6.聖女と魔獣使いは仲を深める
今日はルディスと2回目のデートだ。
「おはよう!ルディス!…待ったかな?」
「…いや、今来たところだ」
この前は私とルディスの間に魔獣がいてくれたお陰で、ルディスも口数多く話してくれたが、今回は2人きりで話さなければならない。緊張するがより仲良くなれるチャンスでもある。今日は頑張ろう。
「あのお方ってカッコいいし、文武両道で頼りになるわよね!」
「そうよね!私も何かあったらあのお方にすぐに相談するわ!」
「あのお方程に頼りになる方なんてこの国にはいないわよね!」
「そうよね!他にも………」
今日はルディスとより仲良くなる為に頑張ろう。なんかよく分からない話をしているお母さん方がいるが、きっと偶然だ。ここに来るまでに「あのお方はこの国で1番に凄い方だよな!」「そうだよな!」なんて必要以上の大声で話している男性達だとか、「あのお方に任せれば万事上手くいくぞ!」「おお!そうだそうだ!」と私が歩いている方を向いて行っている人だとか、がいた…ような気がする。きっとそう、気のせいだ。
…皆が皆『あのお方』呼びするなんて、そんなに名前を呼んではならないお方でもいただろうか。凄いお方らしいが、名前を呼んでいないから誰だかわからない。
「ラ、ラフィア?どうかしたか?」
「何でもないよ!」
「そうか。じ、じゃあ行こうか。今日はカフェに行きたいんだったな」
「そうなの!友人が教えてくれたカフェに行ってみたかったんだ!」
「そうなのか…」
そう、今日はルディスとリンにオススメされたカフェに行く予定だ。リンは沢山のカフェに行っているが、今日行くカフェは『料理がどれも美味しい!』と太鼓判を押していた。ルディスと行けるのもそうだが、カフェの料理も楽しみしていた。
カフェまでの道を歩きながらキョロキョロと通りに並ぶ店を眺める。野菜に果物を売る店、小物など色々な物を売っている店、いい匂いが漂う屋台、それらの店を見ながら歩くと目的のカフェに着いた。
「ここか。…少し待てば入れそうだな」
「そうだね。お昼には並ぶ人達がもっと増えるんだって紹介してくれた友人が言ってたよ」
「…そうなのか」
「…ルディス。このカフェをオススメしてくれたのは、リンっていう子で流行り物が大好きな女の子でね、この他にもオススメのカフェを知っているんだって」
「……そ、そうか!」
カフェに並んだ列の最後方に立ち、列が進むのを待つ。待っている間一応誤解がないようにルディスにいう。
先程から、紹介してくれた友人の話をすると、ルディスの返事が心なしか遅く、声も沈んでいるように聞こえていた。もしかしたら、友人を気にしているかも? と思ったけど、思ったけど!!聞いた? 私が女の子だって教えた後に言った言葉のトーン。『…そうか!』ってちょっとだけ喜びが現れているの!ああ
「可愛い」
言った瞬間はっ、となる。つい心の声が言葉になって声に出してしまった。カフェのある通りに面した向かいの通りを見ていたから聞こえた可能性は低いと思うが……ルディスの方を恐る恐る見ると下を向いて何か考えているようだった。どうやら聞こえていないっぽい、と安堵の息を吐く。
チラリとカフェの店内と列を見る。あともう暫くかかるかな。とカフェの列が僅かに進んだのを見て思った。
***
「次のお客様!…2名様ですね。此方のお席へどうぞ!」
暫く、と言っても数十分程度だが、カフェに入ることができた。
重厚感のある焦げ茶で木目調の店内に緑色のソファーが落ち着いた雰囲気を出している店内。壁やテーブルに草花が飾ってあって、華やかだが派手ではない上品なお店。そんな感想が出る大人っぽい美しさがあった。
「綺麗な店内!」
「ああ、いい雰囲気だな」
キョロキョロと店内を見回すルディスを見てここを選んで良かったと考える。リンのオススメのカフェはこの店の他にもあったのだがパステルカラーの可愛いお店に、店中に装飾がされたギラギラで派手目なお店、初めて行くにはハードルが高いと思った。そんな中このお店はちょうど良かった。可愛い過ぎず派手過ぎない。
そして何よりリンのオススメカフェ候補を聞いて、このカフェが1番ルディスがいる光景を想像しやすかったのだ。
「…メニューが充実しているな」
「そうだね!どれにしよう?」
運よく空いた窓側の席に座って正面からメニューを見て悩むルディスを見て本当にここにして良かったとリンに感謝する。
「楽しみだね!周りで食べてる人達の食事も美味しそうだから期待しちゃうなぁ」
「ああ。良い匂いが漂ってくる」
注文を済ませ、話をする間もラフィアはルディスを不自然にならない程に、なるべく長く目の前に座っているルディスを見つめていた。
「はい!……カツサンドセットと彩りフルーツのフレンチトーストです!ごゆっくり!」
店員さんが運んだ料理を見て2人して目を輝かせる。
「美味しそう!フルーツが沢山盛ってある!フレンチトーストもいい匂い~」
「ああ、綺麗に盛られているな」
「ルディスのカツサンドもカツが分厚いね!挟んであるソース、絶対美味しいやつだ!」
「確かに、ボリュームはあるな」
メニューを見て悩んだ結果、私が彩りフルーツのフレンチトーストにルディスはカツサンドセットを頼んだ。運ばれてきた料理はどちらも、見た目から美味しそうでこのお店にして本当に良かった、と再び思った。
「いただきます!」
「…いただきます」
手を併せて食べ始めた私とルディスは、「美味しい!」「旨い」と料理の味に舌鼓を打ちつつ、他愛ない雑談をしてカフェでの一時をすごした。
***
「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」
カフェを出て、通りを歩く。会話の話題はさっきのカフェの食事についてだ。
「美味しかった!メープルシロップをかけたフレンチトーストが更に甘くなって!ルディスはカツサンドどうだった?」
「旨かったな。カツサンドはもちろん、セットでついてきたスープも旨かった。また行きたいな」
「うん!それじゃあ私は次に行くときはカツサンドを頼もうかな!セットで!」
「俺も次はスイーツ系を頼んでみようかな。メニューのチーズケーキが気になっていたんだ」
「そうなんだ!ふふっ、次また行くの楽しみだなぁ」
「…えっ?あ、ああ!その、えっと」
まさかルディスから誘ってくれるなんて、デート2回目にして仲良くなってきたなぁ。と感動する。
「「………」」
無言になったルディスの隣を歩く。どうやら何かを考えているようだ。私は心のメモに『ルディスは考え事をすると無言になる』と刻んだ。それから少し歩くとルディスが、上を見ては首を降り、私をチラッと見ては前を向いてといった行動をし始めた。
(えっ?何、なに?初めて見る動きだ!なにを考えている動きなんだろ?)
そう不思議に思って見ていると、フゥと息を吐いたルディスが懐から何か取り出した。
「これを渡すことに深い意味はない。着けなくてもいい。…その、今日とこの前の礼とでも思ってくれ」
「…これって!」
「何をあげるべきか分からなくて、街を歩いていたときに見つけたこの髪飾りにしたんだ…。でも好みじゃないなら捨てるなりしてくれ」
「かわいい!私の好きなデザインだよ!捨てるなんて勿体ないよ!」
「えっ?で、でも……」
さっきまで話していたトーンと一転して、何時もより暗く、ボソボソと言ったルディスが差し出した手に乗っていたのは、中心にピンクの石が嵌まった小花がいくつも煌めいた繊細で可愛い髪飾りだった。私の好みのデザインだし、ルディスがこんなに後ろ向きなのがわからない。
「でも、さっきカフェの向かいのアクセサリーの店を見て『可愛い』って言ってなかったか?あそこの店はこの髪飾りと全然雰囲気が違うし…」
…ルディスが後ろ向きだった理由は私だった。可愛いって言った記憶はある。まさか聞こえていたなんて。というかカフェの向かいはアクセサリー店だったんだ。気づかなかった。
いやそれよりも、誤解を解かなきゃ。
「ルディス。私はアクセサリー店じゃなくて、他の者に対して『可愛い』って言ったんだ。それに、小花が沢山あって花束みたいに華やかで、この髪飾りとても気に入ったよ」
「…ああ」
「かわいい髪飾りをくれてありがとう。ルディス!」
気を使っている、と思われない言葉は思い付かなかった。でも私の本心から言った言葉だ。信じてほしい。
ルディスを真っ直ぐに見つめて言ったその言葉を、どう受け取ってくれたのか。
ルディスが腕を口にあてて何かを考えているのを、ジッと見つめていた私に向かって、ルディスは言った言葉は…
「…カッコ悪いことをしたな。すまない。こんなに喜んでくれたのに疑って。本当にごめん」
「いいんだよ!その、誤解するようなことを言った私だって悪いんだし」
「そんなことはない。俺が勝手に誤解したから、だから俺の方が悪い」
「いやいや。その原因をつくった私の方が悪いよ!」
「それは違う。俺が…」
「違うよ!元々は私が…」
わかったくれた、それは良かった。良かったのだが、ルディスが全面的に悪いというのは賛成しかねる。それは違うと言い合い、結論が出なかった為どちらも悪くない。と無理矢理話を終わらせた。
ちなみにまったく関係ないので言及しなかったが、ルディスとカフェを出てから今までに、通りで占いをしているお婆さんが『そこのあなた!災いから離れ良縁の元にいきたいと思わないかい!?思うなら金髪に碧眼の……待ちなさい!』とか、【あなたのラッキーカラーは金色と青!そのカラーの人に悩みを相談すると解決するよ!】と書かれた木の板を上に掲げた男性がいたりとか、まあうん。関係ないことだ。
兎に角、ルディスとの2回目デートも楽しくて大成功だったってことだ。
***
「ん~!お肉美味しい!」
「口にあって良かった」
カフェに行ってから数日後。私は公園のベンチに座って肉串を食べていた。何故こんなことになったかと言うと、買い物に行った帰りに偶然、ルディスとばったり会ったからだ。
「ルディス!?ど、どうしたの?」
「……ラフィア?えっ?あっ、あの屋台の肉串を買おうとしてて…」
「ここの場所、何時も良い匂いがするし、人が沢山並んでいるな、って思ってたけど肉串の屋台なんだ!」
「ああ。すごい人気で、俺も久しぶりに食べようと思って」
「そうなんだ!そんなに美味しい屋台なら、私も食べてみようかな?」
「あ、ああ。どうぞ…」
「ふふふ。どんな味か楽しみだなぁ」
ルディスがもう一度食べたいと思う味。食べるチャンスが今あるなら食べなきゃ!と言わんばかりにルディスのすぐ後ろに並ぶ。幸運な事に、ルディスが並んでから1人も後ろに並ばなかったらしく、私はルディスと一緒に肉串の列が進むのを待った。
そして肉串を買って近くの公園のベンチに座り、今に至る。
「屋台の料理ってこんなに美味しいんだね!知らなかったなぁ」
「ああ。旨い屋台は旨いからな」
「『旨い屋台は』って?」
「…旨い屋台は、仕入れから仕込み、焼きまで手を抜かずしっかりやっている。だが不味い屋台は、仕入れか仕込みか焼きか、どれかは手を抜いている。手を抜いているから臭みや生焼け等で不味くなっている」
「へー。このお店は手を抜かずに作っているからこんなに美味しいんだね」
「ああ。昔から美味しい、人気のある屋台なんだ」
そんなスーパーカッコいいルディスの美味しい屋台、不味い屋台の説明に頷いた、その時
「金髪碧眼、文武両道。国1番の地位と容姿を持ったお方に今の悩みを相談なさい!さすれば、その悩みはあっという間に消え去るでしょう!」
突然近づいてきたお婆さんが大声でそう言った。
「………」
急に現れて言ったお婆さんを見て、死んだ目をした私。
「あの?」
混乱し、お婆さんと私を交互に見たルディス。
「忘れないで、近くにいる幸せをもたらす存在を…」
と言い満足そうに立ち去ったお婆さん。
「……なんだったんだ?」
「…うん」
「服装が占い師の服に似ているから占い師なのか?」
「そうだね…」
不思議そうに言うルディスに私は一言返すことがやっとだった。急に現れた上に、満足そうに去ったお婆さんの言葉、『金髪碧眼のお方』…一体誰だろう。そんな人、私の知り合いや友人にはいなかった筈だ。
「ここは危ないかもしれないから離れよう」
「…う、うん。そうだね。早く離れよう」
取り敢えずルディスの言葉でこの場をすぐに離れることにした。
こうして偶然ルディスと会えたことで始まった、3回目のデートは、ルディスと美味しい肉串を食べた楽しい時間だった。
占い師(仮)のお婆さん?さぁ、そんな人いたっけ?
***
「我、女神セレーノンに祈る者。女神セレーノンの奇跡を欲する者。奇跡よ。祈りし我の願いに応え、慈愛と癒しの女神セレーノンの名の下に彼の者の傷を癒せ」
教会の治癒用の部屋、癒しの奇跡を唱えた私の目線の先には、ベットにうつ伏せに寝転がり、傷だらけの背中をしたルディスがいた。その背中は癒しの奇跡によってみるみる癒されていき、光が収まると怪我は跡形も無く消えていた。
「…はい。大丈夫ですか?痛みは感じませんか?」
「…ああ。どこも痛くない」
「それは良かった」
今は奉仕の時間の前なのだが、怪我をしたルディスが運ばれて私が癒した。まぁ、良くあることだ。魔物と戦う冒険者、魔獣と至近距離で接する魔獣使い、この2つの職業の方達はよく運び込まれる。
「すまない。こんな朝早くに」
「いえ、怪我をされた方が来たら癒す。それがセレーノン女神教会の方針ですから。当然のことです。それに…」
「…それに?」
「その、ルディスが怪我で苦しむのは私は……嫌、です」
「えっ、ああ。そう、か」
ルディスは顔が真っ赤になって無言に、私は言ったことが恥ずかしくなってきて無言に、部屋が沈黙で満たされている。……こんな時は
「あの!今日のお怪我はどうして?」
必殺!怪我の理由を訊く。だ!怪我は爪で引っ掛かれたような傷をしていたから、きっと魔獣で怪我をした筈だ。
「あ、ああ。……ヒバナに飛び掛かられたんだ。」
「ヒバナに?」
予想通りに今回の怪我も魔獣関係の怪我だった。魔獣関係ならルディスはだんだん喋って、気まずい雰囲気を忘れてしまう筈。
「…少し最近色々あって、気が立っていてな。ストレスを少しでも解消出来ないか、とあいつらの好物を持って行ったんだ」
「へー。好物をそれは良いね」
「そしたら入った途端に全員に飛び掛かられて、耐えきれずに転んだところにヒバナが来て、背中を引っ掛かれたんだ」
「…そうなんだ。それで背中以外に細かい怪我をしていたんだね」
「…ああ。そうだな。……あれは、野生その者だったなぁ」
そう言って遠い目をしたルディス。好物の匂いを嗅ぎ付け、食べ物に一直線の魔獣の姿が目の前に来たら確かに、遠い目をしてしまうかもしれない。とその時の状況を想像して思った。
「………ああ。ぼんやりしてたな。すまない」
「いえ、大変、とても大変だったんだろうから、大丈夫だよ」
「その…また魔獣に会わないか?」
「魔獣…ミケイルやノイモーント達に?いいの!?」
「ああ。その、さっき言った気が立っている、っていうのが侵入者が入ったからなんだ」
「侵入者が?だ、誰か被害にあったりは…」
約束した通り、また魔獣達に会える。と喜んだのも束の間、侵入者、と言ったルディスの言葉に驚く。
魔獣は高い、売ったり出来れば相当な金額を得られる。だが強く、執念深い。魔獣にしようと、魔物の巣から子供を拐った者達が、子供を拐われた魔物に追いかけ回された。なんて話は有名だ。だからこそ、魔獣屋に盗みに入る者はそうそういない。
そんな魔獣屋に侵入者なんて、誰かが拐われたりしたら……とドキドキしながら訊くと
「大丈夫だ。魔獣も人間も被害はないんだ。ないんだが…」
「だが?」
「どうやら数名の同じ人物が繰り返し侵入しているみたいでな、魔獣が匂いを覚えてしまったんだ」
「匂いを覚える?いいことじゃないの?」
被害がないことに安心すると共に、ルディスの言葉を不思議に思う。普通なら匂いを覚えたことは良い事だろう。犯人の特定に繋がるから。そう考えたが次のルディスの説明で納得することとなった。
「…ああ。……匂いを覚えたから深夜、侵入者が来る度に気付いて、倒そうと外に出ようとするんだ。毎回宥めるのが大変で……」
そう、匂いを覚えたからこそ魔獣は自身の縄張りに何度も入ってきた不届き者を倒そうとする。狙いがわからない為、無闇に外には出したくない魔獣使いの人達。深夜に侵入者が来るのなら、日中も仕事をしていた人は疲れたまま、体力が回復する間もなく魔獣を宥めることになる。
「確かに、魔獣は大きくて体力が凄い沢山あるから、落ち着かせるのは大変そうだね」
大きい種も多く、無尽蔵と言える程の体力がある魔獣を毎回抑えるのは、一苦労どころか十苦労くらいになるんだろうな。とミケイルの見上げる程の大きさを思い出し、言った。
「そうなんだ。だから、魔獣が少しでも落ち着く必要があるんだ。あいつらはもう一度ラフィアに会うのを楽しみにしてるから、会えればあいつらだけでも落ち着く。そうすれば、人員を他に割り振れるから負担が僅かにでも減らせるんだ……」
「そういうことなら、協力するよ」
「ありがとう。で、でも、前のように遊ぶだけで良いんだ。自然体でいてほしい」
「うん。わかった、また遊べるのを楽しみしてる」
「…ああ!」
ルディスの、ルディスの職場の人達と魔獣達のお役に立てるなら、行かない選択肢は無い。微々たる物でも協力出来ることはしたい。
ルディスのホッ、とした声を聴いてラフィアは好きな人の役に立てることに喜んだ。
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