第58話 ビッグマッチ

 時間は流れ、二日目の準決勝終わり。

 無事に本戦へと勝ち進んだリュートは、そのまま準決勝も勝利で終えた。

 控室では、リュートによる本日最後の通信が行われた。


「リゼ、聞こえるか?」


『えぇ、聞こえるわ。まずは決勝進出おめでとうって言っておくべきかしら』


「そりゃどうも。ま、それが俺の仕事だけどな。今、もう一つの決勝が行われてるだろ?

 どんな感じだ? 相手が厄介だとちとめんどくさいんだが」


『今見てるけど特に問題無さそうな相手よ。

 剣術主体で戦ってくる感じで魔法を使ってる気配はない。

 ま、もとより純覚醒者がこんな所に出てたら、もっと派手に使ってそうだけどね』


「そうだな。発動条件さえバレなければ、特殊魔法は圧倒的な強さだからな。

 ただ、俺みたいに使わずに温存してるタイプがいたら厄介だな」


『その時はその時よ』


 リュートはサッパリとしたリゼの反応に苦笑い。

 正しくその通りだ、と言い返す言葉も思い浮かばなかった。

 

「それでそっちは何にも変わりないか?」


『えぇ、何も.....って、ちょっと何すんのよ!――リュートさん、聞こえますか!?』


 リゼの声が途中で変化した。声の主はスーリヤからのようだ。

 恐らく無理やりリゼの小型通信機から話しかけてるのだろう。

 そんなのほほんとしややり取りにリュートは笑みを浮かべた。


「どうした?」


『どうしたもこうしたもありませんよ!

 なんで通信相手がリゼさんばっかりなんですか!?

 用がある時もない時もわたくしに話しかけてくださいよ!

 なんですか!? わたくしとは遊びだったんですか!?』


「おっとなんだか珍しくめんどくさい絡みしてくるな」


『めんどくさいとは何ですか! わたくしだって嫉妬するんですよ!』


 思わず本音がこぼれてしまったリュート。

 しかし、彼は大体察している。

 こういう時んスーリヤは大抵悪ふざけタイムなのだと。

 猫が構って欲しい時にだけ近づいてくるようなものだ。


「俺は用がない時には基本話しかけないよ。

 それにリゼは単純に一番最初に登録したから登録欄の一番上に出てくるだけだ」


『なら、今すぐわたくしが一番上に来るように設定してください。

 そして、毎夜わたくし達の愛を語らい、深め合いましょう。

 ゆくゆくは一つ屋根の下で隣り合って話し合い、それから――はい、ストップ』


 どうやらリゼに通信の主導権を取り上げられたようだ。

 スーリヤの「もっと話したかったのに」という声がフェードアウトしていく。

 そして、再びリゼの声が戻ってきた。


『あんたも鼻伸ばして真に受けてんじゃないわよ』


「なんで真に受けてる前提なんだ。鼻なんて伸ばしてないが」


『男なんてそんなもんでしょ。男は隣に女性が歩いていようと、通りすがりの女性に鼻を伸ばすものってお母さんが言ってたわ』


 なんで母親苦手なくせしてそんなとこばっか聞き入れてんだ、とツッコみたくなったリュート。

 しかし、その気持ちはグッっと喉の奥にしまい込む。

 きっと火に油だろうから。


「スーリヤが言ってただろ? リゼとばかり話してるのに嫉妬してるって。

 要はそのためだけに話しかけただけで、さっきのもおおよそただの演技だよ」


『本当にただの演技だと思ってる?』


「半分ぐらいは......」


 リュートがそう答えると、数秒間リゼから返答がなかった。

 なんとなく通信先から無言の圧が伝わってくる。

 なんだったら、リゼのジト目すら脳裏に想像させる。

 余計なことは気にせず言葉を続けた。


「ともかくだ。今日の通信はこれで最後だ。

 俺がどれだけ晒そうと、君達は黙ってそれを見ていてくれ。

 本当はそれだけを伝えたくて通信しただけなんだからな」


『......本当にやるつもりなの?

 正直、カフカあの女の作戦ってイマイチ信用できないんだけど。

 昨日だって、私達に説明なく全く知らない内通者を紹介してきたし』


「安心しろ。やるだったらわざわざこんな手を込んだ真似はしないし、相手の手の内を晒したりはしない。

 少なからず、俺よりも裏の世界に長く生き続けた人間だ。

 相手の心理を推し量ることに長けてるんだよ、アイツはな」


『......なんか妙に高く評価するわね。あの女のどう思ってるのよ?』


「そうだな。掴めそうで掴みどころのない女ってとこかな」


『そうじゃないわよ!』


 その直後、通信が切れてしまった。

 一体何にリゼは叫んだのか。

 リュートは首を傾げる。


 その時、一つの放送が入った。


『たった今、決勝に出場する選手が出揃いました。

 それでは早速――と行きたいことろですが、これではフェアじゃありませんのでしばしお待ちを。

 決勝開始は今から十五分後とさせていただきます。

 今宵の勝者はどうなるのか、そして勝者は王に対してどんな要求をするのか乞うご期待!』


 カフカの饒舌な司会が聞こえてきた。

 リュートはベンチから立ち上がると、軽く体を捻る。

 準備体操という準備体操はいらないだろう。

 これまでの戦いで十分に体が起きている。


「さて、ガルバンはどう動くのか。そんでもって、作戦はどう動くのか。

 全ては俺次第、か。いっちょやってやりますか」


 リュートは控室から出て、長い廊下を歩き始めた。


―――決勝戦決着


『たった今決着がつきました! この監獄デスマッチ栄えある優勝者は――リュート選手!

 おめでとうございます! あなたがこの金網に囲まれた監獄のチャンピオンです!』


 カフカ演じるバリアンが盛大に勝者を褒めたたえた。

 その瞬間、会場は一気に沸き立ち、うるさいほどの拍手と褒め言葉がリュートに降り注ぐ。


『さて、今宵の勝者はなんという強さであったでしょうか。

 本戦に入ってから多少苦戦する場面がありましたが、それでも基本的には善戦する立ち回り、やがては勝利を収めるという結末。

 それでは、これから優勝者インタビューに参りたいと思います』


 カフカはマイクを持って金網のリングへと入っていく。

 そこには汗をかきながら荒い呼吸するリュートが立っていた。

 カフカはそっと右手を差し出す。


「まずは優勝おめでとうございます。素晴らしい戦いぶりでした」


「ありがとうございます」


 リュートは感謝しながら握手を交わした。

 その瞬間、手のひらに紙のようなものを渡された。

 腹の前で手を組むふりをしてその紙に目を通していく。


『今の所、作戦は順調。苦戦シーンも最高にいい演技だった。

 だからこそ、この作戦の一つ目の要はここからだよ。

 素晴らしい演技を期待してる。頑張ってね、ダーリン』


「まずは優勝された気持ちを聞かせてもらえますか?」


「そうですね。こういう試合に出るのは初めてで、たくさんの強者と戦えていい経験になったと思います」


 リュートは紙を読み終え、手のひらの中で電撃を流していく。

 熱で着火した紙は手のひらの中で燃えて灰に変わった。


「戦いを見ていて思っていましたが、随分戦い慣れてるご様子でした。

 普段はどういったことをされてるんでしょうか」


「俺は傭兵で基本は魔物を狩っています。けどまぁ、時には人と戦うこともありますから、その時の対人経験が活きたのかなと思います」


「ほぅ、傭兵! ってことは、あなたはあのかの有名な英雄のことをご存じですか?

 過去に起きた大規模な魔族軍との衝突。それを収めた英雄の“血濡れの狼”を」


「噂程度には。なんでもその人は相当強いようで――」


「茶番は終わりにしようぜ。“血濡れの狼”さんよ」


 リュートのインタビュー中、金網に入ってきたのはガルバンだった。

 その姿にカフカは焦るような演技をする。


「が、ガルバンさん! どうしてここに!?

 まだここに来るのは早い......って“血濡れの狼”ってどういうことですか?

 もしかして、この人があの有名な英雄“血濡れの狼”とでも言うんですか!?」


 カフカの焦りで呟く声はマイクによって拡散される。

 その衝撃的発言に、会場は一気にざわつき始めた。

 なぜなら、今まで謎に包まれていた“血濡れの狼”が目の前にいるから。


 しかし、そんな観客も実際の人相は知らずとも、噂ならいくらでも聞いたことがある。

 曰く、血濡れの狼は二メートルを超えるような老年で大柄な男である。

 曰く、血濡れの狼は巌のような筋肉に覆われていて、隆々としている。

 曰く、血濡れの狼は血を欲するような戦闘狂であり、理知的な存在ではない――など。


 今、観客が見ているのは二メートルを超えるような老年で大柄でもなければ、筋骨隆々のゴリマッチョでもない。

 ましてや、戦闘狂とは感じさせない言葉遣いが丁寧な青年である。


 そんな疑問を代表して答えたのがカフカであった。


「ま、待ってください。“血濡れの狼”という人物の噂は色んなところから聞こえますので、それに尾びれ背びれがつくのは理解できます。

 しかし、公式声明として発表されてるものもあります。

 それが英雄は傭兵の一人であり、老年の男であると!」


「それが違うんだな~。それは公式声明を出した<聖霊の箱庭>が意図的にばら撒いた嘘の情報だ。

 なぜなら、その時その英雄の年齢は十五歳。成人したばかりの若造だ。

 そんな若造に英雄の重荷は背負わせられないとでも思ったんだろうさ」


「そ、そんなことが......」


「俺様はこの情報を確かな情報筋から手に入れた。だから、断言する。

 今お前らが生き証人だ! コイツがあの大戦を終わらせた英雄-―血濡れの狼さ!」


「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」」」


 観客は色めき立つ。

 「スゲー」「初めて見た」「あれが英雄か」など様々な声が発せられる。


 その観客の反応に対し、対照的な表情するのが二名。

 ただ静かに沈黙するリュートと、してやったりと言わんばかりにニヤけるガルバン。


 ガルバンはカフカもといバリアンからマイクを強奪した。

 そして、観客達を煽るように声をかけた。


「なぁ、お前ら。この監獄デスマッチでの優勝者に与えられる選択権を知ってるよな?

 一つは純粋な優勝賞金。勝ったんだから、俺から褒美をやるもんだ。

 それからもう一つ、この俺様――<金檻の箱庭>の王に対する下剋上だ」


 ガルバンはニヤッと笑う。


「俺様と戦って勝てば、この国は晴れてコイツのもんだ。だが、俺様は負けなし。

 英雄と呼ばれるコイツに俺様が勝ったらどうなっちまうかな?」


 観客は息を呑んだ。

 <金檻の箱庭>で最強と称されるガルバンと、英雄と呼ばれる血濡れの狼の戦い。

 この場にいるものしか見ることのできないビッグイベント。


「さぁ、これから始まるビッグマッチを見逃すな! 歴史的瞬間を見届けろ!

 テメェも逃げるような腰抜けじゃねぇよな? なぁ、血濡れの狼」

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赤き狼は群れを作り敵を狩る~やがて最強の傭兵集団~ 夜月紅輝 @conny1kote2

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