第56話 突然の尋ね人

『生かすも殺すも勝者にある。

 シイダケ選手は心に傷を負って生きる道を選択させられた。

 それは果たして真に生きると言えるのか。

 とにもかくにも、決着がついた第七戦――勝者リュート!』


 カフカが盛大に盛り上げ、観客のボルテージは一気にあがる。

 去年の試合を見ている者達からすれば、シイダケ選手は強者の部類だった。


 しかし、そんな選手が新しくやってきた選手に手も足も出ずに打ちのめされる。

 この世界ではよくあることで、弱肉強食の絵図は非常に人々の心を掻き立てるのだ。


 背中から歓声を浴びながら、リュートは開かれた金網の監獄を出る。

 スタッフの一人がリュートに近づき、道案内を始めた。


 どうやらトーナメントの最初を勝ち上がった者は次から個々に控室が与えられるようだ。

 そんな話はカフカから聞いていなかったリュート。

 だが、好都合だ、とは思ったようだ。


 スタッフに案内されながら廊下を歩いていく。

 すれ違う別の選手や壁に寄りかかる選手から殺気立った視線が送られる。


 その時、背後からにゅるっとヘビが首に巻きつくように、リュートに肩を組むものが現れた。

 世紀末に登場しそうなモヒカン頭にヘッドピアスをつけた男が馴れ馴れしく話しかける。


「よぅ、随分温いことしてんじゃねぇか。殺しちまえば良かったのによ」


「弱い者いじめは俺の主義に反するからな。

 赤子が殺す気で襲い掛かって来ても、こっちからすれば殺す気にはさらさらなれんのさ」


「ハッ、そうかい。ま、確かにお前の一体どこにそんな力があるのかって感じだったもんな」


 モヒカン男はジロジロとリュートの体を舐め回すように見る。

 リュートはその視線を不快に思いながら、同時に首が徐々に絞められてることに気付いた。


「なら、お前はどんな風に戦うんだ。ここで会ったよしみだ。教えてくれよ」


 リュートもサッとモヒカン男に声をかける。

 そのことにモヒカン男はギョッとした顔をした。


「な、なんのことだ?」


「大丈夫、二人だけの中だ」


 リュートは小声で耳打ちする。

 同時に、顔を近づけるようにモヒカン男の首に絡めた腕を引き寄せた。

 シイダケの巨体を軽々と持ち上げた腕を、だ。


 今のモヒカンは不用意にの炎に近づいてきた虫と同じ。

 リュートに絡みつけた腕は、自然な動きで首を絞めつけ、近づける手は袖に忍ばせた毒針を刺すものだった。


 しかし、今や仕掛けた状況は逆となっている。

 モヒカン男の首にガッチリ腕が乗っかっている。


 モヒカン男がここで毒針を刺したとて、死ぬまでの僅かな猶予で首の骨を折られるかもしれない。

 それだけの力をリュートは思っている。


 モヒカン男にとっても相手が死ぬ分には構わないが、共倒れになるわけにはいかないだろう。

 それを恐れた故の恐怖だった。


「い、いや、俺は別に......あ、ちょっと用事が出来――」


 その時、リュートの腕がモヒカン男の首から離れた。

 モヒカン男はチャンスとばかりに締め付けようとする。

 瞬間、彼の頭がガクンと下に向いた。


「危なかったな。死ぬところだったぞ?」


 リュートが声をかけて来る。

 モヒカン男にとって意味不明な言葉だ。

 まるで自分は殺そうとしていなかったかのような。

 しかし、その言葉はある物を見て証明された。


 モヒカン男が顔を上に向けた時、自身の目の前にリュートのもう片方の手がある。

 その手には短剣が握られていた。


 刃先が目線方向に向いている。

 つまり、モヒカン男に向かって投げられたものだ。

 考えてることは皆同じ――それが理解させられた瞬間だった。


「ヒッ、ヒィ......っ!」


 モヒカン男は膝から崩れ落ちる。

 尻もちをついたまま、少しずつ後ずさり。

 短剣から逃げるように後ろに向かって走り出す。

 だが、その前には短剣を投げた和風剣士らしき人間がいた。


 モヒカン男は素早く急ブレーキをかけて反転。

 今にもこけそうなほど前のめりになりながら、通路の奥へと走り出していった。


 その情けない走り姿を見ながら、リュートは右手の短剣を指の間に挟む。

 背後に振り返ると同時に、手首のスナップで投げた。


「返すよ。そちらさんの持ち物だからな」


 和風剣士の男はリュートに投げられた短剣を掴むと、懐の中にしまった。

 そのまま右手を懐に突っ込んだまま、話しかけてくる。


「別に活かす必要も無かったんじゃねぇのか? あんな小ズルい奴」


「まぁ、そう言ってやるな。

 それがあの男の戦い方だとするなら、それは簡単に否定できるもんじゃない。

 俺は自分の主義を相手に押し付けることはしないだけさ」


「とか何とか言いつつ、お前だって脅してたじゃないか」


「主義は押し付けないけど、正当防衛ぐらいはするさ。

 ま、代わりにそちらさんが教えてやったみたいだけどな。

 あんたみたいな話の分かる奴とはは仲良くしたいもんだ」


「そうだな。だがまぁ、ここにいるってことはいづれ戦うってことだ。

 せいぜい戦うまで互いに死なない様に生き残ろうぜ」


 和風剣士が踵を返し、歩き出した。

 リュートも背を向けて、再びスタッフに案内してもらう。


 やがて辿り着いたリュート専用の控室。

 そこで彼は小型通信機アクシルに声をかける。


「よう、アクシル先生。ちょいとここらに変な物がないか調べてくんないか?」


「♪」


 小型通信機は返事をするように軽快に音を出した。

 直後、リュートの魔力を使って微弱なエコーが放たれる。

 結果は異状なしだった。


 リュートがこの個室が安全なことを確認すると、リゼ達に連絡を取り始めた。


****


『リゼ、そっちの様子はどうだ?』


 リュートから来た通信。

 リゼは周囲に他の皆がいることを確認すると、通信に応答した。


「今の所は特に何も起きてないわ。思ったより拍子抜けというか。

 逆にそういう狙いなのかもしれないけど」


『なんにせよ、皆が無事そうなら良かった。

 にしても、会場から確認したが、別に全員して見る必要はないんじゃないか?

 今日と明日で目立つ必要があるのは俺であって、そっちは適度に遊んでいた方が怪しまれないだろ』


「と言われてもね......」


 リゼはリュートの質問に道中の出来事を思い出した。

 リュートが試合に出てくるまでの間、全員で偵察がてらにマーケットに向かった。


 そこでは色々な人達が商売を行っていたが、共通して商売する側の目が全員黒かった。

 闇を煮詰めたような瞳は騙すことに何も悪い意識を持っておらず、むしろ純粋に近い。


 そのような人達が集まってるそこは、真っ当なに生活を過ごしてきたソウガやボルトン以外の皆にとってあまりに息苦しい場所となっていた。


 まるで体の内側から悪意に犯されている感じ。

 リゼなんかはそのままその場所にいたら暴れてしまいそうな感覚まであった。


「あんな場所に居たくないわよ。っていうか、こんな場所にもね。

 さっさとトーナメントに勝ち抜いて終わらせて欲しいものだわ」


『そう言われてもな~、今日は予選会だし。

 本戦は明日だからまだまだ時間がかかるんだよな』


「わかってるわよ。言ってみただけ。だけどいい? あんたは負けることは許されないんだから」


 リュートが監獄デスマッチに挑むのは、カフカの作戦においての一つの山場だ。

 運営側のカフカは監獄デスマッチに関してこう説明した。


 監獄デスマッチは予選と本戦に分けられる。

 三日間行われる天獄物品オークションの中で初日は予選で、二日目が本戦だ。


 そして、その本戦で勝ち上がった者は、この箱庭くにの実質的王ガルバンから二つの選択肢を与えられる。


 その二つとは、巨万の富を手に入れるか、ガルバンと戦うかである。

 巨万の富とはまさにそのままの意味で、ガルバンから一生働かずとも生きていける金が貰える。


 一方で、ガルバンと戦うというのは、監獄デスマッチで王と戦えるということだ。

 負ければ一生隷属だが、勝てばガルバンに代わりこの国の王となる。

 まさにゼロか百。ギャンブルの箱庭くにならではのルールだ。


 最初にこのオークションが開かれてからガルバンが未だ王として君臨している。

 つまりはそういうことだ。


 そこに辿り着くのがまず一番最初の作戦。

 カフカの話から、ガルバンはリュートが“血染めの狼”と知っている。


 監獄デスマッチで優勝することで、ネームバリューをエサとして撒くことが出来れば、必ずガルバンはそのエサに食らいつく――というのが、カフカの見立て。


 故に、それまでリュート以外は実質暇とも言える。

 まぁ、もちろん、カフカ以外で協力者を作れるのが一番だが。


『わかってる。お、もうすぐ試合だ。切るぞ』


「えぇ、頑張って。それとさっきのデブみたいな奴が居たら、もっと容赦なくやっちゃっていいから!」


『考えとく』


 リュートの通信が切れた。

 リゼはリュートが元気そうなことにホッと息を吐いていると、隣からニョキッとスーリヤが顔を出した。


「いいですね。一人だけ楽しそうにお話しできて。わたくしもお話ししたかったです」


「別に楽しくは離してなかったでしょ。進捗状況を確認してた感じだから。

 それに話したいなら言えば、多少代わってあげたわよ」


「ほんとですか! なら、その小型通信機アクシル貰いますね!」


「あげないわよ。っていうか、あんた自分の持ってるでしょ」


「通信が来る確率が上がります」


「あんたすっかり気風に染まったわね」


 相変わらずマイペースなスーリヤに、逆に感心するリゼ。

 どうしたらこんな図太い神経が出来るのか、と思うほどには。


 その時、近くにいたセイガが一方向を見て吠えた。

 瞬間、全員がその方向に向き、身構える。

 そこには一人の黒いスーツに身を包んだ男がいた。


「待て、敵意はない」


 黒人の男は両手をあげてアピールする。

 銃口を向けていたリゼは全員に目線を送ると、戦闘態勢を解くよう伝えた。

 そして、自身も向けた銃口をホルスターにしまう。


「あんたは誰?」


「俺はガルバンの部下でダバルという。実はカフカからあんた達を紹介されてやって来たんだ」


「カフカが?」


 当然、カフカからはそんな話は聞いていない。

 事前に教えられた作戦に無い展開に、リゼのカフカに対する不信感が募る。


「で、具体的にはどういう協力をしてくれるの?」


「あんたらの命じたことなら何でもする。ただその代わり、俺の家族を助けて欲しい」


 黒人の男は真剣な面持ちで言った。

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