7.聖女はなんと言うか
「おはよう、ラフィア」
「おはよう!ルディス」
最近は不審者がいるから、とルディスの提案で、教会前で待ち合わせをしている。
今日は魔獣に会うのでこの前履いたパンツと同じ物に、上だけチョコレートのような焦げ茶色のシャツにした。襟にはピンクの細いリボンがしてある。髪型も纏めてアレンジにしたが、ルディスから貰ったあの髪飾りを着けた。髪飾りにあうアレンジを教えてくれたリン様は出かける前にお礼して拝んでおいた。
「楽しみだなぁ。ミケイルにファンティ、ヒバナとノイモーントにまた会えるの」
「あいつらも楽しみにしてる。ただ、楽しみすぎてラ、ラフィアが入った瞬間飛び付き兼ねないからすぐに入るのは待ってほしい」
「わかった。ルディスも飛び付かれたって言ってたもんね」
「ああ。あの時は揉みくちゃにされた……」
その時を思い出して遠い目をしたルディスが、ああ。と思い出したように
「魔獣屋に侵入した奴らだが、狙いが魔獣じゃなさそうだ。って話になった」
「そうなの?それじゃあ何のために、何回も侵入しているんだろう?」
「魔獣以外にも、売れば高価になる物はあるから、足がつきやすい魔獣よりもバレにくい他の物を狙っているのかもな」
不機嫌そうなルディスの声が、例え魔獣が狙われていなくとも、何度も侵入して魔獣の警戒心を煽った犯人に対しての不快感を感じさせた。
「まぁ、魔獣を狙っている可能性も捨てきれる訳ではないから警戒は解けないが」
「早く捕まるといいね。その迷惑な侵入者達」
「そうだな。王国兵の巡回の回数は増やしてもらったんだが、なかなか捕まらないな。魔獣を宥めるのにも限界があるから、いつか犯人に向かって行くんだろうな」
「ふふっ、魔獣に任せれば安心だね。必ず捕まえてくれるよ」
「ああ、犯人を地の果てまで追い続けるからな」
冗談めかして言ったルディスに、私も冗談めかして返す。ルディスの口角が僅かに上がり、声も明るくなった。そのことにホッとする。やっぱり明るい方がずっといい。
そう思っていると、魔獣屋のあの大きい建物が見えてきた。
「やっぱり大きい!ルディス、あそこには魔獣はいるの?」
「ああ、あそこには……」
そういえばあの建物は魔獣舎の奥の方にあるようだったし、何かしらの魔獣がいたりするのかな?と、ルディスに訊いてみた。
それをルディスが答えようと、した。
「貴様に卑劣な真似はもうさせない!!」
「えっ?」
「ッ!?ラフィア!」
後ろから誰かの声がした。そう思った時には後ろに引っ張られて、誰かの腕に抱きしめられていた。
「貴様。ラフィアにまた、何をしようとした?」
「え?…それは魔獣と……」
「やはりそうか!!我が愛しのラフィアを魔獣を使って脅そうしたんだろう!」
「…ッ!」
混乱したルディスに質問しておきながら、返答をすべて聞かずに、また責めるような口調で声を荒げた何者か。
ラフィアを急に抱きしめたヤバい奴から一刻も早く離れたいが、誰かは見ておこうと、そっと顔を上に上げて見た。
「魔獣を使ってラフィアを脅したこと、知らないと思っていたのか?しかも、1度ならず2度までもラフィアを再び脅そうとしたな!?」
まるで演劇のような言葉で、ルディスに向かって叫ぶ者は、
「ルディス・アムルス!貴様がしたことこの私、シュネル・プロスペリテが許さんぞ!」
そう言いながら、ラフィアを庇うように抱きしめ、ルディスに向かって宣言したのはシュネル王子殿下だった。
「………。」
ラフィアの目は死んだ魚のようになった。
「フンッ、私がここまで知ってることに驚いたか?貴様が知らないのも当然だが、王家には優秀な影がいる。貴様のような罪人を調べるくらい、わけないさ」
「……その、王子でんっ」
「そう、ラフィアを脅したことくらい、すぐに調べは付いていたんだ!」
ルディスが発言しようとしたのを、また遮ってプルプルと耐えるように下を向き、キッとルディスを睨むように顔を上げて言った。いちいちオーバージェスチャーだ。王族の教育には、オーバージェスチャーの授業がマナーのように設けられているのかな?
「おい。シュネル王子殿下がいらっしゃるぞ!」
「まぁ、シュネル王子殿下が親しげに腕に抱いているのは聖女ラフィア様だわ!」
「じゃあ、シュネル王子殿下と対峙している暗い男は何なんだ?」
不味い。呑気に考えている場合じゃなかった。王子殿下が無駄…非常に、非常に!大きな声で独り言を言っているから人が集まって来てしまった。取り敢えず、王子殿下を一旦黙らせないと
「あの、王子殿下」
「なんだい?愛しのラフィア」
「ッ!誤解です。彼は友人で、とても素敵で優しい方です。そして離して下さい。1人で立てますので」
王子殿下の『愛しのラフィア』に頬がひきつりかけたが、誤解だと言いきった。ついでにさっきからずっと、抱きしめられているこの体制に寒気がしてきたので、離すように言った。
「…そうか、ラフィア。すまない」
少し沈んだ声で言った王子殿下は少し腕の力を抜いた。これで抜け出せる!と動こうとした瞬間、ギュッとさっきよりも強い力で抱きしめられた。
「すまないラフィア。君の、罪人すら庇うその優しさを今は、今だけは汲んであげられない。ラフィアの優しさに漬け込み、利用したこの男にだけは!」
汲めよ!せめて放せよ!と叫びたくなった。と言うか、私の方が思いっきりルディスの優しさに漬け込んでお出かけの約束をしたりしたのだが、果たして王子殿下に言ったところで聞いてもらえるのか。
「なぁんてひでぇ奴だ!」
「そうだな!聖女様を利用するとは、許せねぇ!」
「なんてお優しい方なのか、罪人にすら慈悲を与えるなんて」
集まった民衆も王子殿下が自信満々に言うから、ルディスを犯人だと思う人が多くなってしまった。王子殿下をなんとかしなければいけないのに、下手に何か言ったら、ルディスが悪く言われるかもしれない。
誤解を解きたい。せめてこの王子殿下の拘束がなければ、ルディスに近づいてルディスの側で説明が出来るのに、この拘束がキツくて全然抜け出せない。
「ルディス・アムルス。貴様には手を妬いた。証拠は無く、犯行場所に選んだこの魔獣屋の所為で、影も無闇に入れず犯行を止められなかった」
「あのッ……」
抜け出そうとする私を更にキツく抱きしめて、王子殿下は話始めた。
「あるのは、貴様が帰り際に脅した。という心許ない証拠にすら出来ない発言だけ」
「ああ。王子殿下……」
「違っ…」
「苦しかっただろうな…」
その悲哀が滲む言葉に野次を飛ばしていた民衆も、静かになり耳を傾けだす。
「だが、諦める訳にはいかない。我が愛しのラフィアの為に、私は立ち上がらねばならない。…私はこの王国の王子にして、次期国王だ。その誇りにかけ、愛する者に掛かる影程度払えずして王になどなれようか!」
「王子殿下!なんて素晴らしい方だ!」
「この国の未来は安泰だ!」
ワァァ!と王子殿下の言葉に歓声が起こる。民衆はルディスが何度も違うと言おうとしたのを、遮って喋った王子殿下の言葉を疑いすらしてないようだ。満足そうに周りを見回した王子殿下に、更に歓声が起こったのを見て思う。
「だから私は立ち上がった。誰が見てもわかる確実な証拠を掴む為に、影に指示を出した。影は頑張ってくれた。何度も証拠を掴む為に危険な任務を受け、動いてくれた」
王子殿下の言葉に何か嫌な予感がする。『影が何度も危険な』ハッキリと言ってはいないが、もしかしたらと考えてしまう。それはルディスも同じみたいで、少し顔色が悪くなったように見える。
そんな私達の考えには気付かず、王子殿下は増えた民衆に向かって更に大きな声で喋る。
「だが、相手は一筋縄ではいかなかった。証拠は見つからず、回数を重ねるごとに危険は増すばかりだった」
「王子殿下…グスッ」
「そんな、王子殿下をもってしてでも無理なのか?」
王子殿下の声に反応する民衆。泣く人や悲痛な声を出す者もいた。申し訳ないがそこまで感情移入する場面なんてあっただろうか。
「それでも、影は危険を意に返さず頑張ってくれた」
チラッ、と民衆を見て言った王子殿下に先程から『なぁんてひでぇ奴だ!』『王子殿下!なんて素晴らしい方だ!』と叫ぶように言っていた男性が、礼をした。
(あの人、絶対に影の人だ!)
と思った。ルディスも思った筈だ。
何故なら、影の人も王子殿下も周囲にバレていないと思っているだろうが、王子殿下の近くにいる私とルディスにはバッチリ、王子殿下に向かって礼をしたのが見えたから。
「だからラフィア」
「えっ?」
他にも影の人がいるのかな、と思っていたら急に呼ばれた。
「ラフィア、辛いだろうが私が必ず力になる。だから安心して真実を話してほしい。私はラフィアを愛している。そんな君の役に立ちたいんだ」
抱きしめられた姿勢がやっと、解かれたと思ったら肩を掴まれて強制的に向かいあって立たされた。私の眼前には優しそうに微笑む王子殿下、何処が『安心して真実を話してほしい』だ。真実ならもう話した。
「まるで物語のワンシーンね」
「シュネル王子殿下と聖女であるラフィア様が一緒にいると絵になるな」
「頑張って話すんだ、聖女様!」
「ラフィア、どうか今此処で話してほしい。奴と会う度に私に相談してくれるように誘導したが、ラフィアの心を思うなら直接訊けば良かった」
誘導?と思う。奴、つまりルディスと会う度に…それっぽいのなんて1つだけ、『あのお方』と連呼する者や占い師(仮)の人だけだ。あれも王子殿下の差し金だったのか。驚きというか、もはや呆れの感情しか湧かない。
「…王子殿下。私が先程言った言葉が事実です。彼は、ルディスは私の大切な友人で素敵な方です。事実ではないことを言わないで下さい。ルディスは何もしてないのですから」
「ラフィア……」
訊かれた質問の答えは1つだけ。私は王子殿下に言われたとおりに真実しか話さないから、何回、何十回訊かれても堂々としていればいい。あちらの思った話と違うなんて私の知らないことだから。
後ろから聞こえたルディスの呟きに振り向いて笑顔を返す。目の前からも呟きが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
「聖女様?どうして……」
「なぁ、もしかしてこれって…」
「シッ!言うな。例えそうだったとしても、一国の王子だぞ意を唱えたって……」
ザワザワと周りの声がする。私の堂々と言う作戦は上手くいったみたいで、周りの民衆がおかしいのでは、と疑い始めた。
「皆、騙されるな!」
怪しみ始めた民衆を見て、このまま堂々と言おう。言い続ければ王子殿下も諦めるだろう、と思っていたその時、王子殿下は声を荒げた。
「この罪人は、ラフィアを脅した者だ!私の知らないところで話したら危害を加える等と脅していたに違いない!その証拠に、この男は反論をしていないのだから!!」
「あ、ああ確かに!そうだ、あいつは反論してない!」
「そうか?…まぁ、やましいことが無ければ反論するよな……」
「そうだな…」
反論をさせなかった王子殿下の言葉に、礼をした影の人が乗り、ルディスを怪しむ声が再び増えた。凄いなぁ。これが誘導ってやつなんだなぁ。
「ギャォォォ!!」
民衆の声が変わっていくのを聞いて、誘導されるってこんな感じなんだなぁ。と思った私の耳に、魔獣の叫び声が聞こえた。
ルディスにも聞こえたようで後ろを向いた。
「この鳴き声は…」
「どうした?今更怖くなったのか?」
突然後ろを、魔獣舎のある方向を向いたルディスを不思議に思いながらも声を掛けた王子殿下を気にも止めず、ルディスは後ろを見続ける。
すると
ドドドドッ!!!
「ウワー!止まれ!止まってくれー!!」
「おい!あっちも逃げた!」
「何なんだ一体!!」
地鳴りのような音と、複数人の声が聞こえた。この音は民衆にも聞こえたらしく
「な、なんだ!?」
「あそこ!何か来るぞ!」
そう民衆の1人が言った方向から、十体以上の大小様々な魔獣が一直線に走ってきた。
「えっ、何でこんなに人が!?逃げて!逃げてー!!」
「う、うわー!逃げろ、逃げろ!」
「キャァァ!」
王子殿下の大声の独り言で集まった民衆が、パニックになる。皆が遠くへ離れよう、逃げようと走り始めた。
「王子殿下、この場は危険です!離れましょう!」
「ああ、そうだな。ラフィアこっちに」
「…ルディス!」
「ラフィア!?」
そんな中、王子殿下に礼をした影の人やその他の影の人らしき人や、護衛らしき人が王子殿下に近付きこの場から離れるように促した。王子殿下はその声に答え、私の名前を呼んだが私はもう、王子殿下から離れてルディスの側に走っていた。
「ルディス!大丈夫!?」
「ああ、ラフィアこそ大丈夫か?」
「うん。これって…」
「…そうなのかはわからない。皆興奮状態ではあるが…」
この状況についてもしかして、と思い訊いたがルディスもまだ確証はないらしく困惑した声が返ってきた。ルディスに声を掛けると、返事がくる。それがとっても嬉しい。なんだか長い時間離れていたような気がしていたから。
「ウワァ!何だ!?このッ、離れろ!」
そう思ったら、後ろから叫び声が聞こえた。
後ろを振り向くと王子殿下の周りに集まっていた影の人らしき人達が魔獣に襲われていた。
「クソッ!離れろ!魔物風情が!」
「ギャルルッ!!」
襲われている人はその影の人達以外にはおらず、慌てて離れていた民衆も近付いた魔獣使いも混乱しているように見ていた。
「やっぱり、これって…」
「こうなると、その可能性が高いな」
「ルディス!この状況はなんだか知らないか?こんなに人だかりがあるなんて、っとラフィアさん!お久しぶりです!受付以来ですね!」
「はい。お久しぶりです」
やっぱりこれってそうなのでは?とルディスと確信めいた話をしていると、この前魔獣舎に入る前に急に叫び出した受付の人が近づいてきた。
「人だかりは色々あって、集まったんだ」
「色々?まぁいいか。それより、ずっとここにいたんだな?ルディスは何で魔獣がこんなに興奮して、今人に噛みついているのか分かるか?」
「…それは、その確証はないが……」
「なんだ?歯切れが悪いなぁ」
「えっと……」
ルディスが言おうとするが、やはり王子殿下の部下の仕業とは言いにくいらしく、言い淀んでいた。
「ルディス、私が直接訊いてくるよ」
「…いいのか?」
「うん。ハッキリそうだってわかった方が良いでしょ?それに、私が訊いたら答えてくれるかも」
「…わかった。気を付けてくれ」
「うん。任せて!」
言いにくいのならば、ハッキリさせてしまえばいい。と王子殿下に直接訊きに行くことをルディスに提案した。いい、と言ってもらえたので、訊きに行く。
「王子殿下、訊きたいことがあります」
「ラフィア!この魔物をどうにかしてくれ!私の部下達を襲っているんだ!」
「その襲われている部下の方についての質問です。……今襲われている王子殿下の部下の方は、魔獣屋の敷地内に、魔獣舎の中に侵入したのではないですか?」
「ああ。そうだが?ルディス・アムルスの確実な証拠を掴む為に、何度も魔獣屋の敷地内に入った。だが、今はそんなことは…」
「ルディスー!!やっぱりそうだったみたい!」
「ああ!ありがとう」
王子殿下に訊くと、やはり王子殿下の部下の影の人は魔獣屋に何度も侵入した侵入者だったらしい。ルディスの言っていたとおり、犯人に一直線に襲いにかかっただけのようだ。鬱憤の溜まった魔獣が満足するまで放っておいてもいいかな。
ルディスは私の言葉を聞いて、受付の人や他の魔獣使いの方に説明をしている。私も迷惑をかけてしまったから、魔獣屋の魔獣使いの方が集まっているときに謝っておいた方がいいだろう。とルディスのいる方に向かおうとした。
「な、何故だ。何故だ、ラフィア」
王子殿下が呆然とした声で私に訊いた。
「何故なんだ。あいつは、あいつはラフィアを魔獣を使って脅した極悪人で、恐ろしい奴で、そんな奴に何故、そんな笑顔を?何故、私には向けたことの無い笑顔を向けるんだ?」
「王子殿下、それは私がルディスのことが好きだからです。ルディスに酷いことなんて1度もされていないからです。それでは」
「……そんな。本当に?ラフィア、嘘だ。ウソだ…」
知りたいことを教えてくれたので、お返しに王子殿下の質問に答える。答えたら王子殿下は崩れ落ちたが、答えが何であろうと事実だと受け止めてほしい。
まぁ私の気にすることではないか。と私はルディスの元に走った。
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