第53話 共闘
リュートは冷や汗をかいていた。
ただ今、彼がいる場所には異様な雰囲気に包まれている。
一言で言えば殺伐としているのだ。
肌がピリピリとひりつき、息苦しいような空気の重さ。
それを放っているのは主に二人の少女。
リゼとスーリヤだった。
リゼは腕を組み、足を組み、さらにはイライラしたように人差し指をトントン。
睨む視線は人を石に帰るような迫力があり、機嫌の悪さを隠そうともしない。
そして、それは主に一人の女性へ向けられる。
スーリヤは相変わらず奇麗な姿勢で、スッと背筋を伸ばした状態から膝上に両手を重ねて置いている。
ただし、にこやかに笑う口元とは反対に、強烈な悪鬼を背負っているかのような雰囲気を纏っていた。
そして、それは主に一人の女性へ向けられる。
「さて、これからあんたに対して詳しく聞かせてもらうけどいいかしら?」
「現在、わたくしの魔法が使えないことが非常に悔やまれますが仕方ありません。
別に魔法を使わなくても、人が嘘をついているかどうかぐらいは判断できますし」
二人の乙女という名の修羅に対し、敵視を受けている女性――カフカはずっとニコニコしていた。
両足の間に両手を挟み、椅子のヘリを掴むように座りながら、ずっとニッコニコの顔で尻尾をゆらゆら。
まるで今の彼女にこれから尋問をされるという雰囲気が無かった。
そんな三人を傍聴席から眺めるのが、リュート、ナハク、セイガ、ソウガ、ボルトンの四人と一匹である。
最初に口火を切ったのはリゼだった。
「さて、色々と聞きたいことも再度確認したいこともあるけど、まずは――あんたは私達の敵という認識でいいかしら?」
嫉妬心を剥き出した言葉。
本来なら初手にかける言葉として間違いまくっており、それを指摘するのはリュートなのだが、口を出せなリゼからどんな怒りを買うかわからないから言えない。
「ニャハハ、いきなり敵認定とは悲しいな~。そもそも、さっきアタシは味方って言ったような気がしたんだけど」
「あら、その発言を聞いた人はこの中にいるのかしら? ねぇ、いるのかしら?」
スーリヤの援護射撃。
リゼの横から飛び交う圧の砲弾はカフカを飛び越え、傍聴席に降りかかる。
この状況でイエスを言ったならどうなるのか。
まず間違いなく恐ろしい結果が待っているだろう。
リュート達はそっと見てみぬフリをした。
カフカのことを知るリュートでさえも、一人で頑張ってくれ、と祈るように。
「めっちゃアウェーじゃん。まさかダーリンまでそっち側につくなんて」
「敵認定でいいわね」
「えぇ、リュートさんをわたくしが認めた方以外で、ダーリンと呼ぶのは不敬罪で処罰しても問題ないでしょう」
問題大有りだろ、とは言えないリュート。
カフカが必死に視線で訴えてくるが、それを泣く泣く無視していく。
いくらこちらが言おうとも、荒れ狂う乙女達が納得しない限りは前に進めないのだ。
カフカがウルウルした目を仕方なく元に戻し、大きくため息を吐いて言った。
「まぁ、いいよ。アタシを敵にしてここから追放するってのは。
でも、少なくともアタシが味方をしない限りは、現在の孤児院の子供達の行方は教えてやんない」
「ちょ、それは困る!」
ソウガがガタッと椅子から立ち上がった。
その行動にカフカはニヤリと笑う。
一方で、リゼは特に微動だにせず返答した。
「別に問題ないわよ。あんたから無理やり吐かせることだって出来るし」
「ふふっ、そんなこと出来るの~? たぶんこの中でそんな行動を取れるのはリゼちゃんだけだよ」
「どういう意味かしら?」
「
そっちの可愛い少年とワンちゃんも同様な感じかな」
「大丈夫よ、こっちにはスーリヤっていう性悪がいるから」
「あなた、わたくしのことを何だと思ってるんですか......」
リゼの言葉に、スーリヤが肩を竦める。
カフカは目を細めて言った。
「いいや、そこの可愛い子も無理だね。この子は特に。
もちろん、シスターという立場に関係なくって話だよ」
カフカがニヤリと笑って視線を送れば、スーリヤはそっと視線を逸らした。
横目でスーリヤの行動を見ていた、リゼは目を細める。
「そう、私しかいないわけね。でも、問題ないわ。一人でもやれる」
「やれる? ほんとかな」
カフカはぴょんと立ち上がった。
向かった場所はリュートの前で、尻尾をゆらゆらさせながら彼を見る。
「何の用だ?」
「決まってるじゃん。愛を受け取りに来た」
「誰にでも化けれる愛だな」
「酷いなぁ。ラブユーはダーリンだけだよ」
カフカはリュートと少し会話した後、今度はリゼに向かって歩いていく。
一歩歩けば、足元が変化した。
二歩歩けば、胴体。
三歩歩いた時には、身長が百八十近くになり、髪も赤く染まる。
リゼの目が大きく見開いた。
なぜなら、彼女の目の前にリュートに変身したカフカがいるのだ。
寸分違わずにリュートが二人いる。
見比べてもおかしなところが見つからない。
「少なくとも外見から判断するのは無理だな。そして、声も、口調も」
「全部リュートと同じ......!」
カフカから発せられる言葉はまさにリュートの言葉そのもの。
加えて、口調も先ほどのカフカと違い、リュートの話す少しぶっきらぼうな言い方になっていた。
「どうだ、リゼ。これが俺の魔法<
発動条件は企業秘密ってことで教えられないけど、今だったらこんな風に――」
カフカの姿がリュートから大きく変化していく。
体に僅かな光を纏い、縮んでいった。
同時に頭からは耳が生え、下半身からは柔らかそうな尻尾が見えていく。
カフカが変身した姿はリゼだ。
リゼからすれば、突然目の前の人物が自分とうり二つの姿になった。
その姿にリゼはまたまばたきする。
「目の前で二度も見せられても未だに不思議な感覚だわ。
リュートや私が声までそっくりでいるこの状況。
ニオイまで同じなんてもはや見抜けそうにないわね」
「だから言ったでしょ。外見では無理だって。
でも、さすがに記憶までは引き継げないから、本人かそうか判断するのはそこぐらいね」
カフカはリゼの姿をじーっと見る。
そして、自分の姿がリゼになっていることをいいことに、突然胸を揉み始めた。
「う~ん、見た目より案外あるわね。意外と着やせするタイプかしら」
「ちょっと何やってんのよ!?」
カフカが小ぶりな胸をすくい上げるように手を収める。
少し揺らしてみたり、指先で揉みしだいてみたり。
突然のセンスティブな光景が発生した。
傍聴席の男達は揃って困惑するように見てない姿勢を取った。
リュートは上を向き、ナハクはセイガに襲われ、ソウガは横に逸らし、ボルトンは目を固く閉じる。
親しき仲にも礼儀あり。いくら目の前で女同士でワイワイしていようとも、黙ってことを過ぎ去るのが紳士の務め。
「んっ! あれ、意外と感度高め?」
「ぶっ殺す!」
何も聞いていない。これも紳士の務めだ。
決して、脳内に聞こえた声が反芻するなんてことはあってはならない。
あってはならないのだ!
今にも武器を手に取りそうなリゼに対し、止めに入ったのはスーリヤだった。
「リゼさん、お待ちください。ここで手を下してはダメです」
「そうそう、私を殺しちゃ君達の聞きたい話は聞けないよ」
言葉を言いながら、リゼの姿からカフカ本来の姿へと戻って行く。
カフカはひとしきりリアクションの良いリゼを弄れて満足した顔をしていた。
カフカは椅子に座ると、再び口を開く。
「さてと、今の反応を見た感じ、リゼちゃんに殺されそうになったら、ダーリンに変身すれば生き残れそうとわかったわけだし、これでいよいよアタシを殺せる人はいなくなったわけだ」
「ぐぬぬぬ......ハァ、仕方ないわね。
これだけ厄介な人物を相手取るのはこっちだって嫌よ。
それにあんたはなぜだかこっちに協力的姿勢でいてくれるわけだし」
その言葉にカフカは首を傾げた。
「なぜ? そんなのさっきからずっと公言してるじゃん。
アタシが協力するのはダーリンがいるから。それ以上でも以下でもない」
「それが不可解なのよ。リュートとあんたが昔から知り合いってのは散々聞かされたわ。
知り合いだから助けるってのも理屈はわかる。
でも、あんたほどの性格の人物が純粋な気持ちだけで動くとは思えないの」
「それはリゼちゃんがスラム街の近くに住んでいた教訓からかな?」
リゼの眉がピクッと反応する。
大きく息を吸って吐けば、言った。
「やっぱり既にアタシに関する情報も知ってるってわけね」
「もちろん、アタシがリュートの周辺にいる人物を調べないはずがないからね。
愛故に、だよ。ん~♡ アタシってけなげ~♡」
「だそうよ。良かったわね」
「まだ俺の知り合いに害を与えてるわけじゃないから大目に見てる。
それにコイツの情報網はバカにならないからな」
「う~、評価してくれてる。好き」
「あんたがそういう態度だからつけあがるんでしょうが!」
リゼから鋭い視線が突き刺さる。
リュートはサッと目を逸らした。
そんなこと言われても、実際役に立つのは事実なんだし。
それに情報を持って、それをどう使うかが問題なわけで、悪意がない以上手出しは出来ないだろう。
「リゼちゃんとしては、もっとアタシとダーリンの馴れ初めを聞きたいんじゃない?」
「あんたが話してくれるならね」
「ふふっ、内緒~♡ これはアタシとダーリンのトップシークレットだから。
ダーリンも勝手に話しちゃダメだよ」
「コイツは元義賊で、俺がいた傭兵団が捕まえようとした相手だ」
「ダーリン!?」
突然の信用していた相手からの手のひら返しにカフカは初めて驚いた。
一方で、リュートはこれといって罪悪感を感じていない顔をしている。
「へぇ~、義賊ね~」
「あぁ。だが、色々あって義賊は解散になり、コイツはコイツで義賊で培った情報収集技術を武器に情報屋となったわけだ。
あの大戦の時には、多少なりとも世話になったからな。無下にはしたくない」
「ダーリン♡ 下げて上げるなんてテクニシャンなんだから♡」
もはや何を言おうとも勝手にプラス好感度にしか上がっていないような気がする。
そんな感覚をヒシヒシと感じながら、リュートはため息を吐いた。
「この際だから言っておくが、別に俺が英雄と呼ばれる存在になったのはたまたまだ。
英雄という存在が必要になったのも魔族に対しての抑止力が必要だったからに他ならない」
「大体理解してるわよ。つまり、あんたはこの人を利用して自分の目的を果たそうとしてるわけね」
「そういうことだ」
リュートはカフカの方へ向くと聞いた。
「カフカ、君には聞きたいことがある。だが、その前に知ってる情報を全て吐け」
「オッケー! それじゃ、そろそろこの
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