5.聖女は魔獣と触れあう


「よしよし。リンゴだよ~」

「んなぁ~」


 私はキャット系の魔獣達に鉄柵ごしに果物をあげていた。

 本当は直ぐにでも触りに行きたかったが私とは初対面。ルディスの提案で暫く鉄柵ごしに果物をあげて、馴れてきたら触りに行こうとなった。


 ノックス・キャット以外の子は始めて見たのだが、大きい子に珍しい毛の色に個性に富んだ子ばかりだ。


 巨大な三毛柄の猫が私の投げたリンゴをモグモグと口の中に入れて食べた。

 額の宝石が輝くピンク色の猫は手渡したイチゴを食べている。

 二股の尻尾に、全身が炎のような毛先になっているのが特徴の猫が自分も欲しいと言うように鳴く。


「ふふっ、もふもふだね」


 イチゴを食べるのに夢中のピンク色の猫を撫でるとツヤツヤで良く手入れされていることが分かる触り心地だった。皆最初こそ警戒していたが、ルディスと一緒にいたお陰なのか果物を見せたら少しずつ寄って来てくれて、今では触れるくらいに馴れてくれた。


「仲良くなるの早いな。…ノックス・キャットは動いてないか」

「うん…。来てくれると良いんだけど」


 ただ、ノックス・キャットは最初に見た位置から全く動いておらず、今も静かに目を瞑っている。

 一見眠っているように見えるが、耳がこちらを向いてピクピク動いているので起きている…筈だ。


「今日直ぐに触るのは難しそう」

「そうだな。あまり無理をしても

「ナーォ」

 …無理をしても互いにストレスだと思ったが、そうではなさそうだな」

「ナーォ」

「初めまして、触ってもいいかな?」

「ナー」


 ルディスが話し出したとき、ノックス・キャットが立ち上がり伸びをして、私の目の前に来て座ってくれた。これは触れるかもしれないと、顔に手を近づけて訊くとお許しをいただけたので鉄柵ごしに撫でる。


「気持ちいい。でも、ちょっと撫でにくい?」

「ナーァナー」

「…入れって言ってるように見えるな」

「いいの!?」

「ナー」


 ノックス・キャットは大きい。大型のウルフくらいはある為、撫でていると鉄柵に当たってしまい思ったように撫でられない。そのことを言うと、それなら中に入れ。と言っているようにノックス・キャットが鳴き、尻尾を器用に動かして鉄柵の向こうに行けるであろう扉を指した。


「ルディス!行っても良いでしょうか!?」

「…ああ。本人、いや本猫がいいって言ってるからな」

「ナァ」


 ノックス・キャットを見て僅かにため息を吐き、渋々ルディスの言った言葉にノックス・キャットは満足そうに鳴いた。


 ルディスが扉の近くに行き、じゃらじゃらとした鍵束から鍵を探して扉を開けようとしている。


「…お前ら、扉の近くから離れろ」

「ナー」


 扉のすぐ側で開くのを待っているキャット系魔獣達に見守られながら。


「ええー。じゃあないんだよ。開けられないだろ。ほら、扉から離れろ」

「…ニャア」

「ったく…どうぞ、入ってください」

「ありがとう。…お邪魔します。こんにちは、ラフィアって言います。よろしくね」

『「「ニャア」」』

「凄い揃った声だな。」


 扉の近くで張り付く様に見ていたキャット系魔獣達もルディスの言うことを素直に聞き、無事扉を開けた。ルディスが私が通るときに扉を支えてくれた。

 中に入るとノックス・キャットを始めとしたキャット系魔獣達が出迎えてくれた。声を掛けると皆揃って鳴いてくれてとっても可愛い。


「そういえば私、初めて見る子がいる。珍しい種族っぽい子だけど、どんな子なの?」

「そうだな。ここ以外ではそうそう見られない種族もいるな。…気になるなら、こいつらの自己紹介でもしようか?」

「うん!よろしくお願いします!」

「そうか。じゃあまず、この中で1番デカい魔獣のミケイル。名前は三毛から」

「んなぁ~」


 ルディスが猫達についての説明をしてくれると言うので私は迷わず聴くことにした。聴かない選択なんてものはないから。


「ダイナマイトと言う種族で、見た目が個体ごとに違うのが特徴だ。ミケイルの親も茶トラと白黒のぶちだった。種族名の由来はこのデカさと特殊な魔法が使えない代わりにパワーが凄く、そこらの魔物程度なら薙ぎ払えることから。」

「凄い!カッコいい!」

「次、額の宝石が特徴のこいつだ。名前はファンティ」

「ミァ~ン♪」

「名前の由来は、なんとなくの響きらしい」

「え?なんとなく?」

「ああ。俺は産まれた時側にいなかったから後から聞いたが、ファンティが産まれた時に近くで見守っていた俺の兄弟子にあたる…さっき会ったあいつとは違う奴がビビッときたとかでこの名前になった」

「ミァ~♪」

「ファンティは気に入っているから良いんだが」

「うん、うん!」


 キラキラした眼で饒舌に話すルディスは楽しそうで何時までも見ていられる。


「ファンティの種族はファントム・キャットと言う種族で、額の宝石を媒介にして幻を生み出す。森の中で使われると方向感覚が狂わされるから、森の中で会いたくない魔物の1種として有名だ」

「淀み無い言葉、カッコいい!」

「ニャア?」

「この二股に別れた尻尾と全身の毛先が炎のように揺れるのが特徴のこいつは、ヒバナと言って猫又と言う種族だ。名前は毛の色から。猫又はファントム・キャットのように幻を生み出すが周囲に影響する魔法のファントム・キャットと違い、自身に魔法を掛ける。例えば違う種族のようになったり、周囲の景色に溶け込んだりする。発見例も少なく、こうして会えるのも貴重な種だ」

「ニャアニャ!」


 ルディスの説明にそうなんだ!と言わんばかりに胸を張るヒバナ。この中でファントム・キャットのファンティの次に小柄の為、本猫はカッコいいつもりだろうがその得意気な顔はただ愛らしいだけだ。ルディスも微笑ましそうに見ている。


「笑顔が可愛い」

「そうだな。ヒバナは男だからかカッコつけたい様なんだが毎回上手くいってないんだよな」

「ニャア!?」

「ナーァ、ナーン」


 ヒバナはルディスの言った言葉に衝撃を受けたように驚きの声をあげ、ノックス・キャットは、なんだか呆れた声を出していた。ヒバナはよくカッコつけようとして他の子やルディスに微笑ましく見られているようだ。


「最後はノックス・キャットだな。ノイモーントって名前だ。新月という意味らしい」

「ナーォ」

「ノックス・キャットは別名闇夜の暗殺者と言われ、その名のとおり闇に紛れる魔法を扱える。夜に真価を発揮する種族で夜限定で自身の影や木の影に入ることができ、影から影に移動も出来る為ノックス・キャットを夜に倒すのは難しいと言われる。

 …説明はこれで終わりだ。どうだったかな」

「とっても分かりやすくて、聴いてて楽しかったよ!…ルディスが楽しそうだったしね」

「え? 何か言ったか?」

「なんにも!」

「ナーン」


 ついルディスがキャット系魔獣達の説明をしていたときの表情が楽しそうだったと言ってしまったが、拗ねてしまったヒバナや近づいてきたミケイルとファンティを撫でていてルディスには聞こえなかったようだ。


「今言ったことはルディスには内緒にしてね」

「ナーナーァ」

「ありがとう、ノイモーント」


 唯一近くにいたノイモーントには聞こえていたっぽいので、ルディスに黙ってもらうようにお願いした。やれやれ仕方ない、とため息を吐きそうな声で「ナーナーァ」と言われたが、黙っていてくれるようだ。



 ***



 無事、皆に受け入れてもらえたのでノイモーントを始めとしたキャット系魔獣達を撫でたり、果物をあげたりした。暫くそうして猫のサラサラな毛並みを堪能していると、何かを迷うように顔を動かしていたルディスから質問された。


「…その、気になっていたんだが、ラフィアはいつノックス・キャットに出会ったんだ?」

「ミャーン♪」

「ええと、セレーノン女神教会の聖女試験で出会ったんだ」

「セレーノン女神教会の聖女試験で?」

「んなぁ~?」


 答えると、ルディスが驚いたようにおうむ返しをした。恐らく出会った場所が思っていた場所と違ったのだろう。魔獣と会う機会なんてこういった魔獣使いが沢山いるお店か冒険者の飼っている魔獣かのどちらかが殆どだろうから。


「聖女試験って確かセレーノン女神教会に所属する者の中から各国の教会の推薦で聖国に集まって、その中から1人聖女になれるかどうかっていう試験だと聞いたが。その試験で出会ったのか?魔獣であるノックス・キャットに?」

「んなんなぁ」

「うん、聖国に魔獣使いの方がいて聖女試験の時に魔獣がいる部屋の隣で数日間すごすって試験で私の部屋の隣がノックス・キャットだったんだ」

「数日間、初対面の魔獣とすごすなんて凄い試験の内容だな。怖くなかったのか?」

「最初は大きくて怖かったけど、段々馴れてきて最終日には一緒にお昼寝したなぁ」

「ニャア!?」

「お昼寝…。出会って数日でお昼寝する程に仲良くなったのか」

「ナーァ」


 説明が終わり、反応を見るとルディスもノイモーントも他の子も皆呆れたような顔をしている。何故だろう。ここではお昼寝はそんなに珍しくはないはず。う~ん。聖女試験で魔獣とすごす必要を話した方がいいかな?


「大丈夫。聖女試験は安全になっているよ。魔獣の部屋の近くに魔獣使いが常駐してたし、教会の人もいたから安全だよ。それに魔獣に馴れるのは重要な事でね、聖女は魔獣の怪我を治したりする場合があるからその時、魔獣を恐れず集中しないと危険なんだよ。だから聖女試験で魔獣と会って、馴れるんだよ」

「そこも気にはなったが、違うんだなぁ」

「それに聖女試験は数千個のドミノをお題のとおりに並べたり、崖登りをしたりする方がずっと大変だよ」

「ニャア?」

「そっちか?そっちの方が大変なのか?」

「うん。物凄く大変だったよ」

「そうなのか…」


 そう、魔獣と一緒にいる試験はむしろご褒美だった。崖登りだって、下にフカフカのクッションと落ちた時に受け止める風魔法使いの人がいたけど、高くて怖いし手が痛くなった。ドミノ倒しもあと少しで終わる、と油断した瞬間手が当たって全て倒してしまった。そんな中、モフモフサラサラな毛並みの魔獣とのふれあいは楽しかった。


「それに、あの時ノックス・キャットとふれあえたから私は聖女試験を頑張れたんだ」

「そうか…。その気持ちは、まぁわからなくもない」

「ナー」

「そうだよね!あの毛並みを触るだけで暫く頑張れるよね!」

「ああ。疲れがどこかに飛んでいくな」


 ワイワイと猫についての会話をする。私は毎日触れているわけではなく、たまに道端にいる猫に触れる程度だ。ルディスはここにいる子を始めとしたキャット系魔獣と毎日触れあっている。話の引き出しが沢山あって楽しい。


「前、ヒバナが逃げ出そうとしてな、逃げるのに使った穴があったんだがその穴が丁度ピッタリ、ヒバナに嵌まっていて脱走を失敗したことがあったんだ」

「ふふ、ふふっ、可愛い失敗だね」

「ニャニャ!ニャア!」


 ヒバナが恥ずかしそうに鳴いているのを聞きながら、可愛い脱走失敗事件に笑う。その他にもキャット系魔獣達の面白いハプニングから、微笑ましいじゃれあいまで、時間の許す限りルディスは話してくれた。


「…もう帰る時間だな」

「んなぁ~」

「本当だね。もう空が暗くなってきてるし、帰らないと。ぅわ!?」

「ミャーン♪」

「…ファンティ、引っ付くんじゃない」

「また、来るからね」

「…ニャア」

「ファンティもヒバナもまたね」


 そろそろ帰ろうと立ち上がろうとするとファンティが背中に飛び付いてきた。ルディスが引き剥がしてくれたが足元でヒバナも寂しそうに鳴いていた。可愛くて帰りたくなくなってくるが、また来れると自分と猫達に言い聞かせ扉を通る。


「ミケイルとノイモーントもまたね!皆また遊ぼうね」

『「「「ニャア!ニャー!」」」』

「うん!バイバイ!」

「初対面の筈なのに、なんでこんなに分かりあえているんだ?」


 扉を通る前にもう一度、また来ると約束する。こんな楽しいところ絶対一度来ただけで終わらせたくはない。あと、ほんのちょっとここに来る約束をすれば自然とルディスと話す回数が増えたりしてくれるのでは、と思ったりもしている。


 魔獣舎の受付を通り、見学許可証を返す。その間、私はどうやって次に繋げようかと考えていたが、ルディスも何かを考えているようだった。何せ考えている、ルディスの横顔が夕日と相まってロマンチックだったから、私は次について考えるよりもこの光景を見つめることが今は大事だと瞬きをしないように目に力をいれて目に焼き付ける。


「……すまない。服、あいつらの涎やら食べこぼしやらで汚れてしまって。…弁償する。いくらだ?」

「えっ!?い、いいよ!そんな。それに汚れるのは前回の経験から知ってたから!汚れることはわかっていたから!ね?」

「…えっ。で、でも、そういう訳には…」

「そうだな…。あっ!私、ルディスとまたお出かけしたいな。行きたいお店があるの。もちろんルディスが嫌じゃないなら…どうかな?」


 目に焼き付けることに夢中になっているといつの間にか魔獣屋を出て、教会前に着いていた。


 まさかルディスがそんなことを考えてくれていただなんて!私に気を配ってくれて嬉しい。私なんて、

(ルディスとのお出かけデートがもう終わってしまうかと思うと寂しい。ルディスと次のデートお出かけの約束をしなくては。でも、ルディスの横顔を見つめていたから何も考えられていない。だが後悔はない。)

 なんてことしか考えてなかったのに。少し考えて、服の弁償なんてルディスに悪いし、それなら1回デートに誘った方がルディスの気も楽だろう。と言うわけで次のデートに誘った。

 …ええ。私がまたルディスとデートしたいからですが、何か?


「っ!ああ、嫌じゃない。わかった。その行きたいってお店に一緒に行こう」

「良かった!ふふっ、今から楽しみ」

「それは良かった。役にたてたようで」

「それじゃあ、ルディス。またね。ルディスと行くの楽しみにしてる!」

「ああ!また………」


 次のデートの約束ができて、今日のデートは大満足だと思い、教会に帰ろうとした私をルディスが呼び止め


「…あの!ラ、ラフィア。その、今日の、ええと…今日の服装と、とても似合っている。……それだけだ。…じゃあまた」


 時々詰まりつつ、下を向いて耳まで真っ赤にさせながら、そう言ってそのまま去って行った。


「…褒められた。うふふ、ふふっ。ルディスが服装褒めてくれた。ふふふっ」


 ぼんやりしていた私だったが、言葉をゆっくり思いだし、間違いがないか反芻して、幻聴でもないか耳を触って、どうやら本当らしい。と分かると嬉しさでニヤついて、喜びで笑い声が漏れてきた。顔のニヤニヤを止められそうにない私は、俯いて顔を覆った。


「ラフィア、そんなところで笑ってどうしたの?ちょっと、いやだいぶ変だよ」

「あ、リン。ふふふ、あのね、ルディスがね褒めてくれたの。さっき別れる直前に『今日の服装はラフィアに似合っている。まるで天使のようだ』って褒めてくれたの!」

「へぇ?そうなんだ、ヨカッタネー」

「うん!服、一緒に選んでくれてありがとう!リン!」

「うん。どういたしまして。ラフィアが喜んでくれて私も嬉しいよ。…ほら、中に入ろう」

「ふふっ、はーい!うふふ、ふふ」


 そうして暫く教会前で下を向いて喜びを噛み締めている私に、通りがかったリンが話しかけてくれた。すかさず今日の服を選んでくれたお礼と、さっきあったことについての自慢をする。反応がちょっと雑だった気がするがそんなことはどうでもいい。私はさっきのルディスの言葉の余韻に浸り、思い出を色褪せないようにするのに忙しい。


「ラフィアが壊れている。…絶対あそこまで言われてない気がするんだよね。ラフィアから話を聞いた限り、結構物静かで口数が少ないみたいだし。褒められたのは本当だろうけど、せいぜい似合っているくらいで、天使のようだとは言ってないと思うんだよねぇ」

「うふふ、似合っているって、可愛いって、ふふっ」

「可愛いが増えてる…。元に戻るかな?叩けば戻る?」


 そんな私を見てリンが困惑し、本気で叩こうか考えていたことは、その時余韻に浸っていた私の知らぬ話だ。

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