第7話(解答編)



火曜日。朝。

駅から学校へ向かう道のりにて。


俺は華音に月曜日の顛末を説明していた。


緑川実咲に口止めされはしたが、華音はそれ以前から知っているのだから仕方がない。

一応、後で他言無用とは言うつもりだが。


「ま、そんなことだろうと思ったわよ」


華音は安心したように言った。


「あんたに彼女ができるなんて、十年早いものね」


「ひでえな。別に早かないだろ」


俺は苦笑いをした。


「でも、なんで緑川さんが犯人だってわかったの?あんた、実際に会う前にわかったんでしょ?教えなさいよ。解説はよ。解説」


華音は手招きして催促する。

あと犯人てお前。


「わかったわかった」


俺はそう言って、俺の靴箱にラブレターを入れたのが緑川実咲であるとなぜわかったのか解説を始めた。


「まず、あのタイミングで俺の靴箱に手紙を入れる事が可能だった人物は限られている。それなのに、その人物達は誰もがそれぞれの理由で可能性が低そうに思えたんだ」


「どういうこと?」


「まず華音は、あの指定場所がどんな場所かを知らなかった。自分が告白するのに、良く知らない場所を指定する奴はそういないだろう」


「まあそうね。もし私なら、自分の縄張りに呼びつけるわ。その方が有利だもの」


お前は告白をなんだと思っているんだ。


まあいい。俺は続けた。


「次に白雪。これは単純で、手紙の文字は白雪の字とは全然違っていた。白雪の字はかなり特徴的だから、違う字癖を装ったとしても、どこかにその特徴が出るだろう。あれだけの短文のラブレターを代筆してもらうというのも、ちょっと考え辛いしな」


「なるほど。確かにあの子の性格からして、いろいろ考え難いわね。あの子ならたぶん、そのままの字で堂々と書くでしょ」


「それから、七美先生の可能性も考えた。だけど七美先生はそもそも、俺の靴箱がどこなのか知らないんだ。だから入れられるはずはない」


「ああ。それはそうね。誰かに聞くのも怪しまれるし」


「あとはまあ明斗も可能っちゃ可能だけど、さすがに除外した」


本当は原作知識があるからなのだが、そこは触れずにさらっと流した。

華音は特に何も思わなかったようだ。


俺は続ける。


「そして、その他の誰かが入れた可能性。もちろん緑川さんを除いてだけど……。これはいなさそうだった。そもそも、俺の靴箱の場所を知っていて、かつ、俺があの時補習を受けていることを知っている人物は限られてるからな」


「待ってよ。確かに緑川さんは特別教室棟を使う文芸部だし、サラほど字も汚くないだろうし、なんなら靴箱の場所も下校時に見て知ってるかもしれないけど、でも、クラスが違うわよ。あんたが赤点補習組だって知らないんじゃないの?」


華音が指摘する。


そう。

俺もそう思っていた。

だが、そうではなかったんだ。

緑川実咲には、俺が補習を受ける事を知る手段があった。


「明斗に聞いたんだよ。緑川実咲と明斗は同じクラスで以前からの知り合いだ。俺は、明斗には補習だって言ってあったからな。そこから伝わったんだ。明斗にも確認した。あっさり認めたよ。まあ別に俺も口止めしたわけじゃないけど」


「あー、そうなのね」


華音は納得がいったというように頷いた。


学校に着いた俺たちは、二人並んで昇降口の靴箱を開ける。


ほんの少しだけ緊張したが、もちろん、靴箱の中には上履きしか入っていない。

靴を履き替えて廊下を歩きながら、華音は質問を続けた。


「でも、動機は?なんで緑川さんはあんたみたいな奴にラブレターなんて出す気になっちゃったのかしら。それに、補習帰りにすれ違った時は、あんまりそんなふうには見えなかったけど」


「まあ詳しくは聞いてないけど、ちらっとは言ってたよ。先週、テストが返却された日の朝、彼女が持ってたルーズリーフを俺とぶつかって床に落としちゃったんだ。俺はもちろんそれを拾って彼女に渡した。その時のルーズリーフっていうのが、彼女が書いてる恋愛小説の原稿だったそうなんだけど、彼女は恋愛小説を書いてる事がバレたらバカにされると思い込んでたらしい。俺がバカにしなかったんで、良い人だと思った……とか言ってたな」


「ふうん。それだけの事でねぇ。わかんないもんね」


「本当にな……」


「しかもそのラブレターを出した返事も待たないうちに、今度は明斗君に惚れちゃったんでしょ。よっぽど気が多いのかしら」


俺は苦笑いした。

あえて追及しなかったが、手紙に差出人が書いていなかったのも、おそらくミスではなさそうだ。

邪推かもしれないが、心変わりした時に匿名のまま逃げ切れるようにという思惑もあったんじゃないだろうか。

新しい恋の相手が明斗だったから、その親友の俺については清算しておいた方が良いと考えて姿を現しただけで。


と、そこで俺は華音が明斗の名前を出したことに気づいた。


「……あれ?明斗のこと、言ってたっけ?」


緑川実咲の新しい恋の相手が明斗だということまでは、話してないはずだが。


「わかるわよ、そんなの。補習帰りにすれ違った時の態度、あからさまだったもの」


「ああ、なるほどな。まあそういうわけで、俺も正直あんまり良い予感はしなかったんだけど、一応な。行くだけ行ってみたってわけだ。予感通り、あんまり良い結果にはならなかったけど」


「そうね。私も、行きなさいって言っちゃった手前、責任を感じるわ」


「別に、俺の意志で決めたことだし、華音が責任を感じる必要はないよ」


「慰めてあげるとも言ったしね。どうする?おっぱい揉む?」


華音が教室の戸を開けながら言った。

クラスメイト達の視線が一斉にこちらを向く。


「やめろ。マジで勘弁してくれ」


「あら失礼ね。これでもEはあるのよ」


「そうじゃない。いいから黙ってくれ」


「ふうん?残念ね。ナマで良いって言ってんのに」


華音は教室の様子をちらりと見て、ニヤニヤと笑いながら俺の様子を窺っている。

こいつ、わかってやってやがる。


「ま、これくらいで勘弁してあげるわ」


焦る俺の顔を見て満足したのか、華音は自分の席へと去っていった。


胸を撫で下ろしながら、俺も自分の席へつく。


前の席の白雪サラがこちらを振り向く。

今日は遅刻ギリギリではないようだ。


白雪は、俺と華音の先ほどのやりとりなど気にもしない様子で、話しかけてきた。


「遊真君に、伝言」


「俺に?」


「七美先生から」


白雪はその眉間に皺を寄せ、整った顔を不快そうに歪めながら言う。

そしてスマホを取り出し、その画面を見せてきた。


何が映っているのかと思いきや、そこには、俺たちが主に使っているSNSのDM送信確認画面が映っている。


白雪はそれを俺に見せながら、送信ボタンを押した。

俺のスマホが鳴る。送信先は俺だったようだ。


相変わらず白雪はよくわからない。

不思議に思いながら画面を開くと、DMには誰かのアカウントのアドレスが記載されていた。


「七美先生の連絡先。プライベートのだから他の人には言うなって。それから……」


「七美先生の?」


「『今度、白雪の店で一緒に飲みましょう。もちろんあなた達はノンアルで』……だそうよ」


白雪は七美先生のモノマネをしながら言った。

めっちゃ似ている。

まさかこんな特技があったとは。


「似てるな、それ……。てか、七美先生からのお誘い?」


「そう。不本意ながら、私は実家だからたぶん逃げられない。あなたはどうする?」


「どうするって、まあ……、具体的になってから考えるよ」


伝言役の白雪の顔もあるし、理由なく断るのは難しいと思うが。


「……そう」


そういうと、白雪は前を向いてしまった。


教室の戸が開いて担任の教師が入ってくる。


明斗を主人公とした恋愛ゲームはまだ始まっていないはずだ。

だが、主人公の親友ポジションである俺の周りには、ゲームでは語られない出来事がまだいろいろと起こりそうな予感がしていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

主人公の親友ポジに転生した俺、匿名のラブレターを貰って困惑する 有賀冬馬 @arigatouma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ