第54話 開幕!天獄物品オークション

 カフカが仲間になった翌日。

 街の中をゴツイ男に変装したカフカとスーリヤが二人並んで歩いていた。

 誘ったのはカフカの方で何やら話しがあるようだ。


「それにしても凄いですね。その変装。触れた質感とかも全然違います」


「だろ? これがこの魔法の特徴だ。一度相手を真似してしまえば、声のトーンや口調なんかはしゃべってれば勝手に変換される」


「その言葉だと仕草や質感とかの特徴は引き継がれないという風に聞こえますね。

 いえ、条件を満たさなければ引き継がれない。という感じでしょうか?」


「......ハッ、さすがに頭が回るな。さすが特別な出だからってところか?」


「人の話をよく聞いてるうちに解釈が早くなっただけですよ。

 ちなみに、その条件というのもある程度予測がついています」


 カフカは目を細めてみる。

 スーリヤの発言に対する自信度を品定めするように。


「大した自信だな。なら、聞かせてくれよ」


 カフカは強引にスーリヤの肩を抱き寄せた。

 傍から見れば大男が少女を襲っているような構図にしか見えない。


 そんなカフカの行動に対し、スーリヤは冷静に言った。


「これも条件の一つですね? 変装した際の対象者の質感を再現するための」


「......正解だ。続けろ」


「声色と口調は変装する対象者と話した時。

 容姿は目で見た時という感じかしら。

 仕草も見たら真似できるんじゃないかしら?」


 スーリヤが自信を持った様子でカフカを見る。

 カフカは、からかい甲斐のない奴、と思いながら、ため息を吐いて返答した。


「半分正解。確かにそれらの条件は嬢ちゃんが行った通りだよ」


「半分? 随分と低いわね。正解するつもりで言ったのだけど」


「そりゃ、その条件は発動条件を満たしてからだ。

 俺の魔法の発動条件は“対象者と向かい合って三回以上の会話のやり取りをする”ことだからな」


 カフカは腰に手を当て、息を吐いた。

 対して、スーリヤは興味を示したように質問する。


「そもそも発動するには相手と話さないといけないってこと?」


「そういうこった。じゃなきゃ、見ただけで変身できるなら、やりたい放題だからな。

 やるにはやる分だけのリスクを背負わないといけない」


「それでも発動に対しての条件が比較的緩い気がするけど」


「そりゃ、特殊魔法の中では戦闘能力がない魔法だからな。

 この筋肉だってぶっちゃけ見せかけだ。

 変身した際に多少のバフが与えられたとしてもな」


 カフカはゴリマッチョ筋肉を触りながら、眉を寄せた。

 その一連のカフカの魔法を聞いたスーリヤは、今が二人でいる状況を察した。


「なるほど、カフカさんがわたくしを誘った理由は、わたくしの“型”を奪うためなんですね」


「正解。だが、当然ダーリンに誓ってお前の姿で悪用しないことを誓うぜ。

 これはあくまで今考えてる作戦に必要な力を集めてるだけだからな」


 それがカフカのそもそもの狙いだ。

 尋問された時に散々魔法を使ってみせたのは(リゼを弄るためでもあったが)、メインはスーリヤの魔法に対する興味を引くため。


 この状況は言わば釣り餌に魚が引っかかって、釣り上げた状態なのだ。

 そこから生け簀に入れて魚が他にどんな動きをするのかを見ているのが今の時間。


「ちなみに、どんな作戦を考えてるか教えてはくれないのかしら?」


「それは秘密だ。知っていたら何らかの方法で吐かされたら困るしね」


「それにこういう悪賢いタイプの頭脳は俺に一任されてんだよ」


「そ、それならそれで構いません。リュートさんが信用しているのでしたら、せいぜい裏切らないことですね」


「それこそありえない。俺がダーリンを裏切るなんてな」


 カフカは自信満々に言った。

 それだけ裏切らない自信がある。

 というか、推しを裏切るなんてありえない。


 そんな言外の言葉が伝わったようで、スーリヤは微笑んだ。


「それはそれとして、その姿でダーリンと言うのは止めてください。気持ち悪いです」




*****


「さて、始まったね。天獄物品オークション。

 ま、その初日は監獄デスマッチっていうショーなんだけど」


 オリジナル姿の猫獣人カフカは腕を組んで言った。


 場所は宿屋の一室。

 集まっているのはリゼ、スーリヤ、ナハク、セイガ、リュート、ソウガ、ボルトンの六人と一匹である。


 本日は三日間行われる天獄物品オークションと呼ばれる催しの日。

 しかし、実際にはオークションが行われるのは最後だけで、最初の二日間は戦士達の血で血を洗う戦いが繰り広げられる。


「全く野蛮だよね~。娯楽がありふれたこの箱庭くにで、あえて昔のコロシアム紛いのイベントを開催するなんて。

 そして、高い所から血が噴き出ようが、人が死のうが賭け事にして楽しむスタイル。

 アタシが一番嫌いなタイプだよ」


「でも、なんだかんだでここに適応してるじゃないか」


 リュートの言葉に、カフカは横に首を振る。


「適応なんかしてないよ。見てみぬフリをしてるだけ。元は義賊って話したっけ?

 アタシの生まれがスラム街だからさ、汚い人間を見てると潰したくなるんだよね」


 いつになく悪い顔をするカフカ。

 俺がいる手前では基本ニコニコしてるのに、とリュートですら珍しく思った。


 どうやら相当恨みが深いらしい。

 というか、好かれてる自分ですらもとても清い人間とは思えないんだが。


「俺もそっち側だと思うんだが。傭兵ってのは」


「違う違う! 全然違う!

 銀狼の群れは最高に良い人達の集団だったし、何よりリュートは信念があった。

 言い方が悪かったけど、別にアタシは汚く生きてる人間は嫌いじゃないよ。

 ただ、その中に高潔な精神があればの話だけど」


「リュートにはそれがあったってわけね」


「そうだよ! むしろ、同じにしてもらっちゃ困るね、うん」


 カフカの言葉に珍しくリゼが頷いた。

 この瞬間、気持ちが初めて繋がったように二人は目を合わせた。


「少し見直したわ。初めからそういうこと言えばいいのに」


「愛が先行してしまった結果だね。

 でも、結果的に納得してくれたのならオールオッケーだよ」


 カフカは座っていたベッドからスッと立ち上がる。

 そして、一人ドアに向かって歩いて行った。


「それじゃ、僕はバレないように先に行ってるよ。作戦は昨日の夜に伝えた通り。

 これが十中八九あのシンプルバカに通じる作戦だから。くれぐれも目立たないようにね」


 カフカが出ていく。

 それから間を開けて十数分後、リュート達も動き出した。


***


『さぁ、始まりました! 年に三日間だけ行われる富豪者の富豪者による富豪者のための祭典!

 今年も出品されるのは粒揃い! 大きなものから小さなものまで勢ぞろい!

 しかし、それが使用者に祝福を与えるのか、はたまた呪いを与えるのか!

 良い物てんごく悪い物じごく手に入れた人どっちに行くかの目利きはその人次第!』


 司会者を務める青年カフカもといバリアンが盛大に参加者の期待を煽る。

 そして、その気持ちが盛大に高まった時、祭りは始まる。


『それでは改めて、天獄物品オークション! 開催です!』


「「「「「うおおおおおぉぉぉぉ!」」」」」


 参加者はこれから戦に行く戦士のように声を張り上げた。

 突き出した拳は感情の為すがまま。


 昨年に引き続き来ている人は熱気をさらに高め、初めて参加する人はその熱気に当てられ場に酔わされていく。


 ここにいるのは少なくとも負け組ではない。

 何らかの方法で稼いだり、伝手によって物品を売ったりする悪知恵の働く者達ばかりだ。

 騙された方が悪い。それがここでのルール。


 天獄物品オークションは初日と中間日に“監獄デスマッチ”という試合が行われるが、それ以外でも個人が自由に物品を売ることが出来る。


 言わば、大きなイベントに合わせて露店が並ぶようなものだ。

 オークションがメインなのに、たった最終日の一回だけ行われるのは、なんとも味気ないという理由だったりする。


 そのマーケットで売り買いするのは初参加の人達や一般人クラスの財力を持つ人達だけだ。

 富豪者がこんなチンケな店に満足するはずがない。


 富豪者にとって一番の敵は“退屈”だ。

 金が増えれば、それだけ好きな物を自由に好きなだけ買える。

 しかし、欲が満たされ続ければ、それが日常になり、やがて飽きて来る。


 だから、富豪者は賭けをし、日常にスリルを求める。

 自分が騙された時、巨額の富を奪われる。

 だが逆に、自分が騙せれば、その富を手に入れられる。


 ハイリスクハイリターン。

 富豪者にとってこれほど退屈に対する甘美な言葉はないだろう。

 しかし、それでも一定数は必ず手に入れた富を失いたくないという人もいる。


 もちろん、その人達にとっても退屈は避けても通れない敵だ。

 ならば、何を持って退屈をしのぐか。

 答えは一つ――戦いだ。


 生きとし生ける者達が、生きるために生物を殺し食らった。

 それは自分より大きい生物だったり、全く違う環境で生きる生物だったり、果ては同じ種の生物だったり。


 人間の生きてきた歴史の中で刻まれた闘争本能の遺伝子。

 実際にやるわけでなくても、見るだけで胸を熱くさせる。

 飛び交う血が、本能を刺激する。

 退屈とは対極の位置にある感情。


 故に、人間は殺しがやめられない。


『さぁ、今年も始まります!

 数多の強者や憐れな人間達が一緒くたに混ざった監獄の戦い!

 その昔、とある民族では強力な呪物を作るために、数多の毒を持つ生物を一つの壺の中に閉じ込めた!

 そして、生き残った最強の生物を呪物に利用したと言います!』


 所謂、“蟲毒”という言葉のルーツとなった話。

 どこの世界でも似たようなことをやる人は多いようだ。


『この監獄はさながら毒虫を詰め込んだ壺!

 この中から一体どんな最強の生物が誕生するのか!

 武器も魔法も仕込みも卑怯も何でもアリ!

 生き残った者が勝ち! それがこの世界でたった一つの共通ルール!』


 スラスラと口が回るバリアンはあっという間に会場を呑み込む。

 さらに言葉は悪意を増す。


『刻め! 叩け! 殴れ! 潰せ! 騙せ! 犯せ! そして、殺せ!

 必要なのは最強が生まれる瞬間のみ! その他有象無象は塵と化せ!

 それでは早速行きましょう! 監獄デスマッチ第一回戦! 開幕です!』


****


「散々な言い様だな。まぁ、そういう立場だから仕方ないだろうけど」


 選手の控室という名の過度な争いを避けるための鉄格子。

 その中で、リュートは静かに牙を磨いていた。

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