはデカ猿とチビ猿と呼ばれる一人と一匹がスヤスヤと眠っている。

 寝つきがいいのか、主人の呼び声は夢の中まで届かなかった。


 ドドドドドドドドドドッ、ガチャ!

 カンカンカンカン……と大きなフライパンをかち鳴らす。


「いつまで寝とんじゃ、おバカちゃんが! 弟子は師匠よりも早く起きるのがマナーだろうが!」

 

 一人と一匹が飛び起きた。


「おおおおお、なんだなんだ!?」

「火事かなんかか!? あだッ、ツーッッッ!!!」


 二段ベッドの下で寝ていた青年は勢い余って頭をぶつけた。大きなたんこぶができたものの、音の正体を知ってホッとする。「なんだ、ヒゲゴリじゃねーか」


「ヒゲゴリじゃねーよ! 師匠だろうが、おバカちゃん! とっとと来い! 今日もうめぇパンを作っぞ!」

「へいへーい!」

 

 黒髪の青年と一匹の子猿は洗面台に行き、顔を洗い、歯を磨き、そのまま一階へと降りた。「よし! じゃあ、掃除頼むわ。俺は生地を仕込むから」


 真っ白な制服に着替えてきた青年と子猿は店の主に指示されて店前で掃除をしていると、自転車で新聞配達する帽子を被る少年に気づいて軽く敬礼する。


「ちーす、ケビン! ご苦労さんでーす!」

「でーす!」桃の家紋が入った法被を着る子猿も真似て敬礼だ。


「おはよー、キンにコウ! はい、朝刊。帰りに寄るよ」

「いつも悪いな。今日は寝坊しちゃって、ちょいと遅れるわ」

「今日はって、いつものことだろ?」

「これでも努力はした」と、見習いの青年は胸を張る。


「そーそー、俺たち、ドデカイ首長恐竜を仕留めていたんだよ。ヒゲゴリに起こされて逃がしちまったが……いやー、大型を狩りに旅がしたいぜ」

「旅がしたいなら、パン売ってお金貯めないとね。じゃ、ミルクパンよろ!」

「よろしくされましたっ!」


 青年の名は猿飛金之助さるとびきんのすけで、子猿はコウという。彼らは胸を叩いて、朝から精を出す少年を見送った。店の中から店主が声をかける。


「おーい、モンキーブラザーズ! アンパン作るからアンコ頼む!」

「おっす、師匠! 気合を入れて1000個作ります!」

「おーし、オイラもベーグルを1万個作っちゃうぜい!」

「そんな売れねぇわ! 今日も100個でいいからな」




 朝8時、この時間になると通りを走る馬車と車の数も増える。

 金之助は最後のトレイを店頭に並べて一息つく。顔は小麦で汚れているが。

「ひゃー、なんとか間に合ったわ! みなさーん、お待たせしやしたっ!」


 待っていました、と言わんばかりに並んでいた老若男女が店内へとなだれ込む。

 彼らのお目当ては美味しいと評判のアンパンだ。このあたりの店で売っているのはここ、『ブルーバード・ベーカリー』のみだ。


「はいはい。押さないでくださいね、みんな仲良くね。ぎゅるるる……あー、腹減ったな」彼は寝坊したのでパン作りの準備に追われ、朝食を食べられなかった。


「キン、看板配置してきたぞ! 俺たちもパン食べようぜい! もー、お腹ペコペコだぜい!」


 サッカーキャップを被る子猿がぴょんぴょん跳ねながら飼い主に催促する。


「パンは焼き立てが美味いもんな。よし、俺たちも食うか!」

「アホか! お客さんのためのパンだろうが! お前らは昼までメシ抜きだ!」

「ええーッ! そりゃあないって、エドちゃん。あと、アホはやめてくれ。おバカちゃんでお願いしやすっ!」

「あー、わりぃわりぃ……」


 店主のエド・アラウホは腕がたしかなパン職人なんだが、口が悪い。本人曰く、前職の職業病らしいが、まだ彼らにはその仕事を教えていない。


「ま、メシ抜きは寝坊した罰だぜ、おバカちゃんども」


 口の悪さは酒癖の悪さに比例するらしく、妻は家出中だ。子供はいない。

 カロンコロン♪ 新聞配達の少年、ケビン・メンドーサが帰還する。


「仕事終わったー! アラウホさん、ミルクパンとアイスココア、砂糖たっぷり!」

「いつものだな、あいよ! ちょいと待っとけ」


 ケビンのお決まりメニューだ。新聞配達で自転車を激しく漕いだため甘いものが食べたい。ブルーバード・ベーカリーは小休憩できるようテーブルが置かれ、ミニカフェでもある。


 金之助、コウ、ケビンが新聞記事を話題に談笑していると、真向かいの警察署から二人、女軍人と部下が来店した。


「おはよー、サムライニンジャ」

「いらっ……って、ホーネッツさん、ダイエット中なのにどうしたんですか?」

「ダイエット? やめたやめた、あいつ、彼女いたんだもん」


 恰幅の良い体型の彼女の名はハイビス・ホーネッツ少佐、ガイア共和国軍から派遣され、現在はここ自由民主国『フリーダム』第11州の治安を守る自由維持軍に所属している。


「ダイエットするといって、三日しか経ってないですよ!?」

「三日も頑張ったのよ、だから、今日はご褒美を買いに」

「ご褒美って……あざーすっ!」


 少佐はバケットに総菜パンをどんどん入れていく。小猿も自信作のベーグルをどんどん入れる。売上に貢献してもらえるので、とても嬉しい金之助と店主だ。


「えっと……お会計は5000GLゴルです。まいどどーも!」

「ほんと安いですね、この店は。もっと値段上げたらどうです?」

「値段を上げると、あそこのチェーン店に負けちまうんだ。ま、なんとか黒字だよ」


 部下が心配して告げるも、店主は軽く首を振った。ちなみにベーグルが一個150円、パンが一個100円だ。値段を上げたいが、100メートル先にある大手カフェチェーン店の実力と人気を考えると、この値段でやっていくしかない。


「そーそー、企業努力があって安く提供できているんです」

「ビジネスの世界は厳しいわよね。あ!」


 商売とは縁がない軍人一家の少佐がふと思い出す。


「そうだ、サムライニンジャ。今朝早く恐竜退治の依頼が来ていたわよ」

「なにぃ、恐竜退治!?」と、子猿が目を輝かせる。

「ティラノが田舎村を襲ったらしいの。田舎だから報酬低いじゃない? だから、誰も賞金ハンターが行かなくて……暇なら、よろしく! あー、腹減ったわ」

 

 部下が《恐竜退治案件》というチラシを渡し、重い紙袋を二つ抱える一方で、少佐はモチモチ触感の紅茶ベーグルをかじり、鼻歌交じりに店を去る。

 わなわなと肩を震わせる金之助とコウに、店の主人が呆れながら尋ねた。


「モンキーブラザーズ、恐竜相手に大砲をぶっ放したいのか?」

「イエス、ボス!」

「よっしゃー、行ってこい! そんな様子じゃどうせサボるからな。ただし、土産の肉を忘れんな! 今晩はステーキにして豪華パーティーをだぜ!」

「ありがとぅー、エドちゃん! おっしゃあッ!」


 雄叫びをあげた青年と子猿は急ぎ足で二階の自室へと行き、息つく暇もなく戦闘服に着替える。桃の家紋が入った額当てと防具、袴、胸当て、手甲を装備していく。そして、子猿が『誠』と入った法被を羽織る間に、DIYで自作した壁棚から自慢の刀剣『霧時雨之富士山きりしぐれのふじさん』を腰に差す。


 荷物を包む桃柄の風呂敷を肩に担ぎ、店から駆け足で5分ほど離れた空き地に停めた愛戦車『ムサシ丸』に乗り込み、恐竜退治に出発だ。


「いくぜ、コウ! 恐竜狩りじゃあああああ!!!!」

「狩りじゃあああああああ!!!!」


 勢いよくレバーを押し倒し、アクセルを踏んで、ガゴンッッッ! 

「いだ、ツーッッッッ!!!!」


 まだまだ運転が下手くそな戦車乗りの猿飛金之助は大和国が誇る名門ニンジャ『猿飛家』に生まれたのだが、同じ名門ニンジャ『服部家はっとりけ』の看板娘である服部ハツメに一目ぼれした。


『ハツメさん、オレと結婚してください!』

『あの、わたし……ニンジャよりサムライが好きなんです。ごめんなさいっ!』


 大和革命が起きる前、彼女に愛の告白をしたのだが、ハツメはサムライが好きだった。それ以来、金之助はサムライになると修行をしている。

 大和革命で自分の弱さと脆さを痛感した彼は真の強さと自由を求めて、ここ自由民主国『フリーダム』で生活をしている。


 彼の職業はニンジャを辞めたパン職人ではない。サムライ志望の戦車乗り、案件を解決して生計を立てる賞金ハンター、通称『事件屋』だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る