第3話
ようやく補習が終わり、七美先生が教室から出ていった。
後半の試験の採点はその場で行われたのだが、どうやら誰も赤点にはならなかったようだ。
まあ前半のプリントの内容がほぼそのまま出たようなものなので、当然といえる。
生徒たちも次々と教室を出て帰路につく。
明斗は自分のクラスのグループと共に帰宅していった。
俺は華音と連れ立って教室を出た。
昇降口へ出て、華音と並んで自分の靴箱を開ける。
靴箱の中に、見覚えのない封筒が入っていた。
俺はそこが確かに自分の靴箱である事を確認して、その封筒を手に取った。
ファンシーな装飾の施された小さめの封筒で、花の形をしたシールで封がしてある。
俺の靴箱に入っていたんだから、俺宛なんだろうが、心当たりはない。
怪訝に思いながらシールを剥がして封筒を開ける。
中身は1枚の小さな便箋だった。丁寧に折り畳まれている。
それを開くと、可愛らしい綺麗な字で、こう書いてあった。
水原遊真君へ
突然のお手紙すみません。
私は、あなたのことが好きです。
もしよろしければ、明日の午後4時に特別教室棟の裏にある花壇の前に来てもらえないでしょうか。
お待ちしています。
心臓が高鳴る。
手紙はそれで終わっていた。
俺は慌てて靴箱を閉じ、靴を履こうとして、まだ靴を取り出していない事に気づいてもう一度靴箱を開けた。
いかんめっちゃ動揺している。
「なにしてんのよ?」
既に靴を履き替えた華音が、出口で俺を急かす。
「あ、ああ」
俺は急いで靴を履き替え、華音の所まで走った。
「なんかおかしいわよ。どうしたの?」
華音が俺の表情をのぞき込んでくる。
「いや、その……。それが……」
「なによ」
口ごもる俺に、華音は苛ついたようだ。
「これだよ、これ」
俺は手の中の手紙を見せた。
別に隠すようなことでもない。
華音なら、からかうような真似はしないだろう。
俺はその手紙を開いて文面を見せた。
華音の目が大きくなる。
「これって……、ラブレターじゃない」
「うーん」
俺は腕を組んで言った。
発見した瞬間の動揺が過ぎ去り、少し落ち着いてみると、これはラブレターじゃなくてイタズラの可能性が高いんじゃないかと思えてきたのだ。
「いや、どう見てもラブレターじゃない。違うっていうの?」
「だって、差出人の名前が書いてないじゃないか。普通は書くだろう。なのに書いてない。だから、イタズラなんじゃないかと思ったんだ」
「恥ずかしかったのかもよ」
「それに、この指定場所もなんか怪しいしな」
「なんでよ。人気のなさそうな場所だから、良いんじゃないの?」
ああ、華音は知らないのか。
部活に入ってないから無理もない。
俺だってゲームの知識がなければ知らなかったからな。
「この、特別教室棟の裏にある花壇ってのは、園芸部の活動場所なんだよ。隔日だけどな。それに音楽室や美術室、図書室なんかの特別教室ってのは文化部の部室にもなってるから、授業が終わっても人気がないってわけでもない。つまり、実際にこの場所がどんな場所か知らないやつが、適当に書いた可能性が高いと思うんだ」
「ふーん」
華音は納得がいかないようだ。
「でも、私はイタズラじゃないと思うな」
「なんでだよ」
「だって、今日来たときはその手紙まだなかったんでしょ?なら、今日私達が来てから今までの間に入れたってことになるじゃない」
「……そうなるな」
「今日は日曜日よ。イタズラなら、わざわざそんなことする?あんたの間抜けヅラで楽しみたいなら平日にやるでしょ」
「間抜けヅラじゃないが。……まあ確かにそうだ」
「でしょ。だからイタズラって決めつけるのはいただけないわね」
ふむ。
俺は考え込んでしまった。
確かに華音の言う通りだ。
「つまり、この手紙を入れた人物は、俺が今日補習を受けに来ると知っていたことになるな」
「……入れるのは今日でも、週明けに見てもらうつもりだった、っていう可能性は?」
「それこそ平日の朝にちょっと早く来ればいい話だ。わざわざ日曜日にやる必要はない。第一、いつも休日は昇降口の鍵がかかってる。今日は補習授業があったから特別に開いてただけだ。だから、これを入れた人物は、少なくとも今日は特別に鍵が開いてるって事を知ってた事になる。それに……ほら」
俺は華音に手紙を見せ、ある部分を指さした。
「日時の指定。月曜日の、じゃなくて、明日の午後4時に、って書いてある。俺がいつ読むかわかってないとこんな書き方はしないだろ」
「ああ、なるほど……。うん……ちょっと待ってよ?」
華音が首を傾げる。
「って言う事はよ?あなたが補習を受けるのを事前に知ってた人物って事になるけど、それってだいぶ限られてこない?」
「ああ、そうなんだよな」
誰が赤点を取ったのかなんて、公表されるわけがない。
知っているのは本人と教師、それに本人の家族、本人が話した人物くらいじゃないだろうか?
必然的に、人数は限られてくる。
「……白雪ちゃん、今日遅刻してきたわよね」
「……ああ」
「わざと遅刻して来れば、誰にも見られずに手紙を入れるのに好都合だわ」
「……ああ」
ちなみに今日の補習授業に来ていた女子生徒は、華音と白雪だけだ。
……いや、生徒という枠で括らなければ、まだ他にも候補者はいる。
「……七美先生も、タイミング的には可能だな」
七美先生は俺たち生徒より後に教室に来て、俺たちより先に出て行っている。
靴箱に手紙を入れる時間くらいあったはずだ。
差出人が書いてなかったのも、先生が生徒に宛てたんだと仮定すれば、納得できる。万一にも他人に知られるわけにはいかないだろうからな。
「七美先生がぁ?……可能か不可能かで言えばそうかもしれないけどさぁ」
華音はそう言って、それから、何か思いついたかのようにニヤニヤした。
「まあ、そういう意味で言うなら、私だってそうね」
「華音が?」
華音は行きも帰りも俺と一緒だったから、手紙を入れるような時間はなかったと思うが……。
「私、補習の途中でトイレに行ったもん。その時に寄り道して手紙を入れようと思えば入れられるわ」
華音はいやらしく笑いながら俺の顔をのぞき込んでくる。
「……私かもね?」
「やめろ。気持ち悪い」
「ひどいわねぇ。涙を流して喜びなさいよ」
「はいはい」
そんなことを話しながら歩いていると、向こうから見覚えのある二人が向かってくるのが見えた。
吉宮明斗と、緑川実咲だ。
「明斗、お前先に帰ったんじゃなかったのか」
俺は不思議に思って尋ねた。
明斗は自分のクラスの友達と一緒に俺よりも先に教室を出た。
そして緑川実咲は補習に出てすらいなかったはずだ。
なぜ、その二人が一緒になって引き返してくるのだろう。
「ああ。実はさっきそこでな……」
明斗はそう言いながら、手に持っていた箱の中を見せた。
俺と華音はその箱をのぞき込む。
箱の中には布が敷かれており、その中に子猫が二匹眠っていた。
「わあ!どうしたの?」
華音が言う。
「そこの角に、捨ててあったんだよ。ひでえことするよな。それを緑川さんが見つけてさ。これから二人で動物病院に行くとこ」
緑川さんが小さく頷く。
「私一人じゃどうしていいかわからなくて……見てるだけだったから……。そこに明斗君が通りかかってくれたから……」
緑川さんは明斗の陰に隠れるようにしながら、小さな声で言った。
「そうなのか……」
そういえば、そんなエピソードがあった気がする。
この猫がきっかけで、緑川実咲は主人公の吉宮明斗に恋心を抱くようになるのだ。
ゲームが始まる前の、前日譚エピソードの一つだ。
もっとも、その後に緑川実咲の「恋愛小説みたいな恋がしたい」という妄想が暴発して、恐ろしいヤンデレへと変貌していくのだが。
見ると、緑川さんは明斗の制服の裾をつまんで、明斗に寄り添うようにしている。
「そんなわけだから、急いでるんだ。ちょっと弱ってるっぽいし。それじゃあな」
明斗が言う。
「ああ、それじゃあな。がんばれよ」
俺は明斗にそう言って手を振った。
緑川さんは俺を見て、明斗を見た。
そして俺に小さく会釈をして、明斗の後をついて行った。
それを見送って、俺と華音は再び歩き出した。
「ねえ」
華音が言う。
「あんた、行くつもりなの?特別教室棟の裏」
華音は前を向いたまま、俺に訊いてきた。
「まだ決めてないよ。イタズラじゃないって確信したわけじゃないしな」
「……行ってあげなよ」
「え?」
「きっと、すごく勇気を振り絞って書いたんだろうし。私だったら、来てくれなかったら悲しいと思う」
思わず黙ってしまった。真剣な声だったからだ。
「もしイタズラだったらさ。私が慰めてあげる」
「華音が?」
「そうよ。ありがたく思いなさい。特別よ」
そう言って華音は笑った。
その笑顔には、どこかしら強がりのようなものが含まれているような気がして、俺は目をそらした。
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