第6話(解答編)


翌日。月曜日。午後4時。

特別教室棟の裏にある花壇の前。


俺はそこにいた。


昨日、俺の靴箱にラブレターを入れたのが誰なのか、俺にはもうわかっていた。

俺はそれがわかったことで、ここに来るのをかなりためらった。


複雑な心境だったからだ。

もちろん、誰かに好かれたということに対して素直に嬉しい気持ちはある。

しかしそれよりも、いくつかの意味で残念な気持ちのほうが大きいのが正直なところだ。

少なくとも手放しには喜べない。


約束の時間をほんのわずかに過ぎた頃、一人の女子生徒が俺の前に現れた。


「正直、もう来ないかとも思っていたよ」


俺は彼女に言った。


それは彼女のほうも、俺に対して同じ事を思っていたのかもしれない。

だからこそ、わずかに遅れたのだ。


実際にここに来るとよくわかるが、特別教室の中でもここが見えるのは図書室くらいだ。


彼女は図書室から、俺が来るのを確認してから姿を現したのだろう。


「手紙をくれたのはきみだったんだね。緑川実咲さん」


俺の前に立っているのは、緑川実咲だった。


「はい……」


緑川実咲は頷いて、小さな声で肯定した。


そして、いきなりがばっと頭を下げた。


「ごっ、ごめんなさい!私、あなたとは付き合えません!」


「……あ?お、おう」


意をけっしたように言う緑川に、俺はたじろぐしかなかった。


いや、わかってたよ?


わかってたさ。こうなるってことも。


ラブレターをくれたのが彼女だってわかった瞬間から、俺と彼女が結ばれることはないって、わかってたさ。


だって、緑川実咲は、これから始まる恋愛ゲームの攻略対象なんだぜ。そしてそのゲームの主人公は俺じゃない。


しかも、緑川実咲は、ヤンデレ属性持ちだ。

恋愛に病んでいるのだ。

相手の事だけ考えているようで、実は自分の事しか見えていないのだ。


わかってたさ。

でも、こうまで正面切って堂々と言われると、驚かざるを得ない。


なんで俺が振られたみたいになってんの?


「えっと……。俺にラブレターをくれたのは、緑川さんで間違いないんだよね……?」


俺は確認した。


「はい。そうです。嘘じゃありません。罰ゲームでも、イタズラでもないですから、安心してください!私、本当にあなたのことが好きだったんです。あの日、私の落とした原稿を拾ってくれた時から……。運命だと思いました。だって、恋愛小説なんて書いてて、それがバレたのに、私のこと馬鹿にしなかった男の人、初めてだったから。勘違いしちゃったんです」


まじか、あれだけでか。怖えー。


緑川実咲は俺の返事を待たずに、続けてまくしたてる。


「だから私、あなたに手紙を出しました。でも私、あなたに手紙を出した後で、本当の王子様と出会ってしまったんです!あなたとの愛は勘違いだったんです。だからごめんなさい。私、あなたとは付き合えません!」


彼女はもう一度頭を下げた。


「ああ、別にそれは構わない。気にしなくていいよ。まあそういう事もあるよね」


俺は言った。正直、元々こちらとしてもそのつもりだったのだ。


そして尋ねてみる。


「もしかしてその、君の好きなのって、明斗?」


すると緑川実咲はひと目でわかるくらい顔を赤くした。

そして笑みを抑えきれないというように口元を手で隠した。


「え?どうして、わかっちゃったんですか?まだ誰にも言ってないのに……」


やっぱりな。

原作よりだいぶ早いが、緑川実咲と明斗のフラグが立ったということだろう。


「いやあ、見ればわかるよ」


「そ、そうですかあ?いやだなぁ、もう。恥ずかしい……」


緑川さんはニヤニヤと笑いながら、左右に首を振った。


本当は原作知識で知っているのだが、昨日の帰りに猫とともにすれ違った時に気づいたということにしておこう。


おそらく、緑川実咲は明斗が捨て猫を保護するところを目の当たりにして惚れたのだろう。

その出来事自体は、ゲームにもそんなエピソードがあった気がする。


ここまであからさまな惚れ方ではなかったはずだが、おそらく俺のなんらかの行動が影響してしまったのだろう。


明斗すまん。

これで、お前と緑川実咲(ヤンデレ)とのフラグが立ってしまった。

申し訳ないが、地雷処理を頼む。俺には荷が重そうだ。


目の前の緑川実咲は指でのの字を書きながら「明斗君は優しくて〜、私に気を使ってくれて〜」などと惚気けている。


だがもちろん、まだ緑川実咲と明斗は付き合っているわけではない。

しかし彼女の態度はもう完全に恋人のそれだ。


「……そんなわけで、あの手紙のことはなかったことにしてください。誰にも言わないでいてくれると嬉しいです」


急に話題を引き戻した緑川さんに、俺は少し面食らった。

彼女の瞳の奥に、物騒な光がちらりと見えた気がした。


「あ、ああ。もちろん。誰にも言わないよ」


刺されたくないからな。


既に話してしまった後だなんて、とても言えない。


「ありがとうございます。それじゃあ私、昨日の子猫の世話があるので、失礼します」


緑川実咲はもう一度頭を下げた。

そして回れ右をして、振り返りもせずに走って行ってしまう。


俺はそれを見送りながら、ぼんやりと考えた。


……予想通りだったな。

もしかしたら、本当にもしかしたら、俺のすべての予想が間違っていて、まったく違う女の子が来てくれるかも……なんて気持ちも少しだけあったのだが、どうやら、夢は夢だったようだ。

期待はしょせん勝手な期待にしか過ぎなかった。


緑川実咲の姿が見えなくなってから、俺は大きく溜息をついた。




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