第57話 様子見

 リゼ達の前に臆せず現れた一人の黒服の黒人。

 ダバルと名乗るその男はガルバンの部下でありながら、カフカの伝手でやって来たという。


 味方であるカフカからの増援。一人であるが。

 もっともカフカからの味方という時点でリゼは怪しさを感じていたが。


「家族を助けて欲しい、ね。如何にもありきたりで、それでいて耳を傾けなければ薄情と思われるような絶妙な要求ね」


「本当だ! 俺はガルバンの味方しているのは、家族が人質に取られてるからだ!

 カフカの奴がガルバンを倒すためにってあんた達を紹介してくれたんだ」


「そもそもカフカが怪しいからその言葉に対して信憑性は薄いけどね」


「わかってる。アイツは軽薄なだ。

 飄々としていてまともに話を聞いてくれてるかも怪しい。

 だがそれでも! 俺は家族を救えるのならカフカだって、魔族だって手を組むつもりだ!」


 ダバルから覚悟の気持ちが伝わってくる。

 リゼはじっと彼を見定める。

 言葉に嘘を感じられない。

 それは獣人の直感からもわかった。

 ならば、信用してもいいのか。


「ねぇ、ごめん。話してるとこ悪いんだけど」


 ナハクが手を挙げて声を出した。

 その言葉に皆が注目を集めていく。

 その時、彼が親指でもって差したのは廊下の奥。

 そこには監視カメラがあった。


「そこに監視カメラがある。たぶん今の会話筒抜けなんじゃないのか?」


「なっ! そんな!」


 ダバルは瞬間的に頭を抱えた。もうこれ以上の好機を逃したように。

 しかし、少しして頭が冷静になったのがとあることに気付いた。

 それはダバル以外の誰もが焦って無いからだ。


 ダバルの顔色に困惑が浮かぶ。

 同時に、目を細くしリゼ達を見た。


「いや待て、それならあんた達がこんな所で集まってるのはおかしい。

 俺が例え“血染めの狼”の話を聞いていたとしても、集団とは思わなかった。

 しかし、それが監視カメラで露見してるならもっと焦っても.....いや、そもそもこんな人気のない廊下にいないはずだ」


「鋭い考察ですね。これは信用できそうです」


 ダバルの言葉に反応したのはスーリヤだった。

 一人ベネチアンマスクをつけた彼女は、仮面の奥から相手を見定めていた。


「実は先ほど、ナハクさんに先ほどの言葉を言ってもらうように手伝ってもらったんです。

 わたくし、人に対して見る目はあると思ってまして、先ほどの言葉の時点でも信用できる人とは思ってましたが、改めて反応をテストさせてもらいました。

 ほら、技巧派ってのはどこにでもいる者だと思いますから」


「で、俺はどうだったんだ?」


「合格です。あなたの焦りによる額にかいた汗、左右に動く目線、歯を食いしばるような口の開き。

 思ったより正直者ですね。そんなんじゃ二重スパイは難しいと思いますが」


 ダバルはホッと胸をなでおろした。

 一方で、急に好き勝手やるスーリヤにビックリしたリゼ。

 この女は突然突拍子もない言動するから困る、と。


「そいつは良かった。なら、俺の願いを聞き入れてもらえるってことか」


「ハァ、そうなるわね。カフカの思い通りになってしまったようで癪だけど。

 で、今から助けに行けばいいの? 場所はどこ?」


「いや、今じゃない」


「は?」


 リゼは首を傾げた。

 家族を助けたいのなら、当然早い方がいいに決まってる。

 となれば、どう考えても手が空いてる今のうちの方が良い。


 リゼの疑問に答えるようにダバルは言葉を付け加えた。


「あんた達は恐らく二日目までの内容しか聞かされてないだろう。

 カフカの奴に『まだ三日目の内容は練ってるからでき次第教える』とな」


「えぇ、そうね。リュートの奴はすっかり信用してるようだけど」


「リュート......それがあの英雄の名か。

 それは当然、その英雄はカフカから先んじて三日目までの作戦を聞いてるからな」


「は!? いつ!?」


「カフカからはこの催しが始まる前と聞いている」


 つまり、ダバルの言葉を信用するなら、少なくとも前日の時にはリュートは知ってるということだ。


 リゼは奥歯を強めに噛んだ。

 なぜ、その時に一緒になって作戦を言わなかったのか。

 言えない事情があったのか、もしくはあえて言わなかったのか。

 後者の方が可能性が高いと思ってしまうのがムカつく。


「で、その内容は?」


「あぁ、それを今から教える。ちなみに、カフカからは『腕っぷしと度胸と絆が試される』と言っていた」


****


『準々決勝、勝者リュート選手!」


 リュートはリングに寝そべる和風剣士に背を向けながら、金網の外を出ていく。

 予選と同じように控室まで続く廊下を歩いてると、一人の男が目に入った。


 壁に腕を組んで寄りかかる男。

 片目に眼帯をし、ファーがついたコートを着ていた。

 首元や両手にはジャラジャラと貴金属ばかり。

 まるで出場する選手には見えない。


 リュートが横目で男の様子を確認しながら、真横を通り過ぎる。

 その時、成金男の茶色の眼光が突き刺さる。


「伝説的な英雄は随分とまぁ生ぬるいことをするなぁ」


 リュートはピタッと足を止めた。

 成金男の方へ振り返ると、名前を尋ねる。


「どちらさんで?」


「知らないとは悲しいな。こっちはお前のことをよーく知ってるってのに。

 まぁいい、自己紹介をしてやろうじゃないか。俺の名はガルバン。

 この名前なら聞き覚えぐらいあるんじゃないか?」


 ガルバン......リュートはもちろん知っている。

 この箱庭の実質的な王であり、支配者である男。

 そんな男が一人でこんな場所に居る。


「護衛ぐらいつけた方が良いんじゃないか?

 お前に接触したバリアンから、お前は良識的な人物だと聞いてる。

 だとすれば、護衛を連れていく必要もないだろ」


「随分とあの少年を買ってるようだな」


「俺が直々に見つけた面白い奴だからな。ここまでの発展はアイツの助力が大きい」


 ガルバンはバリアンに対して大きな信頼を置いているようだ。

 そんなバリアンが今や裏切ろうとしているとは知る由もないのか。


 リュートはそこで考えを止め、再度思考を巡らせた。

 そう簡単に決めつけるのはよくない、と。

 少なからずここの王となっている人物だ。

 王がただのバカならバリアンがとっくに裏から支配している。


「俺はあの少年が恐ろしくてたまらない。

 人の顔を見ては常にニコニコと笑って、その顔に裏があるとしたら人間不信になっちまいそうだな」


「ククク、安心しろ。アレは聞くところによるとただのファンだ」


 ガルバンは寄りかかった壁から背を話した。

 しかし、相変わらず体の向きはリュートを捉えたまま、続けて話す。


「にしても、お前ほどの人がどうしてこんな所に?

 お前の腕ならこんな所に来なくても稼ぐ手段は色々あっただろ」


「逆だな。これほどまで腕っぷしがあるから、ここで稼ぐことにしたんだ。

 俺は英雄なんて器じゃない。こういった所で泥臭く生きてた方が性に合ってんだ」


 リュートはガルバンに背を向ける。

 そして、距離を取るように動き出した。

 ガルバンがついてくる気配はない。


「んじゃ、優勝した時にまた会おうぜ」


「そうだな。俺様に勝ったら好きなものをやるぜ?

 それこそこの箱庭くにの全てをな!」


 力のこもった声。自信の表れか。

 そのままガルバンから去って行ったリュートは、控室に戻ってきた。


「ハァ、疲れた」


 リュートはわざとらしく声を出し、ソファに座る。

 同時に、小型通信機がついてる左手で首筋を触る。


「アクシル先生、探知頼む」


 小声で小型通信機に頼みごとをすると、小型通信機は消音モードで探知し始めた。

 直後、小型通信機の画面には登録した部屋の一部が光る。


 これはこの部屋の中に隠しカメラもしくは盗聴器が設置されていることを指す。

 最初にこの部屋で盗聴器を仕掛けずに、二戦目後に無軽快なところを狙う。

 よく魔族との戦いや盗賊団との戦いで使われてた手法だ。


「やっぱりか......」


 ここで取る手段は二つ。

 その機械を壊すか、気づかないふりをして過ごすか。

 そこでリュートが取った選択は後者だった。


 現状特にリゼ達に連絡することもないし、もっと言えば一戦目での通信も別にする必要は無かった。


 そのままリュートはソファで横になり、寝転がる。

 そして、大きくあくびをしながら、やがて寝てしまった。


******


―――ステージ裏運営室


 リュートとの話を終えて戻ってきたガルバンは、誰も座っていないソファにドカッと座った。

 独り占めするように両腕を背もたれに乗せれば、正面を見る。


 ガルバンの正面にはいくつもの並べられたモニターと、それを管理している男女数名。

 モニターにはそれぞれの控室での隠しカメラでの映像が流れている。


 しばらくモニターを観察していたガルバンが、机の上に両足を乗せた所で、カフカもといバリアンが部屋に入ってくる。


「ハァ~、流石にずっと声を張るのは辛いね。続けたら枯れちゃうよ。

 それでどうだった? 控室に行く途中で会ったんでしょ?」


「あぁ」


「何? どったの? 随分テンション低いじゃん」


 ガルバンは机の上に置いてある食べ物に手を伸ばすと、それを一口食べた。

 咀嚼しながらバリアンの言葉に答えていく。


「正直、拍子抜けだった。戦闘力があるのはそうだが、それだけだ。

 もっと血を好むイカれた奴かと思っていたが......本当にコイツが魔族が恐れるような人物なのか?」


 バリアンは目を細めた。


「どうしてそう思うの?」


「まず強者としての覇気ハデさがない。

 加えて、こっちに敵意を向けてくるようなこともな。

 俺が王である以上、色々な噂を聞いてるはずだ。

 これだったら、無鉄砲な正義感を振り回すような奴の方がまだマシだったぜ」


「騙しやすいから?」


 バリアンがニヤリと笑うと、ガルバンは不機嫌そうに舌打ちした。


「あぁ、そうだよ! どうせ俺との戦いじゃ負けるってのにさ!

 あんな反応鈍そうな野郎じゃ、全然カタルシス生まれねぇじゃん!

 観客も俺もよぉ、もっと絶望した顔が見たいんだよ!

 勝ち上がってくるつもりらしいが、もう興味も失せたんだよな」


「とはいえ、正直今の対戦者であの男を止めれる人間はいないけどね」


「.......ハァ~~~~、仕方ねぇ、俺がキッチリ殺してやるか。

 ククク、英雄殺し......こっちの方がよっぽど気分が上がるってもんだ」

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