4.聖女は魔獣使いと初デートをする

 リンとの女子会は夜明けまで続いたからか、翌日寝坊して、2人揃って怒られた。


 何時もと変わりない日々が続き、そして遂に待ちに待った休日、アムルスさんと魔獣に会いに行くお出かけの日がやって来た。



「服、おかしくないかな。髪型も崩れてないよね。……ああ、ドキドキしてきた!」


 待ち合わせ場所の噴水前広場にあるベンチに座り、アムルスさんを待つラフィアは今日の為に買ってきた服を着て身だしなみの最終チェックをしていた。


 リンと相談した結果、ラフィアが持っている服ではダメだという結論に至り、買いにいった。

 買った服は、上は薄茶色で袖に草花の刺繍がされたトップス。下は裾が広がって少しスカート風に見えるストライプの入ったグレーのパンツ。

 靴は履き慣れた革のショートブーツにした。

 髪型も編み込みをした髪をピンクのリボンで一纏めにしている。リンにオススメされた髪型だ。


 リン曰く、今回は調教済みの魔獣に会いに行くから走ったりする可能性は低い。だが、どこかしらは汚れるだろうから服装は汚れの目立ちにくい色にしつつ、髪型を華やかな雰囲気にした方がいい。とのことだった。


「おはようございます……。聖女様」

「おはようございます!アムルスさん」


 何度目かわからない服装チェックをしていたら、今日のラフィアが待っていた人の声が頭上から聞こえた。

 その声にパッと顔をあげると、長い前髪で顔のよく見えない魔獣使いのルディス・アムルスがモゴモゴと口を動かして、聖女様と言ったところだった。


「聖女様。……ノックス・キャットに会いに俺の職場に行きましょうか。」

「はい!今日、楽しみにしていたんです!」

「それは良かった。……あの」

「キャッ!」


 職場に行こうと歩き出したアムルスさんの隣で、隣で歩くラフィアは走って来た子供にぶつかってしまった。


「!! 大丈夫か?」

「はい、私はなんともないです。貴女は大丈夫?」

「だいじょーぶだよお姉ちゃん!」

「気を付けて走るんだよ。」

「うん!お兄ちゃん、お姉ちゃんごめんなさい!デートのじゃましちゃって」

「デ、デート!?」

「違うの?デイジーちゃんが女の人と男の人が2人で歩いていたらデートだって言ってたよ?」

「ッ!?」

「そうなんだ……。」


 特に怪我もなくぶつかってしまった女の子も無事だったが女の子が言った言葉にラフィアは衝撃を受けた。

 異性とお出かけはデートって聞くけど、どこをどうしたらデートって言えるんだろう。と思っていた。だが、異性と2人でお出かけでデートになるんだ。と知らなかったデートの定義を新たに知ったラフィアは、と言うことは今日のお出かけもデートって言えるんだ!と心の中で喜ぶ。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん、バイバーイ」

「うん、バイバイ!気を付けてねー」


 女の子が去った後も今日はデート、はっ初めての2人でお出かけだから初デート!?とデートのことについて頭がいっぱいだった。


 暫くデートの国に行っていたラフィアだったが、アムルスさんが何か言おうとしていたことを思いだし、デートだと意識してしまうと途端にドキドキしてくるが、何か重要な話かもしれない、と何を言おうとしたのかアムルスさんに訊いた。


「すみませんアムルスさん、何か言おうとされてましたよね?」

「えっ?ああ、……普段、ルディスって呼ばれているのでアムルスって呼ばれるのが不思議で…。」


 下を向き迷うように言ったアムルスさんの言葉に、なんですと!?とデートのことで未だフワフワしていたラフィアは浮かれている場合じゃないことに気づいた。

 アムルスさんなんてよそよそしい呼び方をしていては次回のお出かけデートに繋げられない!

 今日、いや今、アムルスさんからルディスさんに呼び方を変えなくちゃ!


「そうだったんですか。…では、もし嫌でなければルディスさんとお呼びしてもいいですか?」

「!ああ、大丈夫だ」

「それと、私のことも聖女様ではなく、ラフィアと呼んでください。今日はプライベートですから、友人に接するようにしてくれると嬉しいです」

「…わかった。聖女様……あ、いや…ラ、ラフィア」


 そう思ってアムルスさん、いえルディスさんに訊いたら無事OKを貰えたので、この調子で私の聖女様からラフィアに呼び方を変えてもらった。

 私の名前を呼ぶときに1回こちらを向いて言おうとして無理だったのか、下を向いてギリギリ聞こえるくらいの声で名前を呼んでくれた。


「はい!なんでしょう、ルディスさん」

「ッ!……ラフィアも楽に接してくれていい。俺だけ気安く呼ぶわけにはいかない」

「はい!あ、いや、うん!わかったよルディス!」

「………ああ」

「うふふ」


 私がルディスと名前で呼ぶと照れたのか顔を背けてしまったけどそれがまた可愛い。


 そう思いながらルディスと並んで歩く。さっきからずっとそっぽを向いたままなので、この隙にとルディスのことを観察した。


 今日も濃いグレーの髪は前髪にかかっているが、心なしか何時もより髪がボサボサしてない気がする。朝だからだろうか。

 顔はよく見えないが耳は赤くなっている。顔も赤くなっているかもしれない。

 服装は上は深緑のトップスに黒革のベストを着ている。ベストの革の質感が余り見たことのない質感だ。魔物の革かな?下も黒革のパンツだ。ベストと同じ素材なのか雰囲気が似ている。ダボッとしているし、長いのか少し裾を折っている。靴はショートブーツだ。ベストとパンツとは違う革を使っているようで丈夫そうな見た目をしている。


「……あの」

「ッひゃい!なんでしょう?」

「? ここが俺の職場の魔獣屋になる」

「…わぁ、カッコいい建物。昔からあるのかしら?」

「確か、百年前からあると聞いたことがあるような…」


 急に話かけられてビックリして変な声が出てしまったが、ルディスの視線を追って目に入ったルディスの職場を見て驚いた。


 幾つか建物があるが、目を引くのは奥に建っている大きな木造の建物だ。重厚感があり、頑丈そうな雰囲気を出しながらも所々にされた木彫りのレリーフや鉄で出来た窓枠によって武骨よりもカッコいいという感想が合うような見た目だった。ルディスの言ったとおりなら百年はここに建っていることになる。感じた重厚感は長年王都にあることからくる感覚だったのかと思う。


「こっちに付いてきてくれ」

「あ、うん!」


 ルディスに呼ばれてぼうっと見ていた建物から目を離し、見ていた建物とは別の小さな木造の建物に入った。いや、あの建物が大きかったから小さいと思ってしまったが、普通の一軒家よりもずいぶんと大きい建物だ。


 チリン、と扉に付いたベルを鳴らし中に入る。広めの空間の奥、『魔獣購入希望窓口』と『魔獣お預かり・受け取り窓口』と書かれた板が吊るされており、その下の受付で誰かが話をしている。その人と受付の人、今入ってきた私とルディス以外に人はおらず、静かな空気がこの建物内に流れていた。


「少し、ここで待っていてくれ」

「わかったけど、私は行かなくて大丈夫?」

「既に手続きしてある。あとは必要な物を受け取ればいいだけだ」

「そうなんだ。手続きしてくれてありがとう」

「あ、いや、それほどでは……行ってくる」


 ルディスが先に手続きを済ませてくれたらしい。調教済とはいえ魔獣に会うのだ、何かしらの面倒な手続きがあったことだろう。スマートでカッコいい!……じゃなかった。感謝を伝えなければ、と思って言ったのだが足早に受付に行ってしまった。ちょっと耳が赤くなっていた気がするのは気のせいだろうか。


 ルディスを目線で追うと6つ程ある受付の右側、『魔獣購入希望窓口』と書いてある方に行き、そこにいるガタイのいい男性と軽く会話をして、何か受け取るとこちらに戻ってきた。


「これを首にかけてくれ」

「これは?」

「魔獣を見学する者用に渡す見学許可証になる。外部の者はこれを受け取らないと魔獣舎に入れない。魔獣舎はこっちだ」

「うん、しっかりしているんだね」


 ルディスが先程受け取った物を差し出す。受け取った物には

[魔獣見学許可証32006028]

 と書かれた金属を貼り付けた手の平位の木の板に紐が通してある許可証だった。


 その魔獣見学許可証を首に掛け、ルディスの案内で建物を出て、ちょうどあの大きな木造の建物に向かって敷地内を歩く。歩きながら魔獣の見学についての説明を話すルディス。話を聴きながらルディスのことを眺める私。なんて良い時間だろうか。


「魔獣は聡い。魔獣を刺激したりするような者を入れる訳にはいかない。厳正な審査や書類を書いてやっと魔獣を見れる。購入は更に厳しい」

「へぇ、そうなんだ。大変なんだね。…私は大丈夫だったんだね」

「…ああ、身分が分かっていること、過去に魔獣と触れあったことがあること、俺が付いていくことで認められたんだ。厳正な審査と言ってもその人に問題がないかどうかの確認の意味が強いから」

「どんな人が問題ありって判断されるの?」

「大抵は魔獣を蔑ろにする者、魔獣に無闇に近く者、近くで魔獣を見てパニックを起こす可能のある者だ。蔑ろにする者は言動に魔獣を軽んじる物が多いし、無闇に近く者は魔獣の危険性を理解してない奴だし、パニックになる奴も同じく危険性を理解してない奴に多い」

「そうなんだ。合格だと判断されて良かった」

「ああ、…ラ、ラフィアは魔獣を軽んじる発言はしてないし、過去に触れあったことがあるのなら危険性や接し方も心得があると判断された」


 歩いていると、どんどんと重厚感ある木造の建物が近づく。すると前に私の背丈よりもずっと高い壁と『ガルルッ!』『うわー!逃げたぞ!』『追え!逃がすな!』といった音が聞こえてきた。

 ……明らかに何か逃げたみたいだが大丈夫だろうか。


「…着いたな。ここが魔獣舎だ」

「頑丈そうな門…」

「万が一にも逃げるなんてことは信頼に関わる、門も囲っている壁も月に1度は点検をしている」


 そう言うとルディスは大きな門の左側にある小さな門の近くに歩いて行った。


「……ルディスだ見学者と2人でノックス・キャットに会いに行く。通してくれ」

「おールディスか。ハイハイ。ルディスと見学者でっと……ルディスが誰かを誘って魔獣に会いに行くなんてなぁ。おれぁルディスに友達が出来て嬉しいよ」

「うるさい。早く手続きしろ」

「分かってるって、あとは、見学者の確認だな。顔を見せてくれ」

「ああ、ラ、ラフィアこいつに顔を見せてやってくれ」

「うん。…こんにちは、お疲れ様です。ラフィアと申します」


 ここの魔獣舎の出入りの管理をしている方と親しげに話すルディスを見ていると名前を呼ばれたので側に行く。どうやら、見学者の確認をするらしい。


「ん?ラフィア?女性みたいな名前だなぁ。…って女の子じゃないか!こんな所だからてっきり男と来たのかと思ったのに!どぉーゆーことだ!ずるいぞ!」

「あ、あの?」

「……。」

「しかも美人!羨ましい!ここに来るってことは結構仲良くなってきたってことだろ!?おれへの当て付けかぁ!くそがー!」


 確認の為に顔を見せると管理人の方が叫び出した。なんでだろう。


「…はあはあ。し、失礼しました。ちょっと予想外だったもので、気分が荒れてしまって。本当、すいません」

「いえいえ、気にしていませんから、大丈夫ですよ。頭を上げて下さい」

「…はぁ。なんでこんなに出来た美人がお前と一緒に魔獣舎に来るんだ。あれだろ?ここに来るってことは魔獣使いだって知ってるってことだろ?羨ましいなぁ。そして妬ましい」

「……通っていいか?」

「ああ、良いぞ。通行許可を出す。…はぁ、なんでこんなに疲れたんだ」

「自分から無駄に叫び出したからだ」

「グゥ!?…的確に心臓を抉る一言、だな……」


 暫く「羨ましい!」「妬ましぃー!」と叫んだ管理者の方はルディスに言われた言葉を最後にガクッと力無く椅子に腰掛けた。


「…すいません。あれでも俺の兄弟子なんです。何時もはちゃんとしてるんですが……今日は調子が悪かったみたいで」

「いえいえ、そんな。楽しい方だったから。ルディスも楽しそうにしていたね」

「…そうか?」

「そうですよ」


 少し離れるとルディスが申し訳なさそうに謝った。それに私は笑顔で返す。


 あの管理者の方…ルディスの兄弟子さんが話しかけていたとき、態度こそ嫌がっていたが僅かに口角が上がっていた。それに兄弟子さんと話すときの口調が私と話すときよりも砕けた話し方だった。ルディスと兄弟子さんは長い仲なんだろう。


「…此方がキャット系の魔獣がいる魔獣舎だ。ノックス・キャットのいる建物はあれになる」

「ここに、ノックス・キャットが…」


 そうして魔獣舎内をルディスと歩くと遂にノックス・キャットのいる魔獣舎にたどり着いた。他の魔獣舎の建物からは中から『ミャァァー!!』『シャァァ!!』とキャット系の魔獣らしき鳴き声が聞こえてくる。だがルディスに案内された建物付近は静かで、性格の合う魔獣と分けているようだ。


 これまた大きなかんぬきがしてある扉ではなく、隣にある人用の扉を通り私はノックス・キャットをその目に映した。



 ***



「わぁ!いろんな子がいる!」


 ルディスの案内で魔獣舎の中に入った私の目に映ったのは沢山の大きなキャット系魔獣だった。鉄柵にかけより魔獣舎内いっぱいにいるキャット系魔獣達を見つめる。


 丸まって昼寝をしている見上げる程に巨大な三毛柄の猫。


 大きく伸びをしている額に宝石が輝くピンク色の長毛の猫。


 毛繕い中の尻尾が二股に別れ、長毛になっている毛先がゆらゆらと炎のようになっている赤毛の猫。


 そして…私が入った時、一瞬こちらを見たがすぐに目を閉じてしまった夜闇のように真っ黒の毛並みに月のような金眼の猫。


「あそこにいるのがノックス・キャットだ」

「あの子が…!」


 私の会いたかったノックス・キャットが目の前にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る