8.聖女と魔獣使いのその後


「久しぶり、ルディス!」

「久しぶり1ヶ月ぶりだな」


 遠くから「ギャアギャア!」「ミ"ャーー!!」等の鳴き声が聞こえるこの場所は、ルディスの働いている魔獣屋だ。


「そうなの!あの騒ぎの後諸々の対処をしたら、1ヶ月も経っていたの!」

「大変だったな…書類仕事なんてほとんどしないから終わらなかった…」

「うん、確かに。書類が多くて、やってもやっても終わらなかったなぁ」


 王子殿下の起こした騒ぎの後、私達は魔獣すべてを捕まえて魔獣舎に戻したり、魔獣屋の親方に説明と謝罪をしたり、教会に説明をして今後の対応についての助言や協力をしてもらったり、とまぁ大変だった。


 そのかいあって、ルディスの件は事実無根だとわかり、魔獣が襲った件は何度も侵入していた王子殿下の影の人だけを襲って、他の人は襲わなかったので、魔獣を外に逃がしてしまったことへの注意だけになった。


 何故、魔獣屋の魔獣が何十体も逃げ出しながら注意だけだったのかというと、逃げ出した原因がシュネル王子殿下という王族の一員だったから。王族が魔獣屋から魔獣が逃げるようなきっかけを創った、なんて醜聞以外の何物でもない。


 結果、魔獣屋は注意だけと、目撃した者全員に箝口令がしかれた程度だった。少しくらいは噂になるかと思ったが、それっぽい噂は聞かないので案外話した人はいないらしい。


 そんな諸々があって1ヶ月も、ルディスと全く会えなかった。


「1ヶ月前に会いに来るって言ったのに来なかったから、ミケイルたちに『一体どういうことだ!』って詰め寄られた」

「そうなんだ!皆楽しみにしててくれたんだね!」

「ああ。だから今日来るって言ったら喜んでいた。きっと今か今かと待っている筈だ」


 会えなかった1ヶ月間のうちの1週間で、どうしてもルディスに会いたくなった私は手紙を出した。『時間が空いている時に会いませんか?』ルディスからきた返事は『数日後なら時間がある』だった。


 まだまだ書類が残っていたので、僅かな時間だけだったが、物語みたいな秘密の会瀬っぽくてドキドキした。

「その、お、落ち着いたら魔獣に会いに来ないか?」

「うん!行く!」

 そんな会話があってやっと落ち着いた今日、魔獣屋に来た。


「いいか、お前ら。絶対に飛び付くなよ。飛び付いたら明日から3日間おやつ抜きにするからな」

『「「「ニャーン!」」」』


 鍵を鉄製の頑丈な扉にさして、ミケイルたちに釘を刺したルディスにミケイルたちは元気に返事をした。…重心を低くして、ジリジリと扉との距離を詰めながら。


「ルディス、私飛び付かれないかな?」

「大丈夫だ。…たぶん」

「たぶんなの?」


 不安になって訊いた私に、あやふやな言葉を返すルディス。


「しっかり返事をしたんだ。返事をしたからには守る…筈だ」


 ガチャン!と音がなって開いた扉と共に言ったルディスに返事するように「ナーン」と誰かが鳴いた。


 **


「あたたか~い」

「ミャーン♪」


 今、私はファンティを膝に乗せ


「もふもふだぁ」

「ナァーン」


 背中でノイモーントにもたれ掛かる、という最高の猫まみれ状態になっていた。


「この仲の良さで、まだ会って2回目なのか…」


 ルディスが釘をさしてくれたお陰か、あの姿勢だったのに飛び付かれなかった。ドキドキして入ったら普通に歩いて近付いて来たのにはビックリしたよ。


「ニャア!」

「痛ッ!わかってるから、引っ掻くな」

「なぁーん」

「ミケイルも、準備はしてあるからそんなに催促するな」


「ルディスは皆と仲良しだよね。まるで兄弟みたい」

「ミャンミャ~♪」


 ヒバナ、ミケイルと何か話をしているその姿は、何年も一緒にいる家族のようだ。私もあれくらい仲良くなりたい。


「……あの」

「何?ルディス」


 ルディスが歩いて近付いてきたので、姿勢を正して、訊いた。が緊張して冷たい聞き方になってしまった。もっと柔らかい声で訊こうとしたのに。


「実は1ヶ月越しになったことへのお詫びにミケイルたちの分と、ラフィアの分の果物を用意したんだが…いるか?」

「いいの!?」

「ああ、とはいえそんな高価な果物ではないんだが」

「わぁ!ありがとう!嬉しいよ!」

「そうか?じゃあすぐに持ってくる」


 冷たい聞き方をしてしまった分、テンションを上げて言う。ルディスは特に気にしてなさそうだが、小さな積み重ねが大事なんだと言ってくれた王国内最高齢のシスターの教えを守る。おばあちゃんの知恵は大切だって皆言うからね。


「あ、そうだ。ルディスのいないうちに取り出しとこう……」


 ルディスが果物を取りに行ったのを見て、そういえば、と思い出してバックを漁り飲み物のビンを取り出した。


「ナーォ」

「これはね、ジュースだよ」

「ニャアニャア!」

「ごめんね、ヒバナ達には飲ませていいのか分からないなぁ…」

「ニャア…」


 興味を示したヒバナに言うと、ちょっと落ち込んでしまったが、不用意にあげる訳にはいかないからね。ルディスがいない今は、私が皆の命を守らなくちゃいけない。

 何があろうと全力で護ろう!と考えていると


「持って来たぞー」


「ハッ!」


 ルディスの声が聞こえた。私は素早く反応して即座にルディスの元に向かう。


「ルディス、手伝うよ!」

「ありがとう。これをファンティのところに持っていってくれ」


 ルディスからファンティ用の食べ物を貰って持っていく。


「はい。ファンティ、どうぞ」

「ミャーンミャ♪」


「ノイモーント、ヒバナの分だ」

「ナーォナォ」

「ニャニャア!」


 ルディスが運んだ食べ物を見て、ノイモーントとヒバナがお礼を言った。


「…それでこれがミケイルの分。おやつ程度の量だからな。文句はいうなよ」

「なぁんなぁーん!」


 ミケイルの分を最後に置いて、ルディスは私の隣に座った。


「これ、斬った果物だ。良ければ食べてくれ」

「うん!ルディスも一緒に食べよう!」

「ああ…!」


 ルディスと会話をしながら果物を食べる。…なんて、凄く恋人っぽい!果物がいつもより美味しそうに見える!

 …ああ、そうじゃない。危ない忘れそうになってた。


「あのこれ、オレンジジュース。よかったら是非飲んでみて」

「へぇ、透明っぽいオレンジジュースなんて珍しいな。ありがとう」

「うん!味も美味しいよ!」


 危うく忘れかけたジュースをルディスに渡す。

 このジュースは、リンが酔ったグレープジュースでも、アップル炭酸ジュースでもない新しく見つけたジュースだ。オレンジジュースなのだが、普通のオレンジジュースは真っ黄色なのに対して、このジュースは透明感のある黄色なのだ。酸味と甘味、僅かな苦味が美味しいジュースだ。


「…本当だ、美味しい」


 早速飲んでくれたルディスが、飲んで一言ボソッと言った。


「良かった!魔獣に会わせてくれたお礼としていくつか持ってきたから、魔獣屋の皆さんで飲んでね!」

「ありがとう、皆喜ぶと思う」


 その言葉にホッとする。気に入らなかったらどうしよう。等と考えてしまったが、選んだ物を喜んで貰えたみたいで嬉しい。


「ルディス、はいどうぞ!」

「これは、帽子?」


 立て続けに、今度はルディス個人にあげる。私が差し出した帽子をルディスが手に取りまじまじと見ている。帽子はシンプルな紺色のキャスケットだ。


「うん。ルディスへのプレゼント。この髪飾りをくれたこと、魔獣に会わせてくれたことのお礼に」

「いいのか?そんな、大層なことはしていないが…」

「私のプレゼントだって、街のお店で見つけた物だから大層な物じゃないよ。…気に入ってくれたら嬉しいな」

「そうか、ありがとう。…帽子か、生地がしっかりしてる。これは、魔糸か?」


 本当は、時計やネクタイピン等を贈ろうかと考えていたが、魔獣と毎日触れ合う職業のルディスには合わないと思った。かといって、魔獣使いが扱う専門的な道具はどれも高価だった。毎日使いやすい物が良いかな?と考え、探し歩いて帽子になった。


「うん!そうなの、魔糸を使った魔布職人を目指す若い見習いの人が集まって製作した物を、商人が高く買ってお店で安く売っているってお店で買ったんだよ」

「…へぇ。そんな風に売ってくれる人がいるんだな」


 この帽子が売っている店を見つけたとき、魔糸で作られていて頑丈で長持ちするからと、ルディスへのプレゼントにはピッタリだと思った。


「うん。安くて、見習いの人の助けができるなんて凄い考えだね」

「そうだな。俺もまだ見習いだし、この帽子を見ると頑張らなきゃな。って思うな」

「そういえば、ここにいる皆と仲良しだから忘れてたけど、ルディスって魔獣使い見習いだったね」

「ああ、ここの奴ら以外とはまだまだ信頼を築けていないから、まだ見習いのままなんだ」


 本当に忘れてたけど、ルディスってまだ見習いだった。ビックリだよ、ルディスレベルの人がまだ見習いなんて。どれだけ魔獣使いになる条件は厳しいのか。ここの魔獣達と仲良くなれたんだから十分じゃないのか。


「……なぁなぁん」

「もう食べ終わったのか、お祝い用だから量はおやつ程度だって言っただろ」

「なぁん…」


 一人前の魔獣使いになるって大変なんだなぁ、と思っていたらミケイルが食べ終わったらしい。ミケイルが『もっとくれ』と鳴いて果物が無くなってしまったことをルディスに訴えたが、断られてしまったようだ。


「ミケイルって凄い食いしん坊なんだね」

「ナォナーォ」

「ノイモーントも沢山食べてるよね」

「ナーォナォナォ」

「『ミケイルと比べると劣る』って私から見ればどちらも凄い量食べてるよ。これで、おやつのような扱いなんてビックリだよ」


 ノイモーントに訊くと、中々の量を食べてるノイモーントでもミケイルには敵わないらしい。ミケイルはここの1番の食いしん坊さんのようだ。


「ニャニャア!」

「うん、ヒバナもとっても食べてるよ。凄いね」

「また、会話してる…」

「ミャーン♪」


 ラフィアに何とも言えない視線を向けたルディスだが、果物が貰えず落ち込んでいるミケイルとルディスの視線に気付かないふりをして食べ続けるノイモーント、自分もよく食べるよ!とアピールに必死のヒバナ。ファンティは楽しげに鳴くだけで同意してくれる猫はいなかった。


 ***


「楽しかった!」


 帰る時間ギリギリまで、魔獣の面白い話や失敗談を聞いたり私の聖女試験の話をしたりとあっという間だった。


「良かった。あいつらも楽しそうだったし…俺も楽しかった」

「…ふふっ」


 相変わらず照れて言うルディスは可愛…カッコいい。思わず声が漏れてしまった。


「…送ってくれてありがとう」

「いや、またあんなのが出たら大変だからな」

「そうだね。とっても大変だね」


 教会前まで送ってくれたルディスにお礼を言う。教会前に着いたから、もうお別れの時間だ。やっぱり別れる瞬間は寂しくなる。


「じゃあ、ルディス。またね!」

「ああ。また」


 ルディスと『また』会うことを約束する。


 ルディスと出会って、少しずつ話して仲良くなれた。

 魔獣達と触れ合って、カフェに行って更に親密になった。

 照れたり、魔獣について語るルディスを間近で観れて嬉しかった。

『また』次、出掛けたらどんなルディスが観られるのか楽しみだ。


「もっと仲良くなれたら、告白する勇気がでるかな?」


 友達としては仲良くなれたけど、ルディスが私のことをどう思っているのかは分からない。友達とは思ってくれている筈。ただ、恋愛対象として見られているのかは分からない。

 それでも、ルディスとプレゼントを贈り合う程の仲にはなれたから、また出掛けて仲良くなってきっといつか、

「貴方が好きです」

 って言おう。


 まずはもっと気安くなれるように、いっぱいお出掛けして、話し掛けよう!と教会に向かって歩きながら思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

求婚した王子に聖女はなんと言うか 小春凪なな @koharunagi72

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ