第55話 監獄デスマッチ

 監獄デスマッチ。

 そのイベントは大昔にあったコロシアムになぞらえてると言われている。


 コロシアムとは、もともと民衆の娯楽として用意されたイベントだ。

 奴隷同士や奴隷と猛獣を戦わせ、生死を賭けた戦いを見る。


 当然それは人道的とは言い難い悪趣味なイベントだ。

 やがて人権の尊重が謳われてそのようなイベントはなりを潜めた――表向きは。


 戦いは人々の心を興奮させる。

 強い人を見て体を震わせ、流れる血を見て同じく血を沸騰させ、生死の瞬間に熱狂する。


 平和というなんと変哲もない日常が繰り返されるだけの時間とは違う。

 そこには望んでいた非日常がある。


 退屈な日々を過ごす学生が、どこにもありはしない異世界に思いを馳せるのと一緒だ。

 普段と違う世界を望み、その世界で活躍する人達がいる。

 日常の飽きを潤す非日常がそこにはある。


 だから、決して消えやしない。

 飽きを嫌う人間の本質がある限りは。


 だが、表でそれを大々的に行っても摘発されるだけ。

 その分、アンダーグラウンドは打ってつけだ。

 完全なる裏世界なのだから。


 そして、今日も始まる血みどろの戦い。

 今やただ裕福な人達をさらに肥やすだけのイベントとなり果てたが。


『さぁ、早速始めましょう! 最初の出場選手は、元騎士にして仲間を二十人殺した大罪人ゴリアン=ゴルディア選手!』


 水晶から壁に向かって映し出される映像には、二メートルはありそうな屈強な半裸な男が現れた。

 右手にはトゲがついたこん棒を持っていて、それすらも身長ほどの大きさがある。


 ゴリアンは両腕を挙げて大きく雄叫びを挙げた。

 体に刻まれた無数の傷跡がこれまでの戦いに勝利を収めてきたことを語っていた。


『さて、お次は大戦時代に捕らえられた猛獣! 数多の人間を殺し、肉を食らい、血に飢えた殺戮の獣! バルトライガー!』


 ゴリアン選手が登場した場所と反対側から登場したのは、大きさ三メートルものトラだった。

 口には競技スタッフであろう肉の塊を咥えている。


 バルトライガーは口の肉をそこら辺に投げ捨てた。

 見据えるは目の前の強者。威圧のうなり声を出す。


『両者揃ったところで早速始めましょう! いざ尋常に――始め!』


 バリアンが合図を出したと同時に盛大に銅鑼が鳴る。

 瞬間、強者同士は一斉に飛び出した。


 その戦いが繰り広げられる映像を、控室にいるリュートは眺めていた。

 悪趣味であることを理解しならも、目を逸らしてはいけない。

 これから自分も参加するこの競技の参加者達の最期を見届けるのも、ここにいる者の役目だ。


 映像に繰り広げられるのは盛大な肉の削り合い。

 こん棒で殴り、鋭い牙で噛みつき。

 こん棒で乱打し、鋭い爪で引っ掻く。

 金網で囲まれたグラウンドは瞬く間に両者の血で赤く染まる。


 周囲から聞こえるは体を震わせるような大歓声。

 大気すらも震えてるのがわかる。

 それほどまでに熱中しているようだ。

 当然、賭け金のこともあるだろうが。


 やがてゴリアン選手とバルトライガーの戦いは終わりを迎えた。

 ゴリアン選手がこん棒で頭をかち割り、勝利を収めたようだ。

 もっともゴリアン選手も命に関わるほど血を流しているが。


『第一回戦! 勝者ゴリアン選手! さて、次にゴリアン選手と戦う相手は誰になるのか!

 続いて第二回戦の戦いへと参りましょう! 二回戦目の相手は――』


 監獄デスマッチはトーナメント方式だ。

 勝利条件は相手を戦闘不能にすること。

 そこに生死の有無は問われない。

 死ぬことが多いが。


 控室は映像を眺めながら、待っている選手達があれやこれやとしゃべっている。

 中には知り合いもいるのだろう。これから殺し合うかもしれない知り合いが。


 リュートは壁に寄りかかりながら、映像をぼんやり眺めていた。

 そろそろ自分の番が近い、と思っていたところで一人の太った大男が声をかける。


「おい、テメェ。悪いことは言わねぇ次の試合は危険しろ」


「なんだ? この穴倉にしちゃ随分と親切じゃねぇか」


 リュートより大きな男が見下ろしてくる。

 しかし、向けられる威圧にビビるほど修羅場はくぐっていない。


 太った大男はすぐに答えた。


「俺は弱い者いじめは好きじゃない。これはせめてもの良心だ」


「そりゃどうも。だけど、こっちも引けない理由があってね。悪いけど断らせてもらう」


「そうか。後悔するなよ」


 太った大男はその場から去っていく。

 その男の後ろ姿を見ながら、リュートは映像に目線を戻した。


―――十数分後


『さて、お待たせしました! 第七回戦!

 最初に紹介するは数多の人間を残虐非道で焼き殺してきた大男!

 狙うは夫婦や恋人ばかりで目の前で犯した数は星の数ほど!

 去年も対戦相手の女性を公開強姦という荒業を見せたこの男!

 今回の相手は同じ男ですが一体どんな勝負を見せてくれるのか!

 それでは登場していただきましょう――シイダケ=フルボーキ選手!』


 監獄の中にシイダケがドスンドスンと重たい体を動かして現れる。

 片手には子供サイズはあるナタを持っていた。


『対して、シイダケ選手に挑むは今回初登場のこの男!

 鍛えられた均整な肉体に、その内に秘められた膂力はまさに人外!

 かつて有名な傭兵団に所属していた経験か人や魔物との戦いは豊富!

 紅に染まった髪色は数多の敵を屠ってきた返り血によるものか!

 男の僕からしても、見た目でいえば選手の中で一番のワイルドイケメンでしょう!

 それでは紹介します――リュート選手!』


「なんか完全に私情挟んでなかったか?」


 バリアンの言葉を聞きながら、リュートは頭をかく。

 監獄の中に入れば、後ろにいるスタッフが金網の扉を閉めて施錠した。


 リュートは手首をぶらぶらと揺らしていく。

 戦い慣れた人間が最適なリラックスルーチンをこなすように。

 表情はこれから望む戦いに対し、あまりに穏やかだった。


「ハッ、せっかく忠告してやったってのに。どうやら死にたがりのようだな」


 シイダケが右手に持つナタの背を一定間隔で左手に打ち付ける。

 表情には嘲笑が見える。

 リュートを侮っているようだ。


「控室でも言ったように、こっちにも引けない理由があるからな。

 それよりもさっきの言葉......あれは本当か?」


「あぁ? なんのことだ?」


「公然で相手の女戦士を犯したってやつ。正直、聞いて引いたんだが」


 リュートの言葉にシイダケは失笑した。

 やがて笑い声は大きく響く。


「あぁ、ヤってやったぜ、存分にな。相手の女はそれなりに美人でな。

 それが恥辱に顔を赤くし、見られまいと必死に顔を覆いながら、紛れもなく犯されているところを誰しもの前でまざまざと見せつけられる。

 あれはめちゃくちゃ興奮したなぁ~~~」


「へぇ~~~~」


 リュートの目が座る。

 声色も雰囲気も体の強張りも全てが自然でありながら。

 目に宿る怒りの闘志だけは隠しきれなかった。


 その視線はシイダケに伝わる。

 相変わらず下卑た笑みを浮かべながら口を開く。


「なんだ? 怒ったか? それとも女を抱ける俺が羨ましかったか? 童貞ザコがよ」


「別に、お前の行動に妬むほを男を捨てちゃいねぇさ。

 ただまぁ、俺の趣向とは合わねぇなって思っただけだ」


 リュートはゆっくりと歩き出す。

 あたかもその辺の道を散歩するかのような様子で。


「そういうや、お前は珍しく外部からの参加らしいな。

 聞くところによりゃ、仲間に女がいるんだってな。

 ガハハ、目の前で犯してやろうか?」


「堂々と目の前で地雷踏むなんて勇気あるよな、お前」


「ガッ!」


 シイダケの百五十キロを誇る巨体が突然吹き飛ぶ。

 数メートルと飛んだ肉の塊は金網に叩きつけられ、喰い込んだ。


「がはっ、がはっ......は、腹が痛てぇ!? な、何が起きた!?」


 困惑するシイダケ。

 一瞬静寂になる空間。

 一拍後に訪れる大歓声。


「「「「「オオオオオオォォォォ‼!」」」」」


「何が起きたんだ!?」

「突然あのデブの方が吹き飛んだぞ!」

「全然見えなかったわ!」

「もう一度! もう一度やってみせてくれ‼」


 金網を囲むように二階席からオーディエンスの声が聞こえてくる。

 冷めやらぬ熱量と衝撃を背に浴びながら、リュートはシイダケを見下ろした。


「で? もう一度言ってみろよ」


「ぶっ殺す!」


 シイダケは立ち上がり、丸太のように太い足を前に出した。

 右手に持ったナタを素早く振り下ろす。


――パシッ


 そんな軽い音が鳴った気がした。

 それほどまでにあっさりとナタが固定されて動かない。

 もちろん、掴んだのはリュートである。


 リュートは左手の指先でナタの刃を摘まむ。

 それだけでガッチリと握って押し込むシイダケの腕がピクリとも下がらない。


「悪いな、力で負けたことはあんまりないんだ」


 リュートは左手を後方に引く。

 シイダケの体が前のめりになったところで、素早く右手を動かす。

 放たれたジャブは顎を打ち抜いた。


 脳が揺れて意識が揺らいだシイダケはその場に崩れ落ちる。

 その動きに対し、リュートはナタを端に投げ捨て、両手で一本の腕を掴む。


「テメェも無様晒しとけ」


 八十キロ差もあるリュートは容易くシイダケを投げた。

 奇麗なまでの一本背負い。


 受け身もしらないシイダケの肉体は、勢いとともに加わった重力によって悲鳴を上げた。


「がああああああ!」


 シイダケは痛みに叫ぶ。

 しかし、太った肉体が邪魔をしてのたうち回ることすらままならない。


 シイダケの頭の方から、リュートがしゃがみ込んで覗き見る。


「どうだ? 自分が侮っていた相手に叩きのめされるって恥ずかしいだろ?

 だが、お前が戦ったっていうその女の人はこれ以上の恥辱を味わったんだ。

 それもテメェのような粗チン野郎相手にな」


「誰が粗チンだ!」


 シイダケは寝転んだ状態のまま、素早く拳を振るった。

 しかし、それは簡単にリュートに捕らえられる。


「なっ!?」


「俺は殺したがりじゃないんだ。だから、テメェを殺すことはない。

 だがまぁ、テメェのような奴には二度と悪さ出来ねぇように恐怖を刷り込むのも悪くないな」


 リュートはシイダケの手首を掴んだまま立ち上がる。

 そこから、サッと腕を振り上げた。


 瞬間、シイダケの巨体が腕一本で持ち上げられる。

 まるで体が風船にでもなったように軽々と。

 同時にシイダケは理解した。

 この直後に来る恐怖を。


「ま、待って――」


「ここは誰もが平等の無法地帯アンダーグラウンドだぜ? その考えは甘いよ」


―――ダァン!


 リュートはシイダケをリングに叩きつけた。

 シイダケの脂肪が小刻みに揺れる。


「ああああああ!」


 シイダケは痛みに悶えながら動けなくなった。

 これ以上の戦闘は不能と見なされ、リュートが勝ち上がった。

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