第52話 悩める年頃

 現在、リュート達が泊まる部屋の一室でリゼ、スーリヤ、ナハク、セイガ、ソウガ、ボルトンの総勢五人と一匹が集まっていた。


 そこには呼び出したリュートの姿はない。

 彼は少し準備してからくるらしいのだ。

 沈黙に包まれる空気の中で、リゼは一人腕を組んだ状態で指をトントンと動かしていた。


 イライラしているのだ。当然、それは十数分前のカジノでの出来事。

 リュートがバリアンを受け入れてからずっとソワソワとした感じがするのだ。


 リュートがどんなことを考えているかわからない。

 しかし、その行動は必ず意味がある行動だと思ってる。

 だから、信じてる。ただ、それはそれとして妙な胸騒ぎがあるのだ。


 誰も話さないことに男性陣は目配せしながら、空気を読んでいる。

 すると、一番最初に空気を割ったのはスーリヤだった。


 客人が来るということでベネチアンマスクをつけているスーリヤは、落ち着いた声色でリゼに聞いた。


「リゼさん、先ほどのカジノでの事情よくわかりました。

 つまり、リゼさんはわたくしがいないことを良いことにカジノデートをしていたということですね?」


「なんでそうなるのよ! バカシスター!」


 キリッっとした表情で言ってくる。何がキリッだ。

 しかし、スーリヤはツッコみに負けじと話題を続けて来る。


「だって、そうじゃないですか。リゼさんはリュートさんの財政管理をすると申し出て置きながら、結局カジノへ訪れている。

 それってつまりデートを優先させたってことですよね?」


「だから、違うっての! なんでそんな真面目な顔で聞けるのよ。

 さっきも言った通り、カジノへはソウガを探すために仕方なく訪れた場所なの。

 ほら、ソウガ、あんたからも何か言いなさいよ」


 突然話題を振られるソウガ。

 空気を呼んだから黙っていたのにといった顔をする彼に、ボルトンが勇気を注入するように背中を叩いた。


「あ、あぁ、その通りだ。俺達はバリアンという男に捕まり、何をされるわけでもなく部屋に放置されていた。

 そん時にリゼ達がやってきてくれて助かったわけだ。だから、リゼの言い分は間違ってない」


「どう? これでもういい加減理解できたかしら」


 ふんぞり返るリゼに対し、スーリヤは小さくため息を吐いた。


「そうですね。そういうことにしておきたいなら、わたくしも素敵な思い出を邪魔するつもりはありません」


「この女、意地でも自分の考えを曲げないようね......!」


「クゥ~ン」


「そうね、もう相手にする方が疲れるわ」


 リゼは込み上がった怒りをなんとか抑えつつ、思いっきり脱力するように息を吐いた。

 このタイプが苦手な相手だととっくにわかっていたじゃない。

 これ以上相手にしても肌にしわが増えるだけね。


「そういえば、話は聞いてたけどソウガほどの人がどうやって捕まったの?」


 ナハクが話題を変えるようにソウガへ質問した。

 その質問にリゼも、そういえばそうね、と頷く。

 すると、ソウガは首筋を擦りながら言った。


「不甲斐ねぇ話だが、俺はもともと親父を探してカジノに入り込んでた。

 つーのも、俺達のもともとの目的は支援金を送っている孤児院から子供達が消えたって事件が起きたからなんだ」


「バリューダ組の事務所に訪れた時に聞いたわ。

 先に情報を掴んだっていうボルトンさんが捕まったから、あんたは助けに行ったわけよね?」


 リゼの言葉にソウガは頷く。


「だが、俺がカジノのVIPルームに向かった時には、親父は普通にその場にいた。

 だから、親父は無事で聞いた情報はデマだったと思った矢先、突然親父からスタンガンで襲われた」


「ちなみに、俺の場合は全くの逆だ。

 孤児院の子供達がいるって情報を掴んだ辺りまでは一緒だが、向かったカジノには既にソウガの姿があって話しかけたら同じように」


「つまり、ソウガさんもボルトンさんも同じように誰かに誘い出されたわけですね。

 そして、その誘い出した張本人がバリアンさんだと」


「私達はそう睨んでるわ。というか、本人が言ってたことか。

 まぁ、その男の本当の目的はリュートだったわけだけど」


 それぞれの意見を聞き、スーリヤは顎に手を当てて考える。

 直後、ポツリと言葉を零した。


「それってあまりに都合が良すぎませんか?」


 スーリヤの放った言葉に、リゼの心が大きくざわめきだす。

 まるで気づいてたけど意識していなかった違和感が浮き上がるような感覚。

 姿勢を正して聞き返した。


「どういう意味?」


「考えてみてください。そのバリアンさんがリュートさんを誘い出すことを目的としているなら、それよりも先にソウガさんやボルトンさんに情報を出すことはありえません」


「言われてみればそうね。私達がここにやってきたのはつい昨日の出来事。

 少なくとも、孤児院の情報はそれよりも前に出回ってた。そうでしょ?」


 リゼはソウガに視線を飛ばした。

 ソウガは合っていると伝えるように頷く。


「あぁ、そうだ。少なくとも、俺が親父が捕まったって話を聞いたのは今から一週間前だ。

 ん? そういや、親父がどこにいるって話を聞いたのは昨日だった気がする」


「誰から聞いてました?」


「俺達が信頼する情報屋からだ」


「裏で繋がってたとか?」


 話を聞いてたナハクがポロッと言葉に出した。

 その言葉を否定したのはボルトンだった。


「いいや、それは無いな。アイツはガルバン派閥に対して嫌悪感を抱いてた」


「でも、絶対ではないのですよね? 例えば、その情報屋に変装してたとか」


「それこそ難しいだろうな。仮に何らかの方法で容姿を似せたとしても、アイツの声だけは再現できない。

 なぜなら、アイツの声は荒くれ時代に喉を潰された声だ。再現するには喉を潰す必要がある」


 それなら難しいわね、とリゼは思った。

 仮にその情報屋になり変わるとして、喉を潰すという行為は相当な覚悟がいる。

 それに喉を潰したからって同じ声になるとは限らない。


 声帯の動きによって高音や低音を使い分けてるのだ。

 喉を潰した後で声を寄せることなんかとてもじゃないが出来ないだろう。


 つまり、再現するにしてもリスクが高すぎるし、確実性にかける。

 この一連の流れを生み出すことは不可能と言っても過言ではない。


 リゼの考えと似たような思考回路が、他の人達の中でもめぐる中、ただ一人スーリヤだけは違った考えを持っていた。


「恐らく、これは皆さんにあまり馴染みがないから発想に至らないのでしょうね」


「何が言いたいのよ?」


「特殊魔法もとい条件付き魔法というのはご存じですか?」


 その言葉に真っ先にピンと来たのがリゼだった。

 そうか、考えてみればその考え方はしてなかった。


 特殊魔法は持っている人が少ないだけに、また発動条件が知られると使い勝手が悪くなるので秘匿されることが多い魔法。


 リュートも特殊魔法だが、彼の場合は“相手の力を借りる”というのが能力で、その条件は“信頼関係を結び、相手が力を貸すことを了承した時”だ。


 となれば、リュートと同じようにバリアンが特殊魔法を持っていたとしたら?

 そして、何らかの方法で条件をクリアし、それによって相手になり変わってたとしたら?


 特殊魔法は基本属性の魔法と違い、発動までの条件やデメリットさえクリアしてしまえば、遥かに強力な魔法が行使できることになる。


「つまり、バリアンは特定の誰かに変身できる特殊魔法を持っている」


「ピンポーン、大せいかーい!」


 ガチャっとドアが開けられると同時に聞こえた声。

 しかし、バリアンの声とは違い、少女特有の高めの声だった。


 全員が一斉にドアに向かって視線を向ける。

 そこには黒髪のショートで、ネコミミに猫尻尾を生やした獣人の女性が立っていた。

 浮世離れした現代ファッションに近い服装をしている。


 誰? とリゼはすぐさま思った。当然の反応だ。

 リュートが突然知らない女性を連れて来たことにムッとしたが、それ以上このニオイ......ついさっき嗅いだことがあるような......まさか!


「あんた......バリアン?」


 リゼはわなわなと震わせて指をさす。

 その反応に女性はあざとく、さたにイタズラっぽく笑みを見せて言った。


「ニャハ、半分正解。ハルウェスとも言えたらハグしてあげたのにな~」


 リゼはハッとする。

 違和感には気づいていたが、その正体がハッキリしていなかった。

 しかし、そうか、あのバリアンから匂った香水のニオイはバリアンと同じだった。


 全員が状況を呑み込めずに困惑する中、その状況を心底楽しそうに笑う女性。

 そして、彼女は丁寧に挨拶し始めた。


「アタシはハルウェスでもあり、バリアンでもある。だけど、どちらも本物じゃない。

 自己紹介をしよっか。アタシの名前はカフカ。

 変幻自在のキュートフルカフカちゃんって呼んでね♪」


 カフカと名乗る女性は「そんでもって」と言いながら、リュートに抱きつく。


「アタシはリュート君の彼女だからよろしく~♡」


「自称な。俺は認めてない」


「ハァ?」


 リゼの額にピキピキと怒りが宿る。

 自称? そんなものは関係ない。

 ポッと出の知らない女がリュートに抱き着いている。

 それが現在の全てだ。


「ちょっと、抱きつくのやめなさいよ! さっさと離れなさい!」


「今回はリゼさんの意見に全面的に同意です。離れてください」


 スーリヤが仲間に加わった。これは心強い。

 そんな言葉をかけられてもカフカは微塵も離れようとしなかったが。

 しかし、最終的にリュートに離された。

 これで少しだけ心が落ち着くってものだ。


 しかし、問題は山積みだ。

 一番気になるのはなぜその女がここにいるのかということ。

 それもリュートと一緒で!


「訳を聞かせてもらえるんでしょうね?」


「まるで浮気を問い詰められてるみたいだな」


「大丈夫だよ、一夫一妻が基本だったリュート君の故郷と違って、ここは好きなように女を囲っていいから。

 あ、でも、アタシが満足させちゃうから問題ないかもね~♡」


「ちょっと黙ってなさい!」「ちょっと黙っていただけますか?」


 リゼとスーリヤの声がユニゾンする。

 声のテンションの差異はあれど、どちらもリュートに対する目つきが厳しい。


 リュートは何とも言えない顔をすると答えた。


「これから、コイツは協力者だ。コイツの情報がカギになる。だから、仲良くしてくれ」


「よろ~☆」


 絶対無理だ、とリゼはすぐさま思った。

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